トーナメント抽選会
それは、展覧試合本戦開会式二週間前に遡る。
シダト城内のとあるスペースでは、此度の本戦トーナメントにおける抽選会が行われていた。本戦出場全8チームの出場選手の大将と、チームを束ねる貴族が代表として参加し、トーナメントの枠組みを決める。
そしてシダト国内のあらゆる情報媒体の記者達が集まり、意気込みを選手達に尋ねるのだ。
現世の大型興行の記者会見、とも似た行事に、TEAM PRIDEからは無論神山真奈都、そして主人たるマリス・メッツァーが代表として参加する事になった。離宮にてパーティが行われたが、城に入るのはそれこそ神山がこの地に召喚されて以来となる。
何とも言い難いが、城内とはこんな感じだったのかと、現世のアニメやら漫画やらの媒体に良くありげな造りが、神山に違和感としてのしかかる。まるで小部屋の様な、セットの中に居る感覚を覚えた。
この世界に来た時も、実は神山は城内にてこの違和感を微かに覚えていた。そして数ヶ月を得て、また城内に入り同じ様に体が反応しているのだ。
「マナト、どうしたの?具合悪い?」
「いや、平気っす、なんかこうむず痒い感じが」
「背中痒いの?掻いてあげようか?」
「その痒いじゃ無いんですよ……こう、胸がぐずつくと言うか」
「大丈夫?吐きそう?」
「大丈夫っす」
逐一心配する主人に、そう言う実害は無いからと答える神山。やがて、案内の通りにたどり着いた両開きのドアには『抽選会控室』と記された羊皮紙が突き立てられていた。因みに、異界の文字故、神山は読めない、マリスがここだと神山を止めた。
「ここらしいわ、抽選会場」
そして扉の前に二人で立ち、持ち手を掴み押そうとした神山だったが、なんと触れる前に奥へと開かれたのだった。中々に広い空間だ、ホテルの多目的ホールを思わせる空間に、煌びやかな服を着た男女、それに連れられている、明らかに同じ現世から来た顔つきながら、この世界の服を着ている……つまりは代表、大将が傍に立っていた。
神山は初めて、展覧試合にて戦うだろう相手と面を合わせたのだ。全部で14人部屋に居る、自分達が最後に来たのが分かった。だから、嫌でも注目を集めるわけだ。
しかし……どの組がどのチームか全く分からんなと、部屋を見回して、一際背の高い輩が居た、多分あれが前年2位のシードチーム『ギガンテス』の大将だろうなとは検討が付いた。後は……ドレスの女性を見つけて、傍にも女性の、現世側らしからぬ顔が居た。女性だけの闘士チーム『ヴァルキュリア・クラン』の大将だろうかと、他に女性が見当たらないので、見当をつけた。
黙ったまま、部屋に入って、とりあえずマリスと立って待つ事にした神山。こうして見ると、神山の目からすれば、際立って強そうなのはギガンテス以外無い。肉体と格闘だけで戦ってきた以上、本当にそんな肉体で戦えるのか?と、疑問が浮かぶのが殆どだった。
「TEAM PRIDEの神山真奈都、であってる?」
「む?」
ここで、神山に声を掛ける者が居た。そちらを見れば、声を掛けた青年は知らなかったのだが……傍に立つ雇い主の貴族には面識があった。そう、闘士決闘にて練習試合で、補欠と戦ったガズィル・リンチ卿だった。つまり……ここに居るのはブルー・ラウンズの大将であった。
「村田翔吾さん?ブルー・ラウンズの?」
「そう、知ってくれてるとはね……初めまして」
好青年らしい、あどけなさ残る笑顔で右手を差し出すその男。薄い茶髪に、おおよそ争いや戦いから程遠いだろう顔、中井真也と同じ系統のアイドルフェイス。名前は村田翔吾、ブルー・ラウンズ大将を張る男であり、クラスは魔法剣士だった。手を出されたら握手を返さねばならないなと、右手を神山も差し出す。
がさりと、神山の掌が感じた乾いた感触に、ふと顔が一瞬真顔になるも、しばらく握手して手を離した。
「いやはや、来ましたかマリス殿……」
「えぇ、ガズィル卿……最高の闘士を揃えてまいりましたわ」
「存じておりますとも、皆クラスもスキルも無し、五体のみで勝ち登ってきた強者と」
ハゲ頭を光らせながらも、柔かに笑うガズィル卿に、マリスも見上げてにまりと笑う。
「当たれば我々が、TEAM PRIDEが勝ちますので、どうぞよろしく」
「そうこなくては、我々貴族全員、膝下に揃えた闘士こそ最強である、そう信じて当たり前ですからな」
「ですわね」
互いに自信満々、そして何よりガズィル卿はTEAM PRIDEの構成は甘く見るつもりは無かった。我が集めし闘士こそ、最強を疑わないと互いに熱を持っていた。
「ではこれで、決勝か、はたまたすぐかは分かりませんが……」
「ええ、よろしく」
