彼女が戻りたい理由
響き渡る金属の音、それは人を切り裂いた肉音とは程遠い。マリスを斬りかかりに行った、黒髪に二刀流の闘士は、その剣をマリス達には振り下ろさず、背後にて上段から斬り下ろしていた河上の太刀を受け止めていた。
よく見れば、河上が制していた闘士二人は既に床に尻餅をついている。突き飛ばして追い詰めて後ろから斬りかかり、それをこの闘士は気付いて防御に回ったとでもいうべきか。
危なかった、あと少し違えたら……ニルギリが斬り殺されていただろう。飛び出したニルギリがべったりうつ伏せになって、無様ではあるが命に変えられない。
「へえ、日本刀……どこで手に入れたのさ、そんなユニーク武器」
「生憎現世から共に流れ着いた物でな?」
河上静太郎は下がりながら残心して構えを解き、ミラを吊り上げる中井と、闘士を押さえつける神山にそれぞれ顔を向けた。
「その辺にしようか」
「ちっ」
河上の言葉に中井は舌打ちしてからミラを離し、神山も名を知らぬ闘士の腕を離し、背中から離れた。
それを見て二刀流の剣士は鞘にそれぞれ剣を戻すと、けほけほと咳をするミラが、キッとTEAM PRIDEの面々に言い放った。
「あ、あんた達、こんな事してタダじゃおかないわ!失格よ失格!試合に出れると思わない事ね!」
案の定、こうなってしまったかとマリスは顔を歪めた。いくら口舌に苛立ちを覚えたとはいえ、手を先に出したのはこちらである。弁護の余地もなし、しかもあろうことか、闘士が貴族の首を絞めるなどという行為は、決してあってはならないのだ。
まさかこんな形で幕を閉じようとは。マリスが、歯を食いしばる最中、中井はまたもミラの襟首を掴んだのである。
「おい、テメェで喧嘩売っといてまさか逃げんのかよ、あぁ?」
「あぐぅう!」
「中井、中井ストップ」
それ以上はいけないと神山がストップを掛けたが、こうなったらもう取らない。中井は無理矢理にミラを立たせしかと目を見た。
「なぁおい、テメェで唾吐いてそのままかテメェ、聞いてんだよ、あぁ?」
「あ、この、こんな事したら、あんた……闘士資格はくだーー」
「あ?構わんよこっちは、こちとら闘士なりたくてなってるわけじゃあないし」
「なん、ですって?」
中井はミラにそう言ってまたも首を締め始めた。
「生憎、TEAM PRIDEはやれ栄光だとかなんとかで闘士やってないんだわ、戦いたいから闘士をやってるだけ、つまり剥奪されようが喧嘩売ってやりあえば済む話でなぁ、別に……この場でテメェらとやりあっても構わないんだよ」
「あぐ、ぅうう!」
「で、だ、こうして何かの拍子に、テメェの首を折っても構わないんだよね」
「あが、ぁぁあ」
ギリギリと、骨が軋みそうな程の力が中井の手に込められている。
確かにそうであった、神山も、中井も、町田も、河上も多少違いがあるとはいえ、結局は全員『戦いたい』というのが目的であった。
展覧試合優勝はあくまで、マリスからの頼み事であるし、闘士の肩書はあくまでより強い輩と会える確率を上げるだけ。
この場で資格だの剥奪され、野に降ろうが、喧嘩をふっかければ事足りるのである。マリスには涙を飲んでもらうが、それはまぁ仕方無しであった。
「だからだ、このまま首折って終わりだろうが試合出ようが同じなわけよ、で……それを踏まえて聞くけどさぁ……唾吐いといて逃げるのかよ、あぁ?」
凄まじい脅し方だった、このまま黙って試合させるか、死ぬかの二択を迫っていたのだ、中井真也は。これにはマリスも、神山達もドン引きであった。
そうしてやっと、中井はミラから手を離せば、ミラが息をか細くして、中井を見上げた。その瞬間だった。
「ぺっ!」
「ちょっ!?中井おまえ!?」
中井真也は、ミラの顔面へ唾を吐いたのであった。挑発には挑発をとばかりに、中井の唾がミラの頬に当たりゆっくり落ちていけば、歯軋りしたミラが立ち上がった。
「こ、この私に、ここまでして、タダで済むとおもってるのかしらーー」
「おー、なんだよ、何かしてくれんのかよクソアマぁ?あぁ?何かしてくれよ!」
