闘士親睦会
「何だよその九頭龍組だの、政財界だの……僕と町田さんちんぷんかんぷんなんだけど」
神山は中井と河上ダケが知っている、日金慎太郎なる人物の話について行けず、また脱線しかねないと話を切る事にした。
「その日金慎太郎が……とりあえず反逆した闘士というのは分かった、その人とマリスの親父さんが仲良かったのも分かった……ニルギ……ニーナさん、殺された理由は、それ?」
反逆した闘士と少しばかり仲が良かった、微妙ながら、苛烈ならそれが理由になってもおかしくないかと神山はニーナに尋ねた。
「恐らくは違うと思う……が、関係はあるというか……反逆からしばらくして、いきなり当主様は殺されていました……」
しかしそれだけが理由とは思えないと、ニーナは首を横に振った。そうしてしまえばもう、ドン詰まりになるわけで、後は想像していくしかない。妄想となってしまうなと、神山はメモ帳を閉じた。
「聞き込みでもするか、何なら今から城に乗り込んで姫の襟首掴んで吐かせるか?」
「お、討ち入りか神山くん?」
というわけで聞き込みに行こうかと聳え立つ城を親指で差す神山に河上がギランと目を輝かせる。
「やめろやめろ、後のこと考えろ、それよか一度邸宅に戻ろう、マリスさんの顔が赤くなって来た」
襲撃した後どうするのだと町田が、マリスが外の暑さにやられてのぼせ始めていると、赤々しい顔になっているマリスに、皆がそれなら仕方ないと、メッツァー邸宅に戻る事を決めた。
「まぁ……どのみち展覧試合戦っていったら、どこかで何か分かるだろうし……今は本戦出場を喜ぼう」
本戦出場が決まったのだな、そう言えばとマリスの乱心からふと忘れていたことを反芻した神山達は、外壁のTEAM PRIDE本拠地に戻る事にしたのだった。
そして、神山達が帰ったその後、残り3組の出場チームも決定し……。
展覧試合、本戦出場の8チームが決定したのだった。
そしてその日の夕方の事……。
「親睦会ぃい?なんでまたいきなり……」
「いえ、ごめんなさい……予選の後の恒例なのだけど、すっかり忘れてたわ、スーツも仕立てたのに」
TEAM PRIDEの主人マリスが、思い出してリビングにてくつろぐ皆にそう説明を始めた。
展覧試合予選、そして今日の本戦出場決定戦を終えた後に、城のホールでは参加者達を招いた親睦会が開かれるのだという。予選の試合お疲れ様でしたと、慰労も含め、参加者ほぼ全員が集まってのパーティがあるとの事だ。
ミラとの一件から、すっかりと忘れてしまっていたとマリスが申し訳無さそうな顔で言うと、中井は嫌な顔で右手をパラパラと無造作に振って答えた。
「僕はパスだ、そんな場所行きたくないよ……つーか全闘士に喧嘩売ったからパーティどころじゃないからさ」
「中井くん、喧嘩売った自覚あったんだ」
観客に中指立てた事から中井は行かないと言う、自覚はあったのだなと町田が溜息混じりに呟くと、神山は一応確認としてマリスに尋ねる。
「絶対参加しなきゃダメっすか?」
「できれば参加してほしいのだけど……もしかしたらお父さんの事が聞けるかもしれないし」
その方面から頼まれたら、行かないという選択肢が消えてしまうわけだ。何せ城に入れるという事は『姫』に会える機会でもあるし、マリスの父の事件を知る輩と会えるかもしれない。
「じゃあ、はい……行きますよ」
神山は頷いて立ち上がると、河上は無論とばかりに立ち上がる。
「いいねパーティ、ポセイドンでの激しいのもいいが、そっちの形式的な方も久々だ、町田くんは?留守番するかい?」
「……せっかくマリスさんが、スーツを仕立てているならば袖を通さないというのはな……行くさ」
町田も、仕立てたスーツを無駄にはできんなと笑って参加を決めた。中井は立ち上がった皆を見て、そして皆に顔を覗き込まれる。
