開口の執事と反逆の闘士
「まさか乱心するとは……親殺されてるし仕方ないのかもな、わぁあ……見てこれ町田さん」
「穴開かなくて良かったな」
会場たる練兵場外の裏側まで逃げたTEAM PRIDEの面々は、中井が絞め落としたマリスを横に寝かせて、河上が顔を仰いでいた。神山は踏まれた両足を見て、ヒールの跡がこれでもかと付いているのを見てギョッとする。町田にも見せれば、彼も同じ様に顔を歪ませた。
「中井くんや、それで……あの令嬢は確かに私は違うと宣ったのだな?」
「関わってはいるみたいです、何人かで計画して、それで殺して引き抜いたという流れだとか」
ミラから全容を聞いた中井に河上が尋ねて、事の流れを再確認する事にした。
まず……ミラは間接的にだが関わり、協力した1人である。他にも、マリスの父を殺す事に協力した輩が居る。そして、首謀者は……。
「姫……か」
神山は、この内地の奥にそびえ立つ、無垢なる城を見た。思えば、あそこが始まりであった。数ヶ月前にいきなり呼び出され、劣勢として外壁に追いやられた。
「あーくそ……確かあいつ顔を幕で隠してたよな?
神山は、この時久々に自分をこの世界に拉致した姫を思い出した。白い服だったなと、あと顔を隠していたなと。
「ああ、アラビアン的なやつを額からこう、垂らしてたのは」
「思い出すなぁ……馬車に乗せられそうになりかけて、俺と町田くんでもう大立ち回り」
「何したんすかあんたら……」
皆も姫に関しては顔を知らない、町田と河上に至ってはこの内地から逃げ出す大立ち回りをしたなと思い出していた、何をしたのだと中井が苦笑を浮かべていると、いよいよマリスが目を覚ました。
「お、気づきましたか?」
「ミラは……」
起きて開口一番に、まずは仇の確認だった。そんなマリスに中井は間髪入れず話を振った。
「マリスさん、あんたの父を殺す様に絵を描いたのは……姫らしいですけど」
「そう……ミラは?」
「顔面石畳に何度か叩きつけときましたから」
「ちょっと気が晴れたわ、ありがとうシンヤ……」
身体を起こし、額の汗を拭うマリス。息を何度かしてから、目を細めた。その表情はなんとも……今の今まで、彼女の闘士として追従した神山以下TEAM PRIDEが見た事無い顔をしていた。
生気を感じさせない、虚ながらもまるで、獲物を見つけたかの様に鋭さもある。神山は、同年代の、しかも女性がこんな顔を浮かべるのかと肝を冷やす中で、中井、町田、河上は彼女の深淵を覗いた様に思えた。
「つかぬ事を聞くがね、マリスさん……もしもだが、お父上が殺された理由とか、心当たりはある?」
「河上!!」
河上が尋ねる、深い部分の話であった。そもそもの話、マリスの父がなぜ殺されたのか?理由があるはずだと踏み込んだ河上に、町田がいくら何でも率直に言い過ぎだと声を荒げる。
「計画的に殺されたなら何か理由があろうよ、町田くん、それを知らない事には始まらんぞ」
河上は町田に対して、見過ごせぬ、必要な話だろうと逆に制した。尋ねられたマリスは、皆に目線を向けてから、しばらくしてその頭を縦に振った。
「多分……一つだけある、それが……理由かもしれない」
あるのかと、TEAM PRIDEの一同はその話を聞く事にした。
「一年と少し前の事なんだけど……お父様はある召喚者と親しかったの……契約はしていなかったのだけどね、けど……その召喚者がこの国に反乱を起こして、他国に亡命したの……」
「それだろ!もうそれしか無いよマリスさん!?」
間髪入れずに核弾頭級の過去が出てきて、中井はマリスに言い放つ。
「待て待て中井くん、親しかったとは言ったが話し相手やらその程度だろう、何か協力したり手を貸したりとか……してないよな、マリスさん?」
「してないわ……もしそうなら、ちゃんと弾劾裁判なりあった筈だもの……暗殺なのよ」
「メモ取るわ……えー……一年前に殺された、ある闘士と仲が良かった、闘士は反乱し、亡命……」
神山は、普段着のポケットから現世より携えていたメモ帳と、ボールペンを取り出して書き殴る。ふと、町田はそのメモ帳を覗き込み、顎に手を当てて感嘆の溜め息を漏らした。
「神山くん、字が綺麗だね、しかもマメに色々記してる?」
「アマの時から癖になったんですよ、対戦相手の気付いた事とか書き留めて、練習の時に読み返したりしてまして」
意外だなと町田が漏らす、今まで彼の戦いぶりからして、練習量と経験で押し切る本能タイプかと思ったのだが、研究や復習までしていたのかと。
その最中……神山は頭に何かが過ぎって、皆に話した。
「そうか、だったら暗殺まがいな事しないわな……弾劾して処刑なりするわな」
「どういう事?」
「いや、ガチにその反乱起こした闘士に何かしてたなら、保身に走るなりシラを切るなりできるし、それこそ闘士と逃げる選択もできた……で、それをしなかったのは、する必要が無かったわけだ……その後弾劾も無かったわけだろう?」
そもそも、反乱を起こした闘士に加担したならば、保身のために共に亡命なりするだろう。それをしなかった事がまず、マリスの父と反乱の闘士の繋がりが浅いものだと感じると神山が中井に説明した。
「じゃあマリスの親父さんが殺された理由は?」
「それは……それは……何でだ?ミラは姫が企てたと言っていたが……その場の嘘か?」
「嘘で姫の名前だすかぁ?背信行為で極刑待った無しだろう」
疑問をぶつけた中井に神山は、話に詰まった。そこまでは流石に頭が回らないと腕を組み、ミラの言う姫がこの暗殺?を企てたというのは嘘かと思ったが、冗談でも言えるかと中井はそれは無かろうと断じた。
ここから先は、調べないと分からんなと溜息を吐く神山と中井、話を聞いていた町田が、そう言えばとマリスに気になる事を尋ねた。
「……ところで、その反乱を起こした闘士……とは?名前は?」
それも気になっていた、というか反乱あったのかこの国、起こしたやついるのかこの国、自分たちもある意味反乱ではあるが……と、神山はそれは気になると頷いた。
「そこからは、私に話をさせていただけませんか、皆さま」
「「「「は?」」」」
この場で聞いた事がない声が響く、その声の主は……今の今まで喋らなかった、一切の声を出さなかった、この男であった。
いや……待ったと神山はふと違和感に気付いた。声のトーンが高いのだ、男の声か、これ?
