強さへの説得力
「ふいー、出た出た……あーさっぱりと」
無造作ヘアの少年はそんな事を呟きながら、ムーラン・ルージュ側ベンチへ繋がる扉を開けた。先程はあのTEAM PRIDEとかいう劣性のチームに足元を掬われたが、本番はそういかない。まだ2回戦くらいか、もう勝って終わってるだろうなと、彼はベンチに出る。
「あれ、ミラさん?なんだ放心してやんの……つーか皆は?あ?」
何があったのかは分からない、しかし何やら白衣の医療班がリングを清掃していた。他の奴らが居ないし、もう終わったのだろうかと、会場に上がる。
そうして、そこに来てやっと……ムーラン・ルージュ大将、花宮士郎は……恐怖に歪む桐谷和人の生首が、医療班に運ばれるのを目撃してしまった。
『こ、こんな事が起こっていいのでしょうか!?TEAM PRIDE!まさかまさかの三勝!!圧巻の実力を見せつけて大将戦に繋いでしまったぁああ!!』
そして聞いてしまった、全員負けたのだと。残ったのは自分だけだと知った花宮は……。
「いや、いやいや……冗談キツいっすわ……」
右の頬を右手でつねり、痛みを感じて現実であると知った。
『さぁセイタロウ選手も連戦拒否により、大将同士の試合となりました展覧試合本戦出場決定戦第一試合!なおこの試合は代理決闘として賭けを行ってますが、大穴連発となっております!TEAM PRIDE大将のマナト・カミヤマとムーラン・ルージュ大将はシロー・ハナミヤ!勝つのはどっちかぁああ!?』
そして、自分の出番が既に来ている事に気付いた花宮は、マズイと、何があったか理解できないが自分まで回って来たのかと慌ててリングに向かうのだった。
一方で、TEAM PRIDE側ベンチ。血を浴びて帰って来た河上の目の前に、神山マナトが腕を組み胸を張り待っていた。その両手には縄のバンテージが既に巻かれて、臨戦状態であった。
「お疲れっす、河上さん……キレキレでしたね」
「さっさと倒して来やれ、苛ついて仕方ない」
余程ブチギレていたらしい、荒く呼吸に出ていた。横を通り過ぎた河上と言葉を交わした神山は、一息吸いながら、上着に手をかけて脱ぎ放つ。
「っしゃああ!行くかぁ!!」
気合十分、神山真奈都は一ヶ月ぶりの正式な試合に向かって走り出した。
『何という事でしょう、下馬評を覆す正にあり得ない結果、TEAM PRIDEまさかの三勝を挙げ、大将戦に繋ぎました!どうですかマママンさん、この結果、予想出来ましたか!?』
『いやぁ、無理でしょう?何なんですか彼ら……優性召喚者の中でも上に位置する力を持っているでしょう……場内の観客はもう阿鼻叫喚となってますな……』
『そうですか、さて……ここまでの試合を振り返ってですが、TEAM PRIDEの面々が全員完勝、シンヤ選手、マチダ選手は秒殺で、セイタロウ選手も1分34秒で……あの勝ち方でしたが』
『カズヒト選手、蘇生院で甦れますでしょうが、クラスもスキルも無くなりますからねぇ……もう試合に復帰は難しくなるでしょう』
『あれで生き返れますか?』
『蘇生院の魔法を信じましょう、素晴らしい才能でしたが、非常に残念です』
『ですが……この展覧試合のルールは勝ち抜き戦!相手の大将を倒せば勝ちなのです!TEAM PRIDEの3人が勝とうと、この試合負けてしまえばチームの敗北となってしまいます!』
『本来デメリットしかないんですがね、連戦拒否は、余程傷を負わなければ選択肢ないのですが……
』
『さぁ、止めるかシロウ、それともマナトが勝ってしまうのか!』
実況の会話が聞こえる中で、神山真奈都は石のリングに立つ。対するは花宮士郎なるムーラン・ルージュの大将。その両手には逆手握りで小刀が握られていた。
「よぉ、まさか全員倒しちまうとはな、侮ってたよ」
花宮は、神山を睨みつけて呟くと、くるくると小刀を弄ぶ。
