控え選手の劣等生 中
「氷、買ってきたぞ」
「すまんな町田、首とか足とかに当ててやって」
「おーい、具合どうだー?」
シダトの気候は亜熱帯、熱帯地域と同じであり、熱中症は最も気をつけるべき症状である。TEAM PRIDEの面々もトレーニング中の水分補給、休憩時の日陰への移動は気をつけていた。
そして、現世でもスポーツマンという括りで彼らを纏めたならば、全員熱中症への対処は知っていた。首や内股等の太い血管が走る患部を冷やし、日陰へ移動させ、風を吹かせてやりながら応答を確認し、ゆっくりと水分及び電解質を補給させる。
スポドリ等は無いが、ヤシの実がその代わりになるので神山が三つほど購入し、町田は氷屋を探して一走りして、皮袋に氷を小分けにして詰めてもらったそれを、青年の首やらに当ててやり、上着をずらして楽にさせた。
「あ、うあ……うう」
「飲めるか?ゆっくりな」
虚な目をしている青年に、神山は応答を確認しながら、割ったヤシの実を口元に近づけてみる、緩慢な動きでヤシの実を取り、ゆっくりと飲み下していく青年に、とりあえず命の心配は無いと判断した。
「ふー……とりあえず、医者呼ぶか?所属チームとかあるのかな、この人」
「一緒に来た奴とか居ないのか?つーか、倒れてから店員も他の奴らもなーんも反応して無い」
これから彼をどうするか、付き添いの奴らは居ないのかと神山が話す中、中井が店員も、更には練習している他の輩も全く見向きもしない薄情さに歯軋りをした。何処の所属の闘士なのか、内地の施設を使っているならば無所属では無かろう。医者を呼ぶなりして同じ所属の闘士に連絡を取るべきかと考えていると……長谷部がある事に気付いた。
「む?これは……」
長谷部が、青年の纏っていた上着の襟元を軽く引っ張ると、何やらワッペンが縫い付けられていた。書物に対して交差する杖のワッペンに、長谷部はあっと声を出した。
「やれ参ったな、この子マギウス・スクワッドの子だわ」
長谷部の言葉に神山達が顔を向けた。
マギウス・スクワッド。昨年展覧試合ベスト4のチームであり、魔法使いのみで構成されたチームだ。彼はそこの所属というわけだ。
「試合前に関わりを持つべきでは無いのだがなぁ……」
「しかし、放っておけまいよ倫理的に」
もしかすれば相対するかもしれぬ選手を助けるのは、関わりを持つのはルール的にも少々まずいと長谷部は、敵対するチームと試合のルールからこれ以上はと呟いた。しかして、このままにするのは人道的にできぬと河上は長谷部に倫理観から反論する。
「いいでしょう、別に……今から喧嘩するわけでも無いし?」
「熱中症看病しただけだし、それであーこー言わんと思うがね」
助けたぐらいで、どうこう言わないだろうよと神山と町田の声もあり、皆でマギウス・スクワッド所属の青年を見守る事にした。
しばらくして、楽になったらしい顔も血色を取り戻した青年は、やっと定まった目で皆を見て口を開いた。
「すいません、迷惑掛けまして……」
「いいよ別に、てか熱中症は大丈夫?まだココナッツ飲む?」
「はい……」
神山に差し出されたココナッツを飲み、落ち着きを取り戻した青年に、長谷部が尋ねた。
「マギウス・スクワッドの選手だよね?付き添いの人は居る?て言うか、本拠地まで帰れる?」
「付き添い……居ないです、一人で練習に来まして……」
「自主練か、っておいおい、立つな立つな!」
付き添い無しで一人自主練とは殊勝な輩だなと口にした町田だが、その青年が立ち上がろうとして、まだフラつくのを見て町田が肩を押さえる。そんな町田の手を押し返し立とうとするが、力の差は歴然で、押さえ込まれて力無く青年は体を捩らせる。
「でも、練習しないと……じゃないと」
