対策はするに決まってる
先程の先鋒戦の事もあり、やはりTEAM PRIDEへのブーイングは拭えない。皆曲に合わせて足踏み手拍子しておきながら、安生地と町田が向かい合った頃には、ブーイングと声援が入り混じっていた。
『空手家か、何人も居たな優性召喚者に』
安生地は前に立つ町田を見ながら思い出す。空手、ボクシング、そんな現世でも格闘技やってて、その力や技を召喚者の力の一つに組み込んで戦う輩は珍しくはない。故に、格闘技武道あがりという背景が、実力に左右するかと言われたら、微々たる差だと安生地は断言できた。
そんな奴らを相手にして、勝って来たから、自分はここに居る。結局はこの世界で、力を与えられたか否か、そこに帰ってくるのだと安生地は町田に対しても同じ心境と答えを持っていた。
だから今回も、水原はああなったが、俺は違うと安生地は胸中にて言い聞かせながら杖を構える。開始の鐘が、鳴った。戦法ほ変わらない、近づかせない様に、間合いをーー。
その瞬間には、闘技場端まで居たはずの町田恭二が、もう眼前まで迫っていてーー。
『いや、何これ!?速ッッツーー』
右足の爪先が、安生地の鳩尾に『突き刺さった』文字通り、まるで刃物の様に深々と、爪先が皮膚に、肉に埋没した!
「あお、おーー」
「せぃいいっ!!」
引き抜いた右足で石畳を踏みしめ、左足が抱え上げられ、矢の如く直線に安生地の胸板を町田の左足足刀が捕らえた。ドンっ!と太鼓を鳴らした様な衝撃音が響く、そのまま安生地は背中から勢いよく倒れて転がり、地面にうつ伏せになる最中、町田恭二は下段払いにて残心した。
『き、強烈ぅううーーッ!間合いを刹那に詰めたキョウジ選手!2発の蹴りでツクモ選手を吹き飛ばしたァッッ!実況席まで蹴る音が聞こえて来たぞぉおーーッッ』
この威力、説得力!有無を言わせぬ単純明快な蹴り!中井真也の関節技にブーイングをしていた観客達も、唖然として倒れ伏す安生地と、立っている町田を見ることしかできない。
「前蹴りから横足刀蹴り……しかもあれ、本気だったよ、喰らいたくねぇ……」
「同感だ神山くん、スパーで軽い蹴り何発も当てられたけどさ、死ぬわ、あれ」
「殺したのでは無いか……」
覗いていた神山、中井、長谷部3名をして、意見が一致する。絶対まともに喰らいたく無いし、死ぬと。流石生まれながらにして空手家の家に生まれ、空手に心血を注いできた『空手貴族』いや『空手蛮族』か?倒れて立ち上がらない、安生地の姿に勝負あったかと見ていると。
「立て安生地、安い演技をするな」
町田が言った、立てと、食らったふりをするなと。場内がざわつく、如何に優性召喚者ながら、町田の攻撃二発は倒れる。それぐらい威力と説得力があり、他の観戦している召喚者も、自分なら倒れていると想像した。だが……安生地は、すくりと、無傷と言わんばかりに立ち上がったのである。
『た、立ったぁ!?ツクモ選手あの攻撃を受け立っていた!?しかし何故だ、彼には防御系スキルは無かったはず!過去ならば石や鉄の壁を魔法で作り攻撃を防いでいた彼に何が起きている!?』
過去の大会ならば、魔法で攻撃を防いでいたらしい。ローブの砂埃を払いながら、安生地は町田を見つめて尋ねた。
「本来なら、次のヴァルキュリアで披露する筈だったのだがな……何故分かった?」
「感触だ、まるで……衝撃吸収の素材を蹴った様でな……水とも違う、ゴムとも違う……ゲル、いやまるで医療関係の素材だったか?……まるでそれだった」
「例えが嫌にピンポイントだな?」
「色々殴ったし、殴らされたからな……」
安生地にダメージが入らなかったと町田が分かったのは、その足から伝わった感触からであった。蹴った瞬間、その爪先が、足刀が、肉体を砕く感触が無く霧散し吸収されたのを町田は感じたのである。そして案の定、無傷に立つ安生地九十九がそこへ居る。
「その空手、余程努力した感じだな?だがな、努力してるのは何もあんたらだけじゃない、優性召喚者だって努力している……次は勝つ、次こそはとレベリングしてんだ、そしてスキルも新たに覚えてまた戦う……物理無効……水原は水になれたが、俺のそれは違う……拳も刃も、銃弾も俺の肌は通さない!」
杖を構える安生地に、町田もまた構える。町田恭二、本戦にて迎え討つは、予選にて自動防御の闘士を経て……拳撃一切を無効化する無敵の鎧の持ち主であった。
『こ、これは何という事態だ!ツクモ選手、ここに来て才能開花!ユニークスキル物理無効を引っ下げての本戦出場だぁああ!』
実況のフルタチが興奮して叫ぶ中、観衆の声援が一気にマギウス……安生地九十九の応援に染まった!水原の液状化から、まさかまさかの『物理無効』スキルが、最早勝負ありとばかりに雰囲気を染め上げる。
物理無効……ユニークスキルの一つであり、あらゆる物理ダメージを無効化するスキル。これにより安生地の肌はまず、打撃の衝撃から刃物の斬撃一切合切を無効化してしまう。それ即ち、徒手と武器、魔法を持たぬTEAM PRIDEの『弱点』そのものであった!