「まさか俺が予選で出っ張るとは思わなかったけどよ、ここで終いだ、ムーラン・ルージュの大将は伊達じゃあねぇぞ?」
神山は、その台詞に対して……何も返す事はなく規定の位置へと戻る。花宮はその態度に舌打ちした、舐め腐りやがってと、こちらを見据えて、見透かす様な眼差しが嫌に腹が立って来た。
「始めっ!」
最後の戦いの火蓋が、今切って落とされた。神山はゆっくりとだが歩み寄り、いつもの構えを取る。左手を前に、右手はこめかみ辺りに、左足を前に出して、身体を揺さぶりリズムを取り始める。
対する花宮、両手をだらりとして前傾姿勢で見上げる様な形。脱力が見える構えであった。
「あぁあい!」
先手を飾ったのは花宮だった、リラックスからの見事な踏み込みから。無軌道に見える切り上げが、神山の顎のラインを通過する。しかし当たらない、神山は、最小の動きで間合いを読み、右へと回った。
「っ逃がすかよぉ!!」
それを花宮、見事に追従して左手の小刀を横凪に振るう。神山はダッキングするが、その先には。
「おらぁあ!」
花宮の右足の裏が待ち構えていた!横凪は捨ての攻撃、バックスピンキックに繋げるコンビネーションがトリッキーに神山の虚を突いて見せた!
が、それでも蹴りは当たらない、まるで予知したかの様に神山は左に身体を傾けつつ足底を回避して、ゆっくり後ずさった。
「へへっ、何も出来ねぇみたいだなぁ!」
仕切り直しと間合いが広まり、手応えを掴む花宮。いける、しっかりと攻撃が出せている、押していると、心が高揚して来た。
神山はそれでも、腕を伸ばしてリズムを取り、まだ一度も攻撃を放たなかった。
『負けんな花宮ぁあ!』
『奴らに優性召喚者の力見してやれぇえ!』
『押してる!押してるぞ!いけぇええ!』
試合の歓声は、全て花宮に向けられていた。第一試合の中井がヒールムーブを決めたのが原因だろう。この試合会場で、誰もTEAM PRIDEの、神山の勝利を願う観客は居なかった。
神山は思わず口端が釣り上がる。あぁ、いいなこれはと。このアウェーの感覚が、神山には堪らなかったのだ。
いつだって……自分はアウェーで、期待なんてされていなかったのだから。
『まぁ、仕方ねぇよ神山くん、相手はあの神童だし……』
横にされてぼうっとして、体育館の天井を見つめる。何度、この景色を見ただろうか、神山は混濁する意識の中で耳を傾ける。
『つーか運悪いわ、アマデビューが剛腕の高原、そんで次に狙撃手伊原、この前が黒船の藤原だろ?で、今日の神童で四連敗か……』
アマチュアキックに出始めて、四連敗。その全てが、1回戦負け、理由はくじ運だと会長は彼を慰めた。
『まぁ、意識やら生まれが違うんかなぁ、生まれ持った腕力、動体視力、肉体、センス……あいつらバケモンだわ……キミは普通だ、憧れだけで頑張って来たけど』
生まれの持った天賦の才……生まれ持った肉体の違い……負けた相手はそれを持っていた。彼には無かった、この時までは無かったのだ……。
『まぁ、アマチュアのままやり続けてもーー』
『どうすればーー』
会長のその先の言葉を遮るように、神山は呻くかのように声を絞り出した。
『どうすれば、あいつらを倒せますか……』
悲痛な叫びだった、声は小さくともそれは慟哭であった。
『勉強で負けてもいい、スポーツで負けてもいい、顔も……良くない……これだけなんです、僕には……ムエタイしかないんです……』
会長は、目を覆う神山を、ベンチに横たわる少年を見下ろした。入門した時は、まだ小学生で、『格闘家』になりたいのでは無く『アクションスターみたいになりたい』から入門したのだと、目を爛々に輝かせていた。
選手では無く、アクション映画に憧れての入門。キッズ時代も戦績は良く無かったが、同じくらいに入った子が辞めていく中で、ただ一人残った中学生。