「もう容赦はしないわ!この展覧試合予選、代理決闘として受けて貰うわよ!!」
徹底的に辱めを行った中井により、出場停止はおろか、代理決闘としての扱いを受けて貰うとまでミラは怒りを孕ませ言い放った。
そうして中井は、こちらから手を出したとはいえ、出場停止を回避して試合に漕ぎつけて、呆然とするマリスとニルギリに対してVサインを見せたのである。
『展覧試合』は、年に一度に行われるこのシダト国の祭典であり、内外問わず闘士達を従えた貴族達が、4人1組のチームを登録し、一年を掛けて最強の闘士チームを決める大会である。
そして『代理決闘』とは、貴族間において、闘志達を戦わせ、勝敗により賭けを行う正式な試合であり、それこそ貴族間のいざこざ、闘士間のトラブル解決にもこの形式でシダト国では全てが決められている。
展覧試合の最中で、その試合を代理決闘とする事は、わりかしあった。それこそ互いの財産を賭けて、民草にも賭けを提示し、収益を得る為でもある。
「さぁさ!緊急の代理決闘だよ!なんと展覧試合の本戦出場戦が代理決闘として扱われるよ!TEAM PRIDE 対 ムーラン・ルージュ!オッズは8対2でムーラン・ルージュ有利!!大穴に賭ける奴いないか!!」
「個人戦も扱ってるよ!全四試合!どっちが勝つか!さぁ賭けた賭けた!」
そして、代理決闘となればその熱は一気に広がる。突然勃発した出来事は、練兵場から内地の各方面から、外壁にまで広がり出し、練兵場には観覧と賭博の客により瞬く間に埋め尽くされたのであった。
さて、そうしてTEAM PRIDEの面々は控え室に通され、各々マリスにより与えられた道着、衣装に着替えていく。
「お前なぁ、やりすぎだ中井」
が、先程のいざこざを許したわけではない、神山は流石にあれはまずかろうと、中井の唾吐きと相手貴族への攻撃には苦言を呈した。
「えー、でもやっこさんヤル気だったでしょ?僕に注意できる立場?」
「ま、それを言われたらお終いだな神山くんよ」
「正直気が気でなかったよ、来て喧嘩売られて失格とか失笑ものじゃないですか」
河上に諭された神山だが、相手が乗らなかったらどうなっていたかとぶつくさ垂れる。
「しかし……マリスさん良かったのか?財産から何まで全て賭けるなどと……」
着替え終え、真白な道着に年季の入った黒帯を締めた町田が、マリスに問いかける。
あの後、この試合を代理決闘とした時にだ。マリスは現在所有する全ての財産を賭けに出すと言い出したのだ。外壁の屋敷から何から全てを賭けると言ったマリスに、ミラは息を切らしながら『無しにはできないわよ』と吐き捨て、闘士達を連れて消えたのだ。
そんな、ミラの率いるチームが、本戦出場決定戦の相手チームというわけだ。チーム名は『ムーラン・ルージュ』というらしい。
「そういえば……マリスさん、あのミラとか言う奴が、一年前にマリスさんの闘士を引き抜いたーとか言ってましたよね?」
と、ここで神山が先程の衝突で気になった話をマリスに問いかけた。元々マリスが率いていた闘士が引き抜かれたという話だ
「ええ、そうよ、正確には死んだパパのチームだけど……ムーラン・ルージュは兎に角活躍した強い闘士を、よそから片っ端に金と高待遇で引き抜いて作ってるチームだから」
自分ではなく、死んだ父の率いたチームと訂正して、マリスが説明するはムーラン・ルージュの内状。所謂引き抜きで作ったドリームチームという感じらしい。
「父君が殺されたとも聞きましたけど……あの女が?」
そこに、町田は質問を重ねた。一年前にマリスの父親、本来闘士を束ねていたメッツァー家の当主が殺されて、そこから買い叩きにあったという話。となれば、ミラとやらがマリスの父を殺すように仕向けたのかと。これに対してマリスは、ニルギリを一度見てから、神山達に真剣な表情を向けたのだった。
「ミラは……違うと思う、いや、多分その中の一人なのかな……それを調べたいから私は、どうしても内地に戻りたいの」
マリスの話に、神山達は皆視線を向けて聞き入る。