「馬鹿か!?オーバーワークを知らんのか!!」
「でも、でも……」
まるで脅迫観念を受けているかの様に、立ち上がり練習に向かう青年を町田が止めた。熱中症に成る程練習するなど、オーバーワークもいいところなのだ。こりゃいかんと、また目も定まらなくなりつつある青年に、中井が動いた。
「寝とけ」
「かひゅっ!?」
マリスにも行った、襟首を引いて頸動脈を締め上げて落とす襟締めにて、中井が意識を奪った。がくりと力が抜けて、横倒れになる青年の頭を河上が支えて、中井は襟から手を離した。
「本当、便利だねそれ?」
「コツがあるんだ」
得意げにする中井だが、いよいよもってこの青年、追い詰められていて尋常じゃないと皆が感じたのだ。
「とりあえず、屋敷まで運んで話聞かないか?余程錯乱していたし」
「だな、じゃあ僕がおぶるから」
とりあえず屋敷で話を聞いた方がいいだろうと河上の提案に、神山が乗る。神山は青年を背負って立ち上がりーー。
「うわっ!?軽っ……多分50キロ無いぞこいつ……」
「元から不健康体か、身長に対して痩せすぎだな」
その軽さに驚くのだった。
中央より青年を背負い、本拠地たるマリス邸宅に帰って来たTEAM PRIDE一行は、マリスに事情を説明し、青年をリビングのソファに寝かせた。それから、神山がスマホにて撮影した魔法を見ながら、タイムラグを正確に割り出しながら、TEAM PRIDEはこの世界の魔法を書物において叩き込み、纏め始めた。
「つまり、どれだけ突き詰めても魔法は、最速で1秒の時間が掛かるわけだ、詠唱破棄ってスキルで発動しても、マナを込めて放つ最速がそれか」
その中で、神山達は魔法の最速射出速度の限界は、おおよそ1秒であると、動画及びスキル大全より割り出した。動画撮影による検証と、マリス邸宅にあった『基礎魔法』の書物を、これまた河上が訳し、唱えてみながらストップウォッチ機能で計測し、その場合は3〜5秒は平均して掛かり、その呪文を省けたとして動画の様に放つならそこまで短縮できると。
「となれば、もし魔法使いの闘士と当たった場合、徹底的な接近戦を強いられるな、放たれたら終わり、くらいの気概で望むべしと」
「町田さんみたく、真正面から潰せたら世話ないんだけど、それができない魔法とかあるし……いよいよ僕も武器を本気で使おうか……」
結局、結論は町田が言った『魔法を使わせる前に倒す』が最適解となるわけだが、毎度その最適解をできるわけもない。それに対して、中井真也がいよいよ僕達は、一つの生命線ともいう判断を下すべきと主張する。
そう、『武器』の使用である。
「展覧試合本戦では、武器の持ち込み、使用は登録さえすれば規定が決まってないらしい、事細かに書いて届ける必要があり、届けの無い装備を使った場合反則らしい」
TEAM PRIDEは現在、河上静太郎が使用している日本刀以外、武器を使用していない。喧嘩沙汰で町田は棒を、中井がナイフを操ってはいるが、試合では使用していないのだ。というのも、TEAM PRIDEの面々は自らの体得した格闘技、武道にて勝利を収めたい矜持を、それぞれが有しているのは確かだ。
しかして、相手はいよいよ異能たる魔法を扱い、練度も高い輩も居る。となれば……勝つためにそれらを捨てる瞬間も来るわけだ。
「河上さんは刀があるとして……町田さんは武器というと、沖縄武術の?」
となれば、武器をどうするのかという話になるわけで、中井は町田はどうするのか尋ねた。町田は、実はとここに来て用意をしていると言い出したのだ。
「ああ、あれから河上が贔屓にしている武器屋、そこで作ってもらう事にした」
「おぉ、何をだ?」