『会長……どうすれば、勝てますか』
そんな彼が、今初めて……勝ちたいと自ら口を開いたのだ。会長もまた……プロの世界で戦って来た男。そして……『才能無き者』だった。
『凡人が……天才に勝つ方法はある』
会長は知っていた、凡人が天才に食らいつく方法を。神山は涙を拭いながら会長を見た。
『狂うのだ……』
『く、るう?』
『そうだ……天才に勝つには……狂気しかない、貪欲に、強欲になるしかな?』
会長の言葉を反芻する様に、神山は繰り返す。
『負けてなるかと意地を張り、絶対に勝つと意識を保ち、朝昼晩、寝る時も飯の時もクソを放り出す時も、戦うことを考えて、試合となれば情けも容赦も捨てて、獣のように殺す気で向かう……生活の全てを格闘に捧げた先に……地獄を踏破した先に手に入る力がそれだ』
会長はしかと神山を見つめ、問いかける。
『その為には、うちのジムではダメだ、その気があるならば……勝ちたいならば、俺が行かせてやる、ムエタイ発祥の国、人外魔境の大地……タイ王国へ』
それが、神山真奈都の始まりであった。
「そらこっからぁああ!」
ここから徹底的に攻めて攻めてリズムを掴む!花宮が踏み込んで左手逆手に握った小刀を、神山の顔目掛け振り抜いた最中ーー。
「疾ッッ!」
「ぶぁぁ!?」
花宮の顔面が真上に跳ねた、神山の左手のジャブが顔を弾き、花宮の鼻から血が吹き出した。
「シイィヤッ!」
そして、右の拳が、花宮の顎を捉えた。思い切り叩き込まれた左の拳が、花宮の右頬に吸い込まれ、めり込んでいく。その一撃で花宮の顎が砕けた、左顎関節骨折により、痺れと鈍痛が花宮を襲った。
「あがーー」
叫ぶ暇も無く、神山のストレートで伸びた右腕が、すぐに花宮の左腕を絡めとる。古式ムエタイにある、象の鼻を模した動きから、踏み込み左の肘を折りたたみ叩き込む。
肘は、花宮の右顎部に叩き込まれ、右顎関節を破砕し、下顎部を破砕する。
「はぁが、ああーー」
口から滝のように血を流し、後ろへとタタラを踏む花宮に、神山が追従して走り出し、花宮の右太腿に左足を踏みしめて跳躍した。
「JYAAAAAAa a a a a a.ぁあああ!!」
神山の右足が、まるで大斧を振るうかのように、薙ぎ払われる。鍛え上げられた右の向こう脛が、花宮の左側頭に命中し、頭蓋の一部が割れ、首が一瞬伸びた。頚椎が悲鳴を上げ、嫌な音が響き渡る。まるで交通事故の如く投げ出された花宮は、痙攣して血の泡を吐きながら白目を剥き仰向けに倒れた。
着地した神山は、地面を踏み鳴らして左腕を照準のように倒れた花宮に伸ばして残心し、起き上がらないと見て構えを解く。
花宮への歓声も、応援も静まり返った。
観客達は、TEAM PRIDEの強さに疑念を抱き、ましてや理解も出来なかった。
中井真也の関節技に理解を拒否し、その毒舌にブーイングを放ち。
町田恭二の魔法への対処と、一撃必殺に現実を疑い。
河上静太郎の刀剣の妙技と凄惨さに思考を手放した。
しかし……大将、神山真奈都のこの一連の動きは、嫌が応にも理解させられた。
敵の攻撃を避け切って、カウンターにより隙を作り、最後はダイナミックな回し蹴りによるノックアウト。文句も言えぬ横綱相撲に、観客達は皆声が出なかった。
神山は、縄のバンテージを巻いた右腕を高々に上げ、そうしてやっと実況が響き渡った。
『し、試合終了ぅぅうううう!!なんという事だ!勝ったのは、立っているのはマナト・カミヤマぁああ!シロウ・ハナミヤの攻撃を掻い潜り!一瞬の隙を突いて切って落としたぁあああ!!展覧試合本戦出場の1枠目は!!TEAM PRIDEだぁあああ!!』
実況だけが木霊する、闘士練兵場。歓声は無く、ブーイングすらも消え去り、神山は血の泡を吐く花宮を見下ろしたが、すぐに背を向けて、皆の元へ歩き出した。