河上静太郎の禁句
「ちょっ、ちょっと、何なのよこれ!何なのヨォ!?」
ムーラン・ルージュを従える貴族ミラは、顔面蒼白で担架に運ばれる魔法使いの遠藤を目にして叫んだ。これには、双剣の青年も閉口せざるをえなかった。まさか真正面から、この世界の理の一つを『物理的』に握り潰すとは。
だが、それでも大丈夫だ。僕が居ると、黒のコートに黒髪の双剣の闘士は立ち上がった。
「カズヒト……ま、負けたらダメよ!もう!後がないわ!」
「任せてください、俺が終わらせますから」
まさか遠藤が負けようとは、彼はそれに驚いた。そして彼の中では断定した。
こいつらは、多大なるスキルを持った輩で、何らかの方法で隠している!それしかない、ならば暴いてくれよう、この『双剣士』桐谷和人が!
白と黒、二本一対の双剣を抜き放ち、桐谷和人が闘技場へ歩み出す。
その最中、TEAM PRIDE副将は河上静太郎。この世界にて仕立てて貰った剣術道着に袴の具合を確かめて、具合良しと笑みを浮かべる。
戻って来た町田恭二が、軽く視線を合わせて横切り、言葉を交わさずに闘技場へと踏み出した。南国の様な太陽が照りつける……奉納演舞に出させて頂いた時も、これだけ暑い日があっただろうかと、河上は現世を思い出した。
「これより三戦目を始める、ムーラン・ルージュ、カズヒト・キリタニ、TEAM PRIDE、セイタロウ・カワカミ!両者こちらへ!」
対峙する男は……双剣を携えていた。黒と白、それぞれの柄、刀身も先程見たが柄と同じ色……西洋剣で、どちらとも両刃の直刃で反り無しであったのを見ていた。鍔となる部分は、何やら意匠がある為飾りで意味を成して無い様に見える。
そんな双剣の闘士、桐谷和人の背丈は河上よりかは背が低く、見下ろす形となったわけだが……桐谷は河上を見上げて口を開いた。
「侍を気どってるのか?その腰の日本刀、どこで手に入れたの?ユニークウェポンでしょ?」
また聞かれたか、河上は二度目の同じ質問に顔をしかめた。
「現世で稽古や演武会に使っていた物だ、態々中学の時に、備前の刀匠に打ってもらった一振りだ……ユニークウェポンだの意味の分からん言葉をぬかすな」
河上静太郎にとって、この一振りは正しく愛刀であった。文化保全や収集として、現世の屋敷に建てたミュージアムには名刀の数々を集め、飾ってはいるが、河上静太郎が稽古や演武会にて振るうのは、この一振りであった。
それを聞いた桐谷は……プスリと笑った。
「あ、あっそー、そーいうキャラ設定なの、キミ?」
桐谷からしてみれば、この世界に流れ着き、何か偶像になりきろうとしている召喚者にしか見えなかった。その笑いと言葉を聞いて……河上は表情こそ変えなかったが……怒りを抱えたのは確かだった。
「まぁいいや、僕が勝ったらその一振り貰っていくよ、君もまぁせいぜい足掻いてくれたまえ、この双剣士、桐谷和人の双剣は現世の剣豪だろうと見切れぬ剣戟だからさ」
その瞬間、河上静太郎の中で『何か』が切れた。
「貴様、今何と吐かした?」
静かに、しかして声の抑揚が明らかに変わった。だが桐谷は生意気な笑顔で宣ったのだ。
「宮本武蔵だろうが柳生十兵衛だろうが、僕には勝てないってことさ」
それを聞いた河上静太郎、それ以降は押し黙り背を向けて開始位置まで離れたのだが……その時TEAM PRIDE側ベンチにて他の面子は、河上静太郎の表情を見て皆総毛立った。
「ちょっと……えぇ?河上さん、ブチギレしてない?」
