Workout TEAM PRIDE Daytime 1
朝食を終えたTEAM PRIDEの面々は、本拠地マリス邸宅中庭の青空ジムにて午前練を始める。
日本の格闘技ジムならば、時間や曜日毎に打撃クラスやら寝技クラスなど区切っている所が大半だ。そこに初心者クラスやらプロクラスなんて区切りも存在する。
TEAM PRIDEの午前練は打撃から始まる。神山と町田を主導として、ミット打ちやスパーリング、サンドバッグなどを行う。参加するのは中井、長谷部、緑川の3人。河上はというと、ランニング後はリビングのソファで寛いでいた。
中庭を照りつける太陽の下、打撃練が始まる。柔軟をそれぞれ行い、まずは神山が輪から離れ、構えを取り始め。ゆっくりと動き出す。
「長谷部さん、あれは?」
「シャドーだよ、ウォームアップさ」
緑川からすれば、シャドーボクシング自体も知らないそうだ。
そもそも、シャドーボクシング自体何の為に行われているのかも判らないみたいである。
「ああして体の動きをチェックしたりする、いつもの様にうごけるか、相手を想像してどう動くか考えたりね、ただ適当に殴ったりしてるわけじゃあない」
見てな、と長谷部は次に中庭へ出た中井を見る様に言うと、素人の緑川ですら違いがわかった。
構えがまず違う。神山は殆ど立つ様な構えで、腕も高く上げた構えに対して、中井は低い体勢で腰も落としている。足の動かし方も、あまり動きがない神山に対し、中井は様々な方向に動きを見せていた。
「神山くんはムエタイだから、ああして少ない動きから蹴りや肘に入る様に、中井くんは相手を寝技に引き込む為動き回り、タックルや投げに繋げる為に、それぞれどう展開をつくるかをシャドーで確認しているんだ」
「そんな事が……」
「まぁ緑川くんはまだ先だな」
あの動きができるのはまだ先だと、長谷部も柔軟を終え立ち上がる。町田も柔軟を終え、シャドーに入ると一気にそれぞれ動きの違いも分かれてくる。
ボクシングの長谷部は、細かなステップと、細かく速い打撃、小刻みなステップや体を左右に振ると言うリズミカルな様子を見せる一方、町田はステップ一つ一つが大きく、鋭くそこから前への踏み込みから放つ打撃と、伝統派空手らしい立ち回りが見えた。
「うっし、じゃあやりますか……」
一通り動き終えた神山がそう呟き、マリスが買い与えたグローブ、ミット類を積み上げた籠に向かう。その最中、ああと長谷部の方に向き直った。
「長谷部さん、緑川くんにバンテ巻いてやってくれない?」.
「ああ、構わんよ」
バンテ?と緑川が首を傾げていると、神山は道具籠の中から二つの小さな塊を長谷部に下から投げ渡し、それをキャッチした。白い布の塊が二つ、それをきながら長谷部は緑川を呼んだ。
「緑川くん、手の甲を向けて手を出して」
「はい……」
指示通り手を出すと、緑川の手に白い布を巻き始めた。バンテ、つまりはバンテージである。ほぼ全ての格闘技では、拳を保護する為に必要不可欠な備品であった。
「また巻き方教えるから、自分で巻けるように練習しなよ」
「分かりました」
テキパキと巻かれていき、しっかりと拳を覆う白布。あっという間緑川の手はバンテージに包まれるのだった。
神山が緑川と長谷部の元へ向かってくる、その手には革のボクシンググローブに、パンチミットが持たれ、それを地面に置いた。
「じゃあまぁ……ジャブから教えますか長谷部さん」
緑川社にはまず、打撃の基本ワンツー……ジャブを指導する事にした神山と長谷部。片やムエタイ、片やボクシングと、打撃系ながら畑違いの二人ではあるが、パンチに関しての出発点は同じだ。まずはこれだと頷いて、神山がミットをはめ、長谷部は緑川にグローブを付けさせた。
細かい事ではあるが、現世の練習用グローブはマジックテープ式で着脱簡単だが、この世界にそんなものは無い。紐でしめるタイプ故、長谷部がしっかりと緑川にグローブをつけさせた。
「はいじゃあ、長谷部さんの真似をしてみようか?」
何事も、始めるときはまず模倣から始まる。長谷部がすっ、と自然に構えをとるのを見て、緑川もそれを真似した。無論、形は似ていれど歪だ。それを神山は修正していく。
「前の手は肩の高さに拳が来て、後ろの手は顎あたりに、歩幅は……うん、いいね」
グローブを触って手の位置を修正し、緑川の構えは何度か様になって行く。
「よし、じゃあジャブだ、明日のためにその1……なんてな、まず一歩前に出て」
神山の言われた通りに緑川は動き、長谷部もそれに続いた。
「とりあえずポンと殴ってみ」
「こうですか?」
言われた通りに前手として出した左手を緑川は伸ばす、無論ジャブなどとは言えない。
「じゃあ長谷部さんジャブ」
長谷部にそう指示して、ゆっくりと、コマ送りを見せる様に長谷部が左手を伸ばした。そして神山は解説を始める。
「ステップインして、放つときは肩、腰を軽く入れる……回すって事ね、はい下がって」
下がってと言われた長谷部は下がり、緑川も下がる。
「じゃあゆっくりやってみようか、ハイ踏み込んで」
「はい」
「肩、腰入れて放つ」
「はいっ」
「で下がる」
ジャブを号令かけて、ゆっくりと丁寧にして、フォームを作らせて行く。そして……緑川が、何度目かの号令に従ったとき、それは起こった。
「はい、手を下げない下げない、腕キツくなってきたろ」
「はぁ、はぁ……」
緑川の両腕は、今異様な重さを感じていた。そして構えていた両腕が震え、腕を下ろしそうになっていたのだ。何故か?それは緑川が装着されたグローブに重り……は仕掛けていない。
しかし、この革のグローブ現世で同じ物を上げるなら、16オンスサイズの、練習用グローブである。グラム換算で約450グラム、これで練習をすると中々腕にくるのだ。
「で、これを繰り返し上手くなるとー、こうなります」
これの行き着く先が、こうだと長谷部を見る様に緑川を促し、長谷部が同じ挙動のジャブを放った。
風を切る音が聞こえた、素手であるとはいえ、緑川の目には追いきれないジャブの速さに、彼は閉口するしかなかった。
「そら一つ一つ丁寧に、頑張りな」
「はいっ……」
号令と共に、ジャブを続ける緑川、その後ろの杭とロープを張っただけのリングには、中井と町田がロープを跨ぎ入り込んでいた。