"水"の魔法使い
『会場のブーイングが凄まじい、シンヤ・ナカイを応援する者などこの場所に居ないと言っているかの様だ!しかしてそんなの知るかと、シンヤ選手がヨウイチ選手を、睨みつけるぅぅう!』
展覧試合第四試合、 先鋒中井真也に対する魔法使い、水原陽一は先程の中指立てといい、今の睨みつけといい、何ともまぁ品格に欠ける輩だと睨みに対して物怖じ……は流石にして、視線を逸らした。面は現世ならステージに立って、歌って踊って甘い顔してそうなヤツなのに、何がどうしたら人格はここまで歪みきってしまうのか、とすら思ってしまう。
だが、それでも、この少年は展覧試合にて現在最短勝利記録を更新した男なのだ。戦う以上、水原もまた中井対策……というよりは『TEAM PRIDE対策』を考えて来て、この闘技場に立っている。
「両者、元の位置へ」
審判に端まで戻る様に言われ、中井、水原両名が戻る。そして、審判が闘技場から出て……鐘が鳴らされた。
展覧試合 第四戦 先鋒戦
TEAM PRIDE 先鋒 中井真也 (コマンドサンボ)
VS
マギウス・スクワッド先鋒 水原陽一 (バトルメイジ)
Ready?
Fight!!
遂に始まった、中井真也の先鋒戦。勢いを付けるため、両名共にまずは一勝を上げたい所。水原は振り返り、杖を構えて中井真也に向けた。
『まずは……近づけさせない様にしなければ」
マギウス・スクワッドの……というより遠距離戦、魔法を扱う者ならば、 TEAM PRIDE相手に『まず』何を気をつけるかは共通認識として浮かび上がる。接近戦を避ける事だ、良くてTEAM PRIDEの間合いは河上静太郎の刀が一番届く、手が、足が届かない位置から、徹底的にと。自らの水魔法の間合いに入るまで、水原は待った。
対する中井真也は静かな立ち上がりだった、赤色の上着に、鼠色の長ズボンのオーダメイドサンボ道着に、オープンフィンガーグローブで、身体を揺らしステップを踏み、左へ右へと体を揺らしたりしながら、ジリジリと近づいていく。
「ウォーターバレット!」
そして遂に、水原の間合いに中井が入った刹那、杖先から小さな青き円が描かれて、握り拳大の水の弾丸が放たれた。弾丸は中井の顔面目掛け向かうも、身体を右に傾けて簡単に避けられる。
「もう一発!!」
避けられた水原は、後退して間合いを取りながら詠唱無しでウォーターバレットを放った。そして二発目は……。命中した、中井は向かってくる水弾に対して前の左腕で頭をカバーし、右へ身体を捻り防御、左腕を盾にする防御で水弾を防いだ。
それに対して水原は少しばかり疑念を浮かべた、明らかに一発目と同じ速度、避けれたはずの魔法を受けた事に。無意味な事ではと思いながら中井の横へ回る様にゆっくり移動する。
『まずまずの力で蹴ってくる神山くらいは威力があるな、あまり受けられないか』
水原の疑念に対し、中井の真意は、魔法の威力を確かめるためだった。どれくらい痛みが来るのか、捨て身で向かっていいものかと、その身体で威力を確かめ、神山の軽い蹴りくらいは威力に重さがあると断定し、回避すべき攻撃であると振り分ける。
『さぁ、静かな立ち上がり、予選では秒殺を決めたシンヤ選手、やはり魔法相手は分が悪いか?』
『ヨウイチ選手は焦らず、このままちまちま確実にがいいですね、焦ったらダメですよ』
実況と解説の二人は、静かな展開だと、予選の秒殺が嘘の様な始まりにコメントする。そしてまた中井はステップを刻みながら、ジリジリと間合いを詰め始めた。攻めあぐねている、そう見た水原はまた間合いに入った瞬間詠唱を捨て速攻を掛ける!