今まで見た事無い表情をしていると、神山は身震いした、離れているのに、瞬きした瞬間間合い詰めて斬り殺しかねない様な、そんな殺気すら感じていた。
「相手の桐谷、何か言ったな?何を言ったのやら……」
原因は敵の闘士しかあるまいと中井も、体の悪寒が強まり思わず腕を組んで指が二の腕に食い込むほど力を込めてしまった。
そして何が起きたのか察した人物がここに1人。
「あぁ、相手方……多分禁句を言ったな……マリスさん、目を閉じといた方が」
町田恭二、河上とTEAM PRIDEに合流するまでは、スラム街で行動を共にしていた彼は、何が起こったのか理解したのだった。マリスに目を塞ぐ様提案し、これに神山は尋ねる。
「禁句って……河上さんがブチギレる言葉があるんっすか、町田さん」
「あぁ、ある……キミらと会う前、彼が内地の剣士を相手にした時、それを言った輩が居たのだが……」
「指切り時代の時、ですか?」
まだ我々が出会う前、それは河上静太郎が、内地から外壁に来ていた優性召喚者の剣士達に、決闘を申し込んでは、指を斬り落とし剣を奪い生計を立てていた『指切り』として活動していた時の事らしい。
「ある日相手した優性召喚者の1人が、剣道上がりだったらしくね……こう言ったんだ」
すう、と息を吸って町田恭二は呟いた。
「この力があれば、現世の剣豪だろうと取るに足らない」
「え……と?つまり?」
それを聞いた神山は、少し理解が及ばなかった。町田はこの禁句の補足をする様に語り出した。
「河上は……自分が師事した様々な師匠、はたまたその流派の開祖には最大限の敬意を払っている、実力ならば己が勝てるだろうが、決して礼は失さない……自分を鍛え上げ、秘伝を授けてくれたからこそ今の自分があると、そして脈々受け継がれ失伝せず、現存しているからこそ、己が存在している…….と言っていた」
理由は、強大なる尊敬と感謝からだった。
河上静太郎は、剣を握り志してからは、真摯に打ち込み、自らの家の敷地に剣道場、さらには剣術に関する文化遺産を保存するミュージアムまで作り上げる程の剣術狂いである。
その強さの根底には強大な『自我』があり、自分こそが現代最強の剣客であると疑わない程で、実際その実力も有している。
しかし……その強さの根幹は、それを惜しみなく伝授してくれたのは、数々の看板、流派を守って来た師たちであり、それを開いた開祖の剣豪達である。
だから、河上静太郎は師匠達や、歴史の剣豪、剣聖に多大なる尊敬と感謝を持っていた。
「河上は、自分を決して剣豪とは言わないんだ……現代最強の剣客、剣豪だの剣聖だのは、自らが朽ちた後に誰かが初めて呼ばれて真なる意味になるからと」
町田の話に、神山はあっと思い出す。確かに河上さんは自らを『剣豪』だの『剣聖』だのとは言ってない『現代最強の剣客』とは確かに言っていたが、理由はそうだったのかと理解した。
「それで、その禁句言った優性召喚者は?」
結局、禁句を吐かした輩はどうなったのかと、中井は尋ねると、町田は口元を押さえた。
「人かも分からぬ状態になるまで、切り刻まれたよ……あの河上と戦ったら、勝てる気がしない」
つまり……河上静太郎の全力が観れるのかと、神山の目はすぐさま河上の方に向いたのだが。
「う、お、お?」
その河上静太郎は……まるで、妖刀に支配された剣士の様な妖気を滲ませて相手を見据えていた。
「始めっ!」
審判の合図が響き渡る、それと同時に桐谷は両腰の鞘より白と黒の剣を抜き放った。
「速攻決めてやる!」
そのまま突貫し、河上静太郎との間合いを詰めた。