「展覧試合を優勝したら、内地貴族になれるの、だから私は闘士を探していたの」
ここに来て、TEAM PRIDEの面々は、マリスが何故闘士を探し、展覧試合に出場したかったのか理由を知ることになったのだった。
マリス・メッツァーもとい、メッツァー家は元々内地の貴族であった。この世界における貴族は、姫により異世界から召喚された闘士を迎え、育て、展覧試合や代理決闘にて競わせ、その強さと養う闘士の数で格が決められる。
メッツァー家は内地貴族の中でも、抱える闘士は少ないが、率いた闘士を無下には扱わない貴族で、他の貴族からすれば変に映った。
何しろ闘士は姫が次々、定期的に召喚する。弱い闘士は早々に外壁に売り捌くなりするのが当たり前だったのだ。戦績も奮わなかったとはいえ、和気藹々、貴族と闘士ながらしっかりとした信頼関係を築き上げていたらしい。
だが、一年前のこと。その当主たるマリスの父親が殺された。内地の館で、胸をナイフで突き刺されて殺されたらしい。
それから間もなく、ミラを筆頭に様々な貴族が、マリスの父の抱えの闘士を引き抜き、引き抜かれなかった闘士達は何も言わずに離散した。
メッツァー家の闘士は一人もいなくなり、貴族の資格無しと外壁へ、マリスとニルギリは追い出された。
「父が殺されてから、外壁に追い出されるまでたった2日だったわ……まるで、示し合わせたかのように私は外壁に追いやられたの」
父が殺された悲しみを慟哭する間も無く、マリスは元々所有していた外壁の別館、現TEAM PRIDE本拠地たるマリス邸宅に流れ着いた。
父を殺されてから自分が追い出されるまでの、あまりの手際の良さが、計画的なものとしか思えない。
「誰が父を殺したのか、全容はどうなのか知りたい、その為にはまた、貴族に戻って調べるしかないの」
「それで闘士を探してたわけか、マリスさん」
「うん、それで……父から私聞かされてたの、優性召喚者が持たない力……ブドー、カクトーギ……それが、優性召喚者に対抗できる力なんだって」
神山が話の全容を聞き終えて、顎に手を当て頷く。聞いてなかったけど、そんな理由があったのかと。神山自体、戦う場を求め闘士になっただけだが、何ともまあ重苦しい理由抱えていて、今まで話さなかったのかと。
「どうでもいいよ、マリスさんの目的なんてさ」
と、ここに来て中井が気を悪そうにして、赤い道着に鼠色のズボン、そしてオープンフィンガーグローブの紐を結びながら呟いた。
「どうでもいいとは……今の話を聞いて何も思わないのか、中井くん?」
町田からすれば、マリスの悲しみを汲んでやれないのかと思っただろう。しかし、中井は鼻で笑いマリスに言い放った。
「その目的はもう達成できるって分かってるだろ、これからの相手全員倒して、内地に戻って、犯人も見つかって、全て解決するんだからさ」
返ってきた言葉は、自信に満ち溢れていた言葉であった。それは、展覧試合優勝は当たり前で、自分達が負けるわけないという意味だった。それを聞いたマリスは、ふふっと微笑みを見せた。
「ええ、信じてる……だからさっき全財産賭けたもの、負けるわけ無いわよね、皆」
だからこそ、先程の中井の啖呵に乗って全財産賭けたのだと、町田の先の問いに答えを示したマリスに、町田は苦笑せざるを得なかった。
「町田くんや、どうやら我々を束ねるこの貴族様も、余程の肝っ玉らしい」
「全くもって、だな……」
この答えに河上は、町田の一本取られた様をケタケタ笑いながら彼女を評すると、マリスは集まったTEAM PRIDEの面々の前に右手を差し出した。
「それじゃあ、アレやりましょうか、エンジン……かしら?ほら!」
「よし来た!」
マリスの手の甲に、神山が早速手を乗せ、中井、そして町田、河上、ニルギリと右手を重ね、神山が皆を見て声を張り上げる!
TEAM PRIDE!やれんのか、おい!!
やってやるぜ!!おい!!
六人の手に、五人の声が合わさり、天井に手を掲げる。
こうして、本戦出場決定戦が、幕を開けたのだった。