二人の挨拶と舌戦を終えて、ガズィル卿は離れた。それに追従して村田も神山に会釈をして離れたので、神山も会釈を返した。背中を見せる両名に、神山は先程握手で差し出した右手に視線を落とす。
「マナト、どうかした?」
自分の手を見つめる神山に、マリスがどうかしたのかと問うた。
「ガサガサだった、あいつの手……」
「やぁね、手入れしてなかったの?」
ガサついた手で握手された事に、手入れしてなかったのかと顔をしかめるマリス。しかし神山は首を横に振った。
「違いますよ、あのズタズタな手は、何万回と剣を素振りして、戦って擦れてできた手ですよ、それに……近場で顔見たらあいつ、傷が彼方此方に見えてね」
「だから……」
「強敵、ってわけです」
握った瞬間、力が伝わり、手の傷が物語っていたのだと神山はマリスに説明した。強敵が現れたのだと、ゆっくり手を握り拳を作る神山に、マリスはふぅんと納得した。
「マナトの手もズタズタね、ズタズタな手は強いのかしら……でも、セイタローの手は綺麗だったわ」
「河上さんは天才っすから、あとアフターケアしっかりしてそうですし」
手がズタズタなら強いのかと安直な考えを巡らすマリスは、河上の手は綺麗だったと思い出すものの、神山はあの人は天賦の才から自分とは違うし、その辺気にしてケアをしているだろうと説明する。
そう会話が続く最中、部屋の扉が開かれた。皆が一斉に視線を向けた先には……四聖の一人『剣聖』御剣玉鋼が立っていた。
「本戦出場チームの代表の皆様、お待たせしました……会場が整いましたのでご案内致します」
控室から、四聖より案内を受けて歩き、此度の展覧試合参加チームの代表が通された場所は、また別の多目的ホールだった。そこには、横長のテーブル、そして十六の椅子、その後ろにはよく見知ったトーナメントの表が羊皮紙に刻まれて板に打ち付けらていた。
そして何より……そのテーブルを隔てて、何十人もの男女問わずに人々が、メモらしき物を用意して待っていた。
さらに……神山はあっと声が出掛かる、司会席らしき場所に、ヴェールで顔を隠した、ドレスの女が立っていたのを。その左には四聖『魔将』篠宮倉人、右には『拳神』の二つなを持ち、現世にて神山と同じアマキックボクシングで活躍していた、高原泰二が立っていた。
名前も知らぬ『姫』の横に立つ高原と目が合う神山、しかして視線を高原が外した刹那、姫が声を上げた。
「お待たせしました、これより展覧試合本戦トーナメント抽選会、調印式を行います、まずはそれぞれのチームをご紹介させて戴きます」
声も久々に聞いた、少し苛立って来た。思えばこいつに、この馬鹿げた世界に呼び出され、知らぬ間に奴僕に落とされたわけだ。諸悪の根源が、今そこに居るわけだ。それは、傍にて立つマリスも同じで、血走った目をしていた。
「まずはシード権側、前年ベスト4から、前年度優勝、ブルー・ラウンズ、代表ショウゴ・ムラタ」
呼ばれた順から出て行くらしい、村田とガズィル卿が歩いて、正面に立ち一礼した。
「前年度準優勝、ギガンテス、代表サトシ・ババ」
次に、ドスドスと音を立てそうな足取りで、巨漢とこれまた大柄な貴族が出て行く、目測190超えかと神山は、ギガンテス代表の身長を確認した。
「前年度3位、ヴァルキュリア・クラン、代表カイリ・アサクラ」
控室でふと見た女性二人が、神山の横を通り過ぎた。そしてふと、神山はこの代表たる『あさくらかいり』が、ドレスの上からとは言え、恵まれた肉体だと見てとれた、鍛えていると。
中井真也が、このチームの先鋒三条原オリヴィエを標的にしていると言っていたが、戦乙女のチーム、侮れないなと彼女を見た。
「……マナト、貴方おっぱい大きい方が好きだったりする?」
「そんなんじゃないっすよ……」
が、違う目線を感じたとマリスに指摘されて、他意は無いと否定した。が、実際ムチムチなのは否定出来なかった。
「前年度4位、マギウス・スクワッド、代表シュン・カナメ」
いよいよ前年度ベスト4が出て行く。TEAM PRIDEの天敵となりうるだろう、避けたい相手、魔法使い集団マギウス・スクワッドの代表は、眼鏡をかけた青年だった。
「続いて予選組を紹介します……第一ブロック代表、TEAM PRIDE、代表マナト・カミヤマ」
そして、遂に神山が呼ばれた。そのまま歩き出し、集められた記者らしき人々に向けてーー。ずっと腕を上げてファイティングポーズを取る。
「マナト?」
「あ、やべ、癖でつい」
この所作を行う様にマリスが首を傾げた、記者らしき人々からも疑問を孕んだざわつきを起こしたその所作、意味がわからないと面を食らった様に空気が少しおかしくなった。
そのままさっさと椅子に向かう神山、いやはや懐かしいと、神山はその昔、ある大型団体の、アマチュア試合ながら記者会見をした事を思い出したのだった。