Workout TEAM PRIDE Evening and midnight
さて……ここまでTEAM PRIDEは果たして何時間練習しただろうか?これを現実の時間に置き換えてみると、意外な事が分かる。
早朝ランニング、そして朝練が合計二時間。
そして昼のフィジカルで二時間半。
つまり、合計四時間半の練習時間となっている。
あれ?少なくない?と思っただろう。それこそスポ根部活よろしく、夜まで練習、ナイターが点いても家に帰れない……なんて事はない。
短い時間に、濃厚濃密に練習を詰め込む。ダラダラ長時間したところで身につかないとして、TEAM PRIDEはその理論で練習している。
じゃあ空いた時間だらついているのか?と言えば違う、全てが試合に勝つ為に、休みもまた必要なのだ。明日の本練習でバテない為、休み、しっかり練習する為だ。
疲れ果てて身に入らなければ意味が無いのだ。
夕食はこれまたゆったり、歓談しながらのメンバー全員での食事になる。
本日の夕食は、蒸し鶏のレモンソース、さっぱり柑橘が疲れた身体にもしっかり入る様な味付けである。そして相変わらずブロッコリーにトマト、この2種類は筋肉増強にはうってつけである。ブロッコリーには女性ホルモンを抑制し、男性ホルモンの分泌を促す効果があり、筋肉をつきやすくする。そしてトマトのクエン酸、アミノ酸は乳酸発生を抑える効果があり、疲労感を軽減してくれるのだ。
夕食を終えれば、自由時間となるのだが……少しばかり出てきた話題に花が咲いてリビングに皆集まっていた。
「へぇ、回復薬を……筋肉痛無くなるんすか長谷部さん?」
「あぁ、余程の時には少し飲んでた、中々に効くあたり、魔法の世界を実感するよ」
リビングの低いテーブルに、香水瓶の様なデザインのガラス瓶が置かれて、そこになんとも言い難い煌びやかな青色の液体が揺れていた。
剣と魔法の異世界には、こんな薬品がある。曰く『ポーション』等と呼称されるそれは、傷を癒やし体力を回復させる薬だ。
自然の薬草から煎じたり、はたまた魔法を唱え鍋で煮て作り上げるイメージがある、回復薬。この世界にもこうしてあるわけだが、それを長谷部は使用した事があるという。筋肉痛がひどい時に飲んで、それでトレーニングをしていたのだと。
「にわかに信じ難いけど、こんな世界だからなぁ……中毒性とかあったりします?」
中井はそのガラス瓶を持ち、軽く揺らして回復薬を眺めた。こんな薬品が筋肉痛を治してくれるなんて信じられないなと、中毒性はあるのかと中井は長谷部に尋ねた。
「ばかばか飲むとしばらく寝込むらしい、ほんと、ショットグラスくらいを服用する感じ、それとこの世界じゃあカクテルの材料なんだとか」
「あぁ、飲んだことあるな、薬酒系で無臭なんだが、何故か炭酸で割ると匂いが少しキツくなる」
「河上さん試飲済みっすか……」
河上静太郎曰く、無臭なのだが炭酸で割ると薬品臭くなるらしい。
TEAM PRIDEの面々の中でも、この世界の薬品に頼った事のある輩は少ない。が、筋肉痛を治してくれるなら、それは飲んでみてもいいかもしれないなと、神山は回復薬のガラス瓶を開けた。
傍にはグラスを、そこへ傾けて注いで指1本くらい注ぐ。
嗅いでみた、確かに匂いはない。しかしキラキラ輝いている。本当、飲んで大丈夫かとグラスをまじまじ見つめた神山が、満を辞して口に含んだ。
ゴクリ、と喉を鳴らす神山。
「どう、神山?」
「大丈夫か、神山くん?」
中井と町田が、大丈夫なのかと尋ねる。そして飲み干した神山は……怪訝な顔を浮かべて呟くのだった。
「クラティンデーン?」
「は?」
