Workout TEAM PRIDE Daytime 2
「じゃ、やろうか中井くん」
「うっす」
神山、長谷部が緑川に指導をしている横で、中井、町田はスパーリングを始めようとしていた。
「ルールどうしますか、町田さん」
「当てるのは軽めに、蹴りあり、君はタックルあり」
互いに、この世界にて市販され、マリスが買い付けたボクシンググローブに酷似した革のグローブを装着して向かい合う。その様子を、小休止として休憩を始めた緑川、そして神山、長谷部がロープ越しから見守る形となった。
グローブの具合を確認する様に打ち合わせ、ボスボスと鳴らす中井に、両手をふらつかせその場を跳ねる町田、スマホのタイマーから設定したブザーが鳴り、二人が近づきながら互いのグローブを軽くぶつけた。
そして再び離れ、二人は構えながら動き出す。
中井は低い姿勢からステップを踏み、左へ右へと動くのに対して、町田は悠然と迎え討つとばかりにリラックスして立っている。これだけでもう、二人の闘い方から間合いから全て違うのが分かる。
「中井ー、攻めろ攻めろ、町田さん相手に待つな」
ロープに体を預けながら神山は中井に声を上げる。それを聞くや中井はステップインを始めたがーー。
「はいっ」
「ーーっく!?」
すくりと、その踏み込みに町田が蹴りとも呼べない、右足を軽く上げて突き出して、中井の踏み込みを止めた。軽く当てるとはいえ、カウンターの前蹴りにより町田の爪先が、中井の鳩尾へ吸い込まれるように触れてしまった。
「ありゃ入った……中井ダウンしたぞ今の」
「分かってる!」
今のが本気なら吐瀉物吐いて倒れてたなと、神山の煽りに中井が苛立ちを吐く。本当、町田さんは軽いスパーでもえげつないなと、体感済みな神山は苦笑いを浮かべて眺めていると、中井が動き出す。
ステップを刻みながら、左右へと揺れ、そして身体が沈んだ。タックルだ、中井はそもそも寝技へ繋ぐために打撃を利用する、そんな中井がいきなり低空タックルを敢行したのを見た町田は、それもお見通しとばかりに、右足が上がった。
膝が中井の顔面に向かう、タックルへの膝によるカウンター、グラップラーに対してストライカーによる模範解答。テンプレな展開であった。
しかし、中井の肉体は急浮上。膝は当たらず、中井は右腕を振りかぶっていた。大振りでチンピラの喧嘩じみたフック、町田はそれを迎える様に腕で防御するのだが。
「むっ!?」
衝突の瞬間、微かに町田の身体が揺れた。それと同時に中井は町田の胴体に組み付いてしまったのである。
「おー、ロシアンフックか……確か中井くんはサンボ使いだっけ?」
その動きを見た長谷部は、中井が今放った大振りなフックが何かと気づいて感心し、声を漏らす。
「コマンドサンボっすよ、知ってるんですか長谷部さん」
「真似してやった奴がジムに居てな」
ボクシング畑の人間に馴染みないフックだから、知っていた事に軽く驚く神山に、長谷部が理由を話した。
「あの、ロシアンフックって?」
「ロシア系のファイターがよく使うフック、ボクシングのフックとはまた違う、フルスイングする形で、踏み込みながら打つから威力が高い反面、空振りしたら隙も大きい」
無論、今日から格闘技を始めたら緑川からすれば首を傾げる話だ。これに神山が答えて説明する。
「中井は寝技に持ち込む為、近づく必要があるから、ああして打撃を餌にしてフェイントから組んで倒していくのがパターン……な、ん、だけど……」
「た、倒れないですよ町田さん」
説明の最中でもスパーは続く、胴に組みついた中井に対し、町田は組み付かれて押し込まれていた。地面が線を引いて後ろに下がる町田、しかしその動きも止まり硬直するや、中井は左に身体を振るも、町田はそれに対して後一歩譲らず見事に倒れない。
「えぇーー、残すのかよ町田さん……ちょいショックだわ、俺なら倒れてる」