練習用具や仕立て屋に行った時、オープンフィンガーグローブを作ってもらった、河上が贔屓にしていた店に行っていたらしい、そこで沖縄武術の武器を再現して貰っており、それを使うのだという。河上はそれを聞いて、いよいよかとわくつき、何を作らせるのだと尋ねた。
「トンファーだな、あとサイ、他にも作らせている」
「町田さんは心配無いとして、神山?」
「あ?いや、俺は……」
「まさか素手で剣とやり合う気は無いよね、はっきり言うけどさ、危なっかしいよ?」
中井は神山が言おうとした内容を、言われる前に止めた。まだ素手でやる気なのかと。それを聞いた神山は、頭が痛いとばかりに髪を掻いた。
「オロチの翡翠との時もそうだ、あの時は僕もだけど……武器を持つべきだったよ、君が鎖を渡してくれたから良かったからさ」
「とは言ってもなぁ……中井は?お前どうするんだよ?」
コハクドにおける、オロチの首魁、翡翠との戦いを思い出せと言う中井に神山は、ならばお前はどうする気なのだと問いかける。
「ナイフだけで戦う気か?て言うか中井はサンボとナイフ以外できるのかよ?」
中井がナイフを扱うのを見た神山からすれば、それだけでどうする気なのかと尋ねる。ちなみ、神山は中井のナイフが刀身をスプリングにより弾き出せるスペツナズナイフである事は知らない。町田と河上はその機構を目の当たりにしている為知っていた。だが神山はそれを知らないので、お前はどうなんだと尋ねると。
「とりあえず、爆薬やら火薬の目処が立ったから、それを使う気でいるよ……後は銃かな?」
「あ、そう、爆薬やら火薬……」
そうかそうか、なら心配無いなと神山は頷いて、俺はどうするかと首を傾げたのだが、そうはならなかった。
「待てや!爆薬やら火薬はまぁ、まぁ何とかなるかもだけど!銃は無いだろ!?」
こんな剣と魔法の世界に銃があってたまるか!机を叩く神山に、中井は淡々と返した。
「そう思ってたんだけどさ……オロチのバイク、あったでしょ?あの数十台の中に……」
中井の言葉に、神山も、町田も河上も、長谷部も驚いた。そして、中井はちょっと待っててと一度席を外し、自室に行くと、しばらくして白い布を被せた何かを持って来た。
それをテーブルに置き、布を取り払うや、そこにあらわれたのは、一丁の拳銃だった。グリップは小さくコンパクトな印象が見受けられた一丁の拳銃に、一同は唸る。
「ま、さか……いやはや、出て来ちゃったか、銃まで」
長谷部もこの世界は、剣と魔法故にこれは無いと思っていた。しかし出てきた代物にいよいよこの世界の混沌さを痛感した。
「これ、なんて銃だ?ハンドガンだけど、名前とかあるよな、確かグロックだ、デザートイーグルだ」
神山はその銃を眺めて、銃の名前があったなと中井に尋ねた。それに対して中井はすらりとこたえてみせる。
「VP-70って名前、はっきり言ったら……よろしく無い銃だよ」
その特異なフォルムの拳銃を手に取り、中井はすっと射撃体制を取ってみせる。嫌になれた様な、素人である全員から見ても中井の銃を構える姿はしっくりと来ていた。
「てか、撃ったことあるのかよ中井?」
「ロシアでね、師匠に助けられてから一年間、その内一月ロシアについて行った時に指導を受けた、それと英和田町でもヤー公から奪ったのを撃った事がある」
「お前さ、どんな修羅場潜ってきたわけ?僕と同い年だよな?」
冗談では流せない、中井真也の過去には神山も苦笑いせざるを得ず、中井は一息ついて構を解き、銃を置いた。
「まぁ、弾がないからね……それこそ一から作り上げるか、他には無いか考えてる所、使わなかったら別の方法を考えるよ」
そもそも弾丸が無いから使う以前の話であると宣う中井、そうしていると、名前を聞かなかった錯乱気味だったマギウス・スクワッドの青年が、意識を取り戻しつつあった。