「いや、あれだ、うん、味がタイのエナドリに似てる、クラティンデーンだ……」
「何ぞや、そのクラティンデーンって」
「レッ◯ブルの大元、タイにあるんだよ」
何とも分かりづらい例えに、中井がグラスを受け取り、同じ様に注いで勢いよく飲み下した。そして、同じ様に怪訝な顔を浮かべて宣った。
「あー……あの、ドラッグストアとかの……自社ブランドの安い栄養ドリンク?みたいな……」
「安っぽい味なのか?どれ……」
中井が評するに安っぽい味らしい、気になった町田も同じ様に飲む。
そして怪訝な顔を同じように浮かべて言うのだ。
「昔……駄菓子屋とかにあったあの、30円のジュース?」
初、回復薬の試飲に皆難色示す3人、本当にこんな物が筋肉痛に、何より傷に効くのかと疑心暗鬼になるばかりだ。
「あまり御用になりたくないな、何入ってるか知らんし」
だから神山は、こんな訳の分からないこの世界の医薬品には頼りたくないなと、少し残った回復薬を見つめて呟くのだった。
こうして、TEAM PRIDEの1日は終わりを迎える。
皆が寝静まり、主人たるマリスも寝床についた夜。
「さて……」
男は一人、部屋から出てきた。
河上静太郎、TEAM PRIDEの副将にして、元の世界では『現代最強の剣客』を名乗る男。夜は大人の時間と、この男は夜に出歩き遊び回るり、朝に帰るが日課としている。
しかしーー今宵は様子が違った。
「あれ、河上さん?」
「おやーー」
そこに、何とも数奇なタイミングで、緑川は河上が出歩く様を見てしまった。厠に行っていた所らしい。
「どこか行くんですか、こんな夜に?」
「ふむーーついてくるか、緑川?」
「え?」
「これより河上静太郎、久方ぶりに指切り参りに行こうとなーー興味があるならば供するが良い」
指切り参り……不穏な言葉と裏腹に涼やかなる笑みを見せる河上の不思議さが、じんじん筋肉が痛みだした緑川の興味を引いた。
寝巻きから普段着に着替えた緑川、その斜め前にて河上は、ゆらりゆらりと歩いている。シダトの熱帯は、日本の夏の夜が如く暑さが残り、風も生ぬるい。
そんな中で、緑川と河上はゆらゆら歩いて……この夜でも煌びやかなルテプ外壁、東側へと辿り着いた。緑川もこの辺りが斯様な場所かは知っていた、外壁の歓楽地区。北東、内地に繋がる門からなる昼間の娯楽街とは違う、夜の街がこの東の線状にあると。
「夜遊び……ですか?」
「いや、今宵は違う、違うぞ緑川……」
怪しい松明の光が照らす騒がしい道を歩いていると、それだけで空気が変わった。緑川はそれに気が付いた、誰もが、店の人から客引き、所属している女性までも、河上静太郎を見ている。
と、ここで前より、二人の男が歩いてきているのを目撃した。腰に剣を携え、これ見よがしに両手に紋様が刻まれている。内地の優性召喚者だ。夜遊びに来たのだろう。
「端に寄っておれ緑川、寄ったら命の保証は無いぞ?」
声色が明らかに変わったのが、緑川にも分かった。了解の返答を口から出す前に、さながら反射運動とばかりに道の端に身を寄せる。
「待たれよ、そこの二人」
「あ?」
「なんだぁ?」
そうして河上が、その優性召喚者に声を掛ければ、二人して立ち止まる。
「腰元の得物置いて行け……それか、抜いて俺と斬り合うか選べ」
突然の欲求に緑川は驚いた。恐喝まがいな事を行うTEAM PRIDEの副将を前に、優性召喚者の剣士の片割れが、それはもう苛立ちを覚えた顔で言い放つ。
「はあ?酔ってんのかテメェ?誰に喧嘩ーー」
「お、おい待て!こいつ、河上静太郎だ!!」
その最中、もう片方の剣士が目の前に居るのが誰かと気付いた。それに河上はほほうと、少しばかり嬉しげに語り出す。