スタンドレスリングで、中井を相手に立っていられている。これだけでもう体幹の強さやバランスが凄まじい事が分かる。中井からすれば溜まったものではないだろうが、ここでアクシデントが起こった。
「疾ッッ!」
「お!?」
中井が翔んだ。そのままなんと、町田を地面に引き込み、転がる二人。そしてーー。
「あたたた!中井くんギブギブ!!」
綺麗に町田の右腕は中井に伸ばされて、待った待ったと左手で中井の足を叩いてタップするのだった。跳び付き腕十字による一本に、中井はさっと腕を離して笑ってみせた。
「よーし!」
「おい中井ー、大人気ないぞー!」
「うるさいなぁ、こうでもしないと町田さん倒れないんだから……」
それは無しだろうと神山の声に、中井は応えた。ここまでしてやっと、とコメントするあたり、やはり立ちながらの組み技から崩せないのは認めているのが伺えた。
立ち上がった町田が構えを見せて、再びスパーが始まる。
しかしーー。
「ほいさ」
「けふっ!?」
「ほらっ」
「おぶぁっ!」
そこからブザーが鳴るまで、中井真也は一度も町田恭二に組み付くことはできなかった。徹底的な蹴りとカウンター、そして組まれる前にいなしてみせた足捌きで持って、中井真也を完封したのだった。
打撃系格闘家と組技系格闘家による、一つの展開がそこにはあった。組み付けぬままいなされ、タイミングを合わされて近づく事もままならないそれは、あまりに悲惨な光景だった。中井真也が負ける時は、このパターンになるのだろうなと神山、長谷部は苦々しい顔を見せた。
「お疲れ様、中井くん」
涼やかな顔でお疲れと労う町田に、中井は力無く笑って尋ねた。
「町田さん……キレてます?」
「まさか?」
絶対腕十字を根に持ってるよと中井は呟き、ロープを超えてリングから出ると、神山が入れ替わる様にロープを潜って、リングに入る。
「いっすか町田さん?」
「構わんよ」
町田は連続で、神山のスパー相手を務める事になった。
再びスマホのブザーが鳴る、神山の左手と町田の左手が互いに触れ、スパーが始まる。
そして、中井とは打って変わって互いに、あまり動きの無い展開が始まった。中井が動き回りフェイントを掛けて入ろうとするのに対し、神山も町田も、互いにどっしりと迎え撃つタイプである。
左手を軽いジャブで、何度か出して距離を測り出す神山、構えた左手に触れたのを見て町田が払うそぶりを見せ、左足を上げる。そんな動きを見せてもまだ町田は動かず……左足を下ろした神山はその刹那、スッと間合いに入り込み、町田に簡単に組みついた。
ぽすりと、そのまま左膝を腹部に軽く当てた神山に、町田はすぐ両手で顔を押して離れた。が、そこへ神山が離れ際に右足で、高めのミドルキックを放つ。軽快な音が鳴る、町田は左腕で防御しており、すぐ様返しに右のローを放ち、そして互いの間合いから抜けた。
「な、んというか……静かなんですけど、凄いですね」
「互いに待ちの形はこうなるよなー、距離測ってフェイント掛けて……」
戦い方の違いが、こうも展開を変えるという光景に、緑川は閉口する。対して長谷部は同じ『待ち』を基本にした戦い方同士が戦うと、読み合い、崩し合いとなり、一瞬一瞬で動いてはまた静かになりと、側からみればあまりに展開が動かない様子に笑うしかなかった。
そうしていつの間にか、ブザーが鳴ってしまった。息の詰まる動きの無いスパーを終えて、神山と町田が手を合わせた。
「あざっす」
「ありがとうございました」
こうして町田が抜けて、神山が残ると、神山の目が緑川を捉えた。
「やってみるか?」
「え?」
「試しにやってみろよ、緑川」
まだワンツーくらいしか知らない緑川に、神山がスパーリングを誘う。言われるがまま、紐を跨ぎ入る緑川。
「とりあえずでいいから、思い切り、何してもいいから殴りに来な」
神山のその指示を受けて、ブザーが鳴った。