これを突破するとなれば、まず魔法しかない。もしくは、魔法効果を帯びた武器による攻撃であれば突破し、ダメージを負わせる事ができる。
『さぁどうするキョウジ選手!自慢の打撃を封じられ、こうなれば時間一杯逃げ切らない限りは次に繋げれないぞ!』
『九十九ぉお!やっちまえ!勝てるぞ!!』
『調子乗った劣性をボコっちまえ!!』
先程の、中井と水原の試合の鬱憤晴らしとばかりに声を上げる観衆。
が、少し待って欲しい。
TEAM PRIDEの面々が1ヶ月の間、対戦相手がマギウスに決まり、今日まで二週間……一切対策を練らずにこの場に立っていると思うだろうか?そんな事は無い、現世でも、アマチュアだろうと、大会に備えて傾向と対策を練って出場するのは当たり前である。
さらには、TEAM PRIDEはマギウスを避けたかったが、どうにもならなかった。より一層の対策は練っているのは、明白であった。
と、言うわけで……町田は、道着の懐に手を入れて……試験管サイズのガラス瓶を、安生地向けて見せつけたのだった。
「安生地くん、これ……なんだ?」
「あ」
『『『『あ』』』』
『あ!』
ガラス瓶の中には、綺麗な黄金色の粘質な液体が入っていた。それを見た瞬間、観客達も、実況のフルタチですらも実況を止めて、声を漏らしていた。
「エンチャントオイル……君らにとっては当たり前の道具らしいな?」
無表情にゆらゆらガラス瓶を揺らし、今持つこの道具が何かを、安生地に尋ねる。観客も、実況も、安生地も、梯子を外された様な感情が浮かび上がっていた。身も蓋もない、空気読めよと言いたいだろうが、これは戦いである。わざわざ相手の良さをそのままにしてやる程、町田も酔狂では無かった。
この馬鹿げた異世界には、魔法が普通に存在している。そしてそれらを行使して作成される『魔法薬』もまた流通しているわけで、傷薬やら魔力回復薬、更には高位の魔導士クラスともなれば劇薬まで作成できる。
町田が持つ『エンチャントオイル』は、魔導士クラスならば大抵作成できる、魔法効果を付加させる油である。様々な種類があるが、代表例としたら、塗った箇所に魔法の火を顕現させるものが代表的だろう。
「安生地くん、まさか僕らが……対策も無しに上がってきたと思ったかね?所詮は借り物の力を行使する奴らだと……」
町田恭二は栓を抜いて、その油を右手の平に垂らし、そしてガラス瓶を落とす。パリンと割れ、残りのオイルが床に広まれば、そこから黄色い電流が弾け出した。
「逆だ、君たちの強さ、理不尽さをよぉく頭に叩き込んできた、だから全力を持って戦う……それが礼儀だと僕は思っている」
グローブに広げた油からも、電流が流れ町田恭二の腕に帯電する。そして、ガラス片も構わずに足元へ広がる油に足をつけ、足裏に、爪先に広げていく。
「君がこの世界で、幾人の、同じ格闘技、武道上がりを屠ってきたかは知らないがーーTEAM PRIDEが、そこらの一山幾らの経験者だと思わない事だ」
そうして塗り終えた町田恭二の身体に、金色の電流が迸った。