「おお、ようやっと内地にも名前が浸透してきたか……重畳重畳」
そして……腰元の日本刀の鍔を親指にて押し上げ白刃を覗かせるや、河上に気付いた片方は、跳ね上がって腰の剣を固定するベルトを外した。
「じ、冗談じゃない、俺は死にたく無いからな!ほら、剣くらいやるよ!」
命を選択した剣士が剣を捨てて河上によこした。では、もう片割れはと河上は目線を向ける。
「はんっ!双剣士を卑怯な技で破ったペテン師が、雑魚狩りでイキッてんなよこらぁ!」
もう片方は威勢よく剣を抜き放つ、細身の長剣、柄には宝石が埋め込まれた中々高価そうな一振りだ。
「馬鹿!やめとけよ!あの戦いが嘘やペテンに見えたんかよお前っ!」
降参した片割れに止められる威勢のいい優性召喚者の剣士を一瞥するや、河上の右手が柄にゆっくりと置かれた。
「喉貫いてやらぁーー!?」
その刹那に踏み込んだ剣士、だったが。緑川は信じられない現象を目の当たりにした。
緑川の目は、河上の手元を捉える事ができず、音も無く、既に刀身を引き抜いた河上の姿しか見えなかった。そして、ガシャンと細身長剣が地面に落ちて……河上に挑んだ剣士の、剣を握っていた右手の指が、芋虫の如く落ちたのである。
「あっが!あぁあ!ぐぅいあぁああ!」
吹き出す血と痛みに膝をつく召喚者の剣士を見下ろし、河上は柄尻を叩いて血を刀身から叩き落としながら呟いた。
「雑魚狩りか、しかし……挑んだお前も同じ目に遭っているのだから、お前もその雑魚とやらの一人だな」
鞘に愛刀を戻し、落ちた細剣を拾い上げ吟味する河上。呆気に取られて何も言えない緑川を他所に、名も知らぬ優性召喚者の剣士二人は、呻きと焦りを見せながら来た道を戻って行ったのだ。
「……なんぞ、なまくらか……宝石も紛い物、金にもならん」
指を切り落とした方の細剣を投げ捨て、足元の鞘ごと渡した方の剣を抜き放ち吟味を始めた河上に、やっと緑川は声を掛けた。
「あの……」
「うん?」
が、何を聞けばいいのか、質問が出なかった。何でこんな事をしているのか、その意味は……ようやっと緑川から出てきた言葉は。
「大丈夫……なんですか?その、こんな事して、試合とか出れなくなるんじゃ?」
至極真っ当な質問だった、展覧試合の選手が刃傷沙汰を起こして、出場停止にならないのかと。それを聞いた河上は、ニッコリ笑って答えたのだ。
「夜の街で遊び呆け、劣性召喚者と喧嘩となり……指を落とされ剣も奪われた……」
「え、え?」
「さて、それを主人に言えるかね、それを聞いた主人はその優性召喚者をどう思う?」
「あ、あー……」
「つまり、問題無しなわけよ」
何とまぁ、緑川はその話を聞いて納得するしかなかったし。えげつない事をと空笑いするしかなかった。内地の優性召喚者が、外壁の観覧街で喧嘩して、負けて、指も落とされ拳も奪われました。しかも相手は見下している劣性召喚者でした。
誇りがそれを許さない、そしてそれを主人に話したら、劣性召喚者に負けて帰ってきた召喚者を膝下には置けぬ、放逐ものの事態となるわけだ。故に、この刃傷沙汰は表に出せないと、くつくつ笑う河上。
「さぁて、このまま朝まで指切り参りと行くか、付いて参れ緑川、お前には回収した剣を運んでもらう」
「ええっ!?僕がですか!!」
「左様、なんなら回収した気に入った物、使っていいぞ、あとは売り払う」
ついて来させた理由はそれかと、河上が投げ渡した剣をキャッチして、再び夜町を河上は歩き出す。
この夜、河上静太郎は二十三振りの得物を狩り、内十七名から六十二本の指を落として、朝帰りをしたのであった。