『いよいよ不穏な空気を醸し出して来ました!ムーラン・ルージュVSTEAM PRIDE!三戦目はムーラン・ルージュのエースにして、ユニーククラス双剣士を持つ闘士、カズヒト・キリタニが先に攻める!双剣士は基本クラス剣士からごく僅かな確率で発現する上位クラス、二本の剣を操る様は本戦で何度か見た事ある方も居るでしょう!』
『そして呼ばれている名前は"漆黒の双剣士"!!壁内の闘士では、四聖が一人"剣聖"、そしてそれと同じ実力を持つ"剣術無双"にも並べるやもしれないと言われております、対するセイタロウ・カワカミですが……その、二試合とも酷い勝ち方をしているらしいとしか』
実況のフルタチとマママンも、これまでの戦いからいよいよ不穏な空気になる会場で、拡声器から声を放っていた。
ーーだが。
『お、おや?どうしたのでしょう……カズヒト選手止まりましたね?え!?下がった!?』
フルタチは、突貫した桐谷が途中で止まり、後ろに飛んだ事に驚きを挙げるのだった。
桐谷和人は……今の刹那に起こった事態に体を強張らせていた。対峙し、仁王立ちに立つは侍かぶれの劣性召喚者……の筈である。もしくは、それを偽証している同類だと。
「な、んだよこれは!」
開始の合図より、踏み込んで斬りかかろうとした瞬間だった。横凪に腹を裂かれ臓腑を撒き散らす自分が脳裏に映ったのだ。だから、桐谷は足を止めてしまった。そしてすぐ離れた、対して河上静太郎……その場を一歩も動かずに、桐谷を見据えていた。冷たく、射殺すような眼差しが、離れているのにしっかり分かってしまう。
「くぅう!?」
桐谷はならばと、横に回り込んだ。そのままどうと見せかけて足、頭に二連撃、これならばと再び間合いを詰めてーー。
ーー斬られた。
唐竹に、頭を真っ二つに割られて倒れ伏す自分が見えてしまった。
「なぁああ!?」
そして後退りする。
近づけない、何だこれは、何をしているのだこの侍気取りはと、首だけを横に向けて見据える河上に、桐谷ははっと気付いた。
「そ、そうか!幻影系の魔法スキルだな!?僕に幻影を見せているのだろう!!その装いはブラフか!!」
桐谷はそう断じた、相手に幻影を見せる魔法だろうと。侍の装いも本来は魔法系の力を隠す為、腰の刀も飾り、そうして苛まれた時にできた隙を突いて勝つ気だろうと。
「そうと分かれば!これで!」
踏み込んで、遂に間合いに入る。そして叩きつけられた映像に、桐谷はニヤリと笑った。自分の顔面を殴られる、先程の惨劇とはもう違う、チープな幻影と理解して、白黒の剣を振りかぶり……。
「死、ぶげぼ!?」
幻影通り、河上の右の裸拳が桐谷の顔面を打ち抜いたのだった。
カウンター気味に貰った桐谷の足が、地面を離れてオーバーヘッドキックの様に宙を舞い、石畳に落下する。河上は桐谷を一瞥する事も無く、歩いて距離を離し、待った。
照りつける太陽を見て、鼻血を流して何が起こったのか分からず、数秒してやっと慌てて立ち上がり、落とした双剣を拾い上げる桐谷。
桐谷は、先程の幻影が、現実に変わった事に驚愕して冷や汗を垂らし。河上はいまだに抜刀せず、冷たく言い放つ。
「宮本武蔵に、なんだって?もう一度その口で、吐かしてみよ、偽物が」
明らかなる嘲笑を前に、桐谷はいよいよ引けなくなった。ならばと、桐谷は両手の剣を交差させ叫ぶ。
「ならば見せてやるよ!お前ら劣性には決してできない!スキルアーツをなぁ!!」
叫ぶ桐谷に双剣が青く輝き出した。これを見た瞬間、観客も、そして実況解説までも声が上がる!