「中井くん」
「行かない」
神山の呼びかけに対し、食い気味に拒否を意思表示する中井。
「せっかく、スーツをマリスさんが仕立ててくれたのだぞ?」
「知らないよ、行きたくない」
折角の衣装、一度くらい袖を通せと町田に促されるが、知らん切って落とす。
「厳格な場所でネクタイ掴むやつなど居らんよ、行くぞ!」
「はーなーせー!」
そして、河上がついに痺れを切らして後ろ襟を掴んで引きずり始めた。
ーーシダト城敷地内、離宮。
そこには、今日この日まで研鑽と努力を積んで来た闘士たちが着飾り、集まっていた。互いの研鑽を讃えあう者も居れば、次は負けぬと約束をする者、うちに鞍替えはどうかと勧誘する貴族まで見て取れる。
方々に置かれたテーブルには料理が置かれ、給仕達がグラスを運び、皆が皆楽しんでいる。
その最中……一台の馬車がエントランスに到着した。
馬車の扉を開けて出てくるのは、青髪の執事ニルギリこと、ニーナ。その手を握り此度はコルセットまで巻いて髪の毛もカールをかけた銀髪の令嬢、マリス・メッツァーが降りてくる。
警備たる兵士も頭を下げ、入り口近くで楽しんでいた闘士たちが、いよいよ気付いた。
TEAM PRIDEが来たぞ。
誰かがそう言った。
そして、馬車より現れる。今シダトを賑わせる展覧試合のダークホース達。
神山はネイビーカラーのスーツに身を包み、ネクタイがずれていないか確認し、中井は嫌そうな顔でブラックカラーのスーツの、シャツの襟がもどかしいのかボタンを開けてネクタイも緩めようとしていた。
町田は道着と同じ色をマリスが意識したらしい、白色のスーツをタイトに着こなしているのだが、面が面な為か、カタギには見えなくなってしまっている。そして河上は、ワインレッドという中々に派手な色を、見事に着こなしていた。
「豪勢だなぁ……て言うか、ここにいる奴ら全員闘士?」
「だろうね……あー、慣れないからもう、襟が痒い」
親睦会と聞いた神山は、成る程その豪勢さに年相応と気持ちが昂るが、隣の中井は襟元の痒さにいよいよネクタイとボタンを外して楽になると、周りの視線に気が付く。
敵意が半端ではなかった、睨みつけている輩が大半だった。中井はそれに対して、にっかりと笑顔を見せる。
「ねぇ、もうこの場で全員二度と歩けない様にしてもいいんじゃない?」
その気ならやってやるとばかりに、中井が右手の指をワキワキと動かすが、町田がやめろと肩を叩いた。
「相手方も睨んでるだけだ、僕と居なさい中井くん」
「けっ……」
睨みつけてくる相手を睨み返しながら、町田に連れられて中井がパーティの人混みへ向かう最中、ふと神山の横を数人が横切った。
なんだと振り向いてみれば、ドレスを着た少女達が、河上の元に集まっていたのである。
「河上さんですよね!TEAM PRIDEの!」
「あの、お話ししませんか!」
「おっとぉーー!」
マジかよ、神山は河上に寄って来たドレスの少女、果ては明らかに別のチームを率いるだろう貴族令嬢に囲まれてしまった。
恐らく、展覧試合最も残酷な試合をした剣士、バケツ必須の試合結果を起こしている河上静太郎。しかし……彼はそれを差し引いても美男子だった。化粧すれば女と見間違うだろう、儚げな美男子、そして強いとなれば女は放って置けないのだろう。
中井真也も美男子、某芸能事務所が『来ちゃいなYo!」しそうな顔だが、あちらは全闘士に中指立てて戦線布告し、舐めきった態度だ、ヒールとして確立してしまっている。
こんなに差が出るのか、ちょっとばかり羨ましくもある神山であった。
「あはは!なぁーにぃー君たち僕のファン?よしよし、じゃあ一緒にお話ししよう!何ならベッドでも朝まで聞いてあげるよ!」