「ニルギリ……いいの?」
「えぇ、これ以上黙る事はできませんから」
マリスが立ち上がり、ニルギリの横に立つ。そして、ニルギリはすうと息を吸って言い放った。
「TEAM PRIDEの皆さま……まずは、改めて自己紹介を……私の名前はニーナ・ルギリア、こちらのマリスお嬢様の執事をさせて戴いております、26歳独身です……あ、あと女です」
「ニーナ、最後のは余計よ」
「失礼しました、お嬢様」
ぽかんとするTEAM PRIDEの面々に、改めてと挨拶をするニルギリことニーナ、神山も中井も町田も……一拍置いて一気に声を上げた。
「「「ぇええぇええ!!女の子だったんですか!?」」」
「いえ、あの……女の子といいますか、もう女性です」
もう女の子ではなく女性なのだがと訂正するニーナ、ガールではなくレディだと言う彼女だったが、その中でこの男だけはこう言ったのだ。
「いや、君ら分からなかったの?」
河上静太郎だけは、彼女が喋った事には驚いたが、『彼』が『彼女』である事を気付いていたらしい。
「河上さん見抜いてたんですか!?いつから!!」
「いつも何も……最初からだ、君らと出会った時からよ、そもそもだ……腰から背中のラインが男のそれと違おうよ?」
「こ、腰?男女に違いがあるんすか……」
「君はムエタイに掛けた時間の10%、いや5%を恋愛や女性に割くべきだったね」
そんな事も知らんとは嘆かわしいと、河上は神山を心配そうに諭した。
「……続けても?」
「あ、ハイ」
話が逸れた、戻ってもいいかとニーナは尋ねて神山は頷き返事をすれば、ではと仕切り直した。
「一年前……マリス様のお父上、エクゼ様が親しかったという闘士は……誰も契約をしなかった闘士でした、優性召喚者ではあったのですが、彼はあまりにも凄まじい力を持っていた為……展覧試合が成り立たないからと姫が直々に除外をしたのです」
展覧試合が成り立たない闘士、そんな奴が一年前に居たのかと神山達は話を聞き続ける。
「それだけならまだ良かったかもしれません、ですが……姫は彼を主体とする闘士の軍隊を立ち上げようとしたのです、四聖の様に姫直々に契約をして……」
いよいよきな臭くなって来た、闘士達による軍隊、その首魁に件の闘士が添えられる予定だったらしい。そして、四聖は他の貴族と同じく、姫とやらと契約しているという。神山はそれもメモへ書き記していく。
「ですが、それは成りませんでした……その闘士は、その話を蹴り、この世界から帰る術を探す為に、国を出ると言い出したのです……」
件の闘士も、自分と同じ帰りたい人間だったらしい。それが反乱の原因だったのかと、神山はニーナの目を見て話に聞き入る。
「姫は彼を幽閉し、無理矢理に契約しようとしましたが……彼の力は四聖が纏めて掛かっても相手にならず、志を同じくしたもう1人の闘士と、劣性召喚者達を率いて……今はバザル公国に亡命しているわ」
バザル公国、河上が話してくれたシダトより北東の国、貴族により治められている国に、今彼らが居るのかと、神山は全て書き終えて、本題に入る。
「その闘士の名前は?」
名前を尋ねた神山に、ニーナは意を決して名前を言った。
「シンタロウ・ヒガネと、セイタ・ミズキ……その反乱の首謀者の名前よ」
何処にでもありそうな、日本人の名前に、ふぅんと神山が書き記した最中……河上静太郎はこの時1番の驚きの表情を浮かべた。
「ニーナさん、そのヒガネとやら……もしや額に一文字の傷が無かったか?」
「!!」
その通りであるとばかりに、ニーナは河上の方へ顔を向けた。
「知っているのか、河上……」
町田が河上に尋ねると、河上はそうかと頷いた。
「大物だよ、政財界に名が出る程の……遅れて来たドン、なんて呼ばれていたし……パーティで見かけた事もある」
それを聞いた町田と神山には首を傾げるばかりであったが……中井がそれを聞き、気付いて河上に尋ねた。
「ヒガネ、日金って……!九頭龍会を一晩で壊滅させた高校生、日金慎太郎か!?」