「ウォーターバレーー」
その瞬間、水原は水弾を放つのを止めてしまった。何が起こったのか、会場の観客も、中井の行動に一瞬気を取られた。中井はステップを止め、すっと立つや右足の裏を覗き込んだのである。
『おや、どうしたんでしょうシンヤ選手?何か踏んだのでしょうか?』
『前の試合の金属片でしょうか?』
もしかして、何か踏んだのかと、実況もその一瞬の動作を注視し、水原も杖を下ろした瞬間ーー。
「ッシャア!!」
「ーーえっ!?」
中井真也が、一気に間合いを詰めて、サイドキックを放って来たのである。しかし当たらない、意表を突いたが空を切るサイドキックだったが、驚いた水原は後ろに身体を思わず逸らしてコケそうになった。
『あぁーッと嘘だった!踏んだフリをしていたぁああー!?』
『うわぁ……引っかかっちゃった』
観衆もまさかそんな手を使うのかと、卑怯以前に呆れすら感じる中井の余所見からの奇襲に、ブーイングすら止まった。
「くぅう!ウォーターブ」
その奇襲を受けた水原、体勢は立て直し、間合いもまだ中井が掴める距離じゃ無いと杖を構え、水の刃を作り出す近接用の魔法『ウォーターブレイド』を放ちに掛かったのだが。
それよりも早く、鋭く、中井真也の胴タックルが決まった。
「なぁっ!?」
「つーかまーえ……ったぁああ!」
「がっはぁああ!?」
水原は距離を誤っていた、腕も届かない距離なら、見て避けれるだろうと、この距離なら掴めれないだろうと。しかし、それは中井の様な、経験者ならばの話だ!十数年積み重ねて来た関節技、レスリング技術、それを素人がどう見切れようか?目測では、確かに遠間に見えたその距離は、既に中井真也が悠々と相手を倒せる距離であった!
抱え上げられ、石畳に叩きつけられる水原。肺の空気が全て吐き出され、横隔膜が競り上がり、呼吸が出来なくなる!
「貰ったぁ!!」
そこからは、まるで台本をなぞるかの様に。
マウントを奪った中井が、水原の右腕を掴み、挟み込みながら倒れ込み腰を押し出す。十八番の腕十字ががっしりと水原の肘を極めたのだった。
『出たぁあああ!出てしまったぁあああ!シンヤ・ナカイの、あー、あ!ウデジュウジ!!蛇が絡み付いたぁあああ!!』
「っしゃ決まったぁあ!」
入場口から試合を覗いていた神山は、ガッツポーズと共に叫んだ。しっかり極まった腕十字固め、腕も伸び切りもはや逃げる術無し!まだ1分経たずの試合時間に、またも秒殺を決めた中井の姿を見つめる。
早く降参しないと、水原の腕が破壊される。すぐ降参するだろうと、神山はその時を待った……だが。
「いや、待て神山くん……もうあれ、脱臼してないか?」
「え?」
同じく隣で覗いていた町田が、違和感に気付いた。水原の右腕の肘は、もう伸び切ってしまっている。あれは既に、肘関節が外れた状態の筈だと町田が指摘する。
「は、外れてる……マジかよ!?あいつ痛く無いのか!?」
神山もそれに気付いて驚愕した、既に水原の右肘関節は外れていたのだ!中井もそれに気付いたらしい、何だと目を見開いている。痛覚遮断のスキルか?はたまた、関節を外せる特異体質か!?戦う中井、観戦していた神山、町田が驚く最中ーー。
マギウス・スクワッド控え室、映し鏡から鹿目駿が、その様子を見て嘲笑った。
「漫画だっけ、打撃系などうんぬんかんぬん、関節技こそ王者の技とかあったなぁ」
その映し鏡を見つめ、此方の先鋒が叫ばず喚かずする様、狼狽えを見せる敵の様に、ふうとため息を吐いた。
「液体に関節技きめれるんですかぁ?やってみなよクソガキ」
そう呟いた矢先、映し鏡の水原が……歪んだ。
「これは……」
「マジか……」
「何という……」
中井真也は、その極めた筈の腕が、肘が外れて叫ばない相手に驚愕し、今まさにその男の手が、腕が、いや……肉体全てが歪む様に驚愕した。それは、入場口から見ていた神山、町田も同じであった。
青いローブも、腕も、色が落ちて透明になり、ずるりと中井の挟む足から抜けた。そして腹の上に次々と……液体が移動して、形を作っていく。
「君の関節技は、人体破壊としては理にかなったものだろうさ、それに対して防御技術がある人間は限られているだろうよ」
液体が、水が人の形を、ローブを着た人間を型取り、色を付けていく。中井の真上に、マウントポジションを取った水原陽一は、中井真也を見下ろし、言い放つ。
「液体には、関節も無い、靭帯も無い、そして気道も頸動脈も無い……つまり……中井真也、君は僕には勝つ事はできない」
中井真也が、この世界で唯一の関節技師たる中井真也が……腕十字から抜けられ、さらにはマウントポジションを奪われるという光景に、神山と町田は戦慄する!
しかも、それが同じ技術を持つ者では無い!全くの異能!全くの特異体質!正しくそれは!!
『チートスキル』
水の魔法使い、水原陽一。
クラス、バトルメイジ。
保有スキル 魔法攻撃力アップ、魔法防御力アップ、マナ探知
チートスキル 液体化
中井真也、展覧試合最初の試合から、正しく天敵となりうる男と対峙したのであった。