黄色い声をあげ、目の前の女性をなんとお姫様抱っこに抱え上げ、河上もパーティの人だかりに消え、それを数人の女性がついて行けば……周りの視線が色々と、嫉妬だ怒りだと混じらせて河上に向き始めた。
神山は……ぽつんと1人取り残され、どうしたものかと周囲を見渡すと。
「いかがですか?」
そう尋ねられて、お盆に並ぶ綺麗な液体の入ったグラスをこちらに見せて来た給仕に、少し体を跳ねさせた。
「ど、どうも」
まるで、礼儀作法も知らずのし上がった成金が、マナーも知らず慣れない様に、神山はグラスを一つ盆から取った。緑色の、合成した色素の様に輝く液体、貰ってしまったから飲まねばならないなと後悔して、少し口に含んだ。
「ん…………むっ、うん?モン◯ター?」
アルコールの匂いも、苦味も無い。しかし……どこか懐かしさを感じる毒々しい甘味に神山は顔を濁らせた。これは、そう……あれだと神山はその味を思い出した。モンス◯ー・エナ◯ーから炭酸を抜いた味だと。
あぁ、炭酸が欲しい。炭酸系の飲み物無いかな、給仕たちに尋ねてみようかと神山が左右を見ていると。
「神山くん、どうした?」
「んお?」
呼ばれた声に反応して、振り向いた先には、見知った顔が居た。
「長谷部さん、来てたんですか!?」
神山の声に長谷部はにかりと笑った。
長谷部直樹、TEAM PRIDEが2回戦で当たったチーム、シルバードラゴンの大将。
クラスは魔法使いであり、土の魔法を得意とするが、現世ではボクサーとして活動していた為、クラスの魔法を使わず、ボクシングで戦う闘士。
神山と死闘を演じ、意識を失いながらも打ち合い敗北したが、そのボクシングの腕は神山を戦慄させる程の実力を有していた。つまりは、強敵である。
「本戦出場おめでとう、会場で見ていたが……流石ムエタイと言うべきか」
「あはは、まぁ、長谷部さんに比べたら全然ですから」
事実であった。実際、花宮士郎と長谷部直樹、比べれば長谷部との戦いの方がキツかったのは神山の本心であり、実力もそうだったのだと神山は述べる。
「それは少しばかり嬉しいな……しかし……君達は本気でこのまま、本戦を戦うつもりなのかい?」
実力の高さを認められ、悪い気はしないと言う長谷部。その話の最中、彼は神山に尋ねた。このまま戦う気なのかと。
このまま、と言うのは即ち、劣性召喚者として、クラスやらスキルやらを持たずと言う意味なのだろう。神山は、無論そのつもりだと返そうとしたが、そうはいかなかった。長谷部直樹は、いや、シルバードラゴンは本戦にも出た事があると、観客が口を溢していたのを思い出したのだ。
つまり長谷部直樹は、その本戦の相手の実力を知っているし、体験しているのだ。神山は言葉を飲み込み、辺りを見回し、壁際を指さした。
「そこで話しません?本戦がどんな感じか教えてくださいよ」
別に聞かれても構わない話だとは思うが、何となく邪魔無しに話をしたいと感じた神山は、あまり人集りの無い壁際に、長谷部を誘導し、展覧試合本戦について話を聞くことにしたのだった。
一方その頃……中井、町田の2人はというと。
「町田さん……襟首掴む奴、居たんだけど」
シダト城離宮、パーティ会場の中庭もまた解放され、闘士たちが楽しんでいる中、中井は襟首を掴まれて睨みつけられていた。町田は、この格式ある場襟首掴む奴居るのかよと、時と場を考えない輩がいた事に嘆きつつ、申し訳なさそうな顔を中井に向けた。
「随分調子のってんじゃねぇか、えぇ?中井真也くんよぉ?」
そして襟首を掴んだ輩と、その後ろに2人スーツの青年が追従し、計3人が中井に絡んで来たのだ。恐らくは今朝の試合を見ていた者達だろう。
とりあえず……この後衛兵やら関係者にどう言い訳しようかと考える町田。
その惨劇が起こる現場から離れたテーブルで……1人のドレスを着た女性が、それに気付いて近づき始めていた。