『出たぁあああ!!カズヒト選手のスキルアーツ!!星輝流星斬!!光り輝く斬撃の連続は、正しく回避不能の必殺技!!これは決まったかぁああ!?』
大層な名前の技と、それを前にして河上また、これが町田の感じていた魔法の流れやもしれぬと、桐谷を見据える。
しかして……河上静太郎不動也。
「喰らえ!星輝流星ーー」
技の名を叫び振りかぶる桐谷、対して自然に立つ河上。勝負は決した、後に残るは切り刻まれた侍気取りの亡骸のみーー。
とはならなかった、観客も、実況のフルタチに解説のマママンも、TEAM PRIDEの面々も、その刹那何が起きたのか理解出来なかった。
吹き飛んだのは、桐谷和人であった。桐谷が剣を降った瞬間、宙を舞い、勢いで石畳を転がり倒れ伏す。
そして立っていた河上静太郎の両の手には、桐谷の得物たる白と黒の双剣が、いつの間にか握られていた。
「軽いな、まるで玩具みたいだ」
両の手に奪い取った剣を軽く握って、軽いと評する河上と、会場の静けさ……。
『い、一体、何が……カズヒト選手のスキルアーツ、星輝流星斬が、破られたぁああ!?』
フルタチの驚愕の実況と共に、転がっていった桐谷が勢いよく立ち上がり、何故だと叫んだ。
「な、何故だ!スキルアーツだぞ!必中必殺の技だぞ!スキルで相殺しない限りは絶対にダメージがある筈だ!!お前、お前何をしたんだぁ!?」
河上は立ち上がり叫ぶ桐谷に、そして会場の闘士達に、言い聞かせる様に言い放った。
「無刀取りだ、知らんのか?柳生十兵衛出しときながら……柳生新陰流、あいや……陰流の極意だよ」
「むとうどり?真剣白刃取りの事?」
河上の繰り出した剣術の奥技か、秘伝か、全く理解出来なかった中井は起こった事態に対して無刀取りをイメージして神山と町田に尋ねた。
これに対して……神山と町田は、二人とも顔をしかめた。
「いや、映画では柳生新陰流の極意で、対峙した相手の剣を寸前に奪い取る奥技とか」
「無刀の自分に対して、武器持つ相手と対峙する心構えであり教え……と聞いた事が」
神山も、町田ですらも、断ずる事が出来なかった。
柳生新陰流、無刀取り。
それは、柳生新陰流が前身、新陰流が開祖の柳生宗厳の師である、上泉信綱が考案し、宗厳が完成させた徒手技術……である。
というのも、現代においては様々なメディアにおいて柳生新陰流が登場、その無刀取りもまた解釈が異なっている。
真剣白刃取りの事を、奥技無刀取りとして指す事もあれば、無刀における心構えかつ技術の集大成とされている事もある。
しかし、河上静太郎もまた柳生新陰流を体得しており、此度無刀取りを披露した。河上静太郎にとって、無刀取りの解釈は。
『無手における対剣術の徒手技術かつ、心構え』であるとしている。
奪い取った双剣を、河上はそのまま桐谷へ投げ捨てると、いよいよ柄を握りしめ、ゆっくりと抜き放った。
「もう良いわ偽物、貴様は……決して許されぬ事をした」
そうして河上は、敵対する相手に対してこの試合で初めて前進する。それを見て桐谷は双剣を拾い上げ、すぐ様立ち上がり、また星輝流星斬の構えを取った。
「この俺を前にして……河上静太郎を前にして歴史に名を刻んだ剣聖達に勝てるなどと、宣った事ーー!」
「うわぁああああ!!星輝流星ーー」
「その屑鉄の命で償えいぃい!!」
光り輝く双剣が、河上に振り掛かる刹那ーー。股下から頭頂に、河上の刃が走った。その時点で、勝負は決した、既に桐谷の股から首にかけて両断が始まる最中。
「ひぃいやぁああああありゃああああああ!!」
響き渡る異質な叫びと共に河上の斬撃がいくつも走り……桐谷の肉体が血を吹き出し、肉片を飛び散らせていく。両の腕が宙を舞い、臓腑が飛び散り、膝下が飛ぶ。
そして最後に観客達が見たのは、宙を舞う恐怖に彩られた桐谷和人の首と、人の形を成していない、桐谷和人の肉体だった肉片と血の海であった。
宙を舞う双剣の一振り、黒い剣が先に落下し、やがて白い剣が落ちると河上はそれを左手で掴み……。
「ふんっ!」
思い切り投げたそこには、落下して来た桐谷和人の頭部があり、額を貫き後頭部を貫通してリングの柱に磔にした。
そして身体を転じて、愛刀を振り、血を払い鞘に納めながら呟いた。
「模倣・昇華……星輝流星斬改めて……河上剣術、凄鏖血衝斬……はんっ、見掛け倒しだな、話にならんわ」
血の雨が降り頻るリング、河上静太郎は桐谷の技を模倣し、昇華せしめて観客に披露して、静かにリングから立ち去る。これには審判も勝利を宣言など出来るはずもなく、しばらく呆然とするしかなかったのだった。