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喧嘩をしよう

「マナト!やったわ、やった!大勝よ大勝!凄いわ!」


 二階席から降りてきた主人、マリスは、きゃあきゃあと何度もその場で飛びながら、大袋に次々入れられる袋を見て喜んでいた。余程賭けてたらしいが、万が一俺が負けてたらどうしたんだろうと、今更になって背筋が凍えた。


 ニルギリは大袋の口を閉めて、それを背中に担いだ。細い見かけな割に、足腰がいいらしい。格闘技やったら強くなれそうだ、いや、執事だしもしかしたら主人たるマリスを守る為に鍛え上げているのかもしれない。


 さて、主人の博打はともかく、本来の目的を果たさにゃならん。あいつも俺に賭けていた、ならここに来るはずだが……。


 主人のマリスが、ニルギリの担ぐ金貨の大袋をジャラジャラ鳴らして遊んでいると、わざとらしく俺の前を、そいつは横切ってきた。


「払い戻しお願い」


「かしこまりました」


 そのまま、カウンターに羊皮紙を渡せば、そいつは金貨の袋を手渡された。


「儲かったかい、蛇男さんよ」


 そう呼んだら、マリスははっとして、本来の目的を思い出し、同じくそいつを見た。茶髪の髪の毛、潰れた耳、身長は俺より少し低いか、そんな少年は振り返らず、身体を震わせた。


「開始早々の飛び膝蹴りで秒殺勝利、まるでHERO'S時代の山本"KID"徳郁じゃないか、魅せるね……アマレス上がりの格闘家?」


「生憎、ムエタイ一筋十二年だ、膝が得意なんだよ」


 笑っていながら震えていた、そうして蛇男は、一度見たが、改めて俺にその顔を見せた。飄々とした、あどけなさの残るベビーフェイス、すなわち整った顔だった。


「へぇ……キックボクサー……いや失礼、ナックモエか、通りで綺麗な膝だったわけだ」


「アンタはどうなんだ、蛇男、闘技場で11連勝した話を聞くに、ブラジリアン柔術家と思うんだけど?」


 マリスとニルギリを置いてけぼりにして、俺と名も知らぬ蛇男は語り合った。ムエタイ?ナックモエ?キックボクサー?首を傾げ続けて折れそうな程、全く知らない単語の応酬に、俺の雇主はパンク寸前だった。


「……さぁ?どう思う?」


 蛇男は、狡猾な笑みで俺にそう宣った。ならばと、俺も返した。


「そこにお誂え向きの、確かめる場がある、上がれよ……やろうぜ?」


 煽り返した、今戦った金網を、首を振り指して上がれと。蛇男は金網を見てから、フフと小さく笑った。


「いいぜ、やろう……と言いたいけどさ、まずは話さない?」


「なに?」


 蛇男は、やる気を確かに垣間見せた、怯えなどは全く無かった、されどまずは話さないかと誘ってきたのだった。


「こんな訳の分からない場所に、現世の格闘家二人が

 せっかく巡り合えたしさ、話そうよ……」


 蛇男からの誘いに、俺は熱気が覚めた。というか、そうだった……俺は、この馬鹿げた訳の分からない世界に来て、同じ境遇の奴に初めて会ったのだと。まるで、孤独な無人島を彷徨い歩いていたら、同じ漂流者に出会えたという状況に、俺はそうだと思い返した。


「それも、そうか……」


「決まりだ、外に出よう、君のご主人様と執事も、早めに出た方がいい」


 蛇男が、俺の背後を指させば、若執事ニルギリがやはり大袋の重さに耐えれず、ゼェゼェと荒い息をして、マリスに額の汗を拭いてもらっていた。


「手伝ってあげなよ?」


「了解した」




 約一時間後か……まだ名前を聞いていない蛇男と、俺、そして雇主たるマリス、その若執事ニルギリは、小洒落たオープンカフェの、屋外席にて一堂に介していた。


 まず、マリスが銀行まで金を預けに行った、ていうか銀行あるんだな、この世界。いや、無ければ経済というか、貨幣の意味が無くなるのか。ほくほくと通帳らしい小冊子を見るマリスに対して、ニルギリはまだ息を荒げていた。確かに重かったな、よくまぁ意固地に一人で持って運んだものだ、途中後ろから支えようとしたら凄まじい眼力で睨んできたし。


 全員、白い液体を注がれたグラスを前にしていた。最初に口付けたのは蛇男だった、一口飲み、うんと唸る。


「こっちの世界にもさ、ヨーグルトがあるんだ、呼び方がヨクルか、こいつを水で割って塩を入れて飲むらしいけど……トルコのアイランと同じだ、病みつきになる」


 蛇男がこの店で、俺たちにも注文したのは、ヨクルの水割りなる飲み物だった。現世ではトルコの飲み物、ヨーグルトの水割りでアイランがあり、それに似た物らしい。


「そうね、ヨクルは平民が作るの、金持ちは買うなりするけど、うん……美味しいわ」


 マリスさんも、ヨクルの水割りをぐいいといった。このシダト国、伝統食の一つらしい。ニルギリも普通に飲んで、吐息を吐いている。俺は……軽く口をつけて飲んでみたが……。


「む……うん、冷製のスープ?濃いな……」


 その水気とサラサラな口当たりの割に、ヨクルの独特な風味と塩気が、冷製のスープを思わせて、躊躇いながらも飲み込んだ。この一杯だけにしとこう、あまり好みでなかった。


「さて、名前からだよね……僕は中井真也……君たちが探していた、蛇男なる闘士で間違いないよ」


 そんな俺の苦苦しい顔を見て、蛇男は名乗った。真也……か。大晦日の試合で相手選手の骨を折り、中指立てて、翌年の大晦日に飛び膝を喰らい脱糞した寝技師を俺は思い出した。


「マリス・メッツァーよ、こっちは付き人で執事のニルギリ」


 マリスも、ニルギリを共にして名乗り上げ、最後は俺かと、蛇男の中井真也を見て口を開いた。


「神山真奈都、今はこのマリスさんの闘士として契約してる」


 闘士、という言葉に中井は、グラスを傾ける手を止めた。そのままテーブルにグラスを置き、ふむと、両肘付いて手を組み、その上に顎を乗せる。


「闘士って、契約闘士?劣性召喚者だよね、キミ」


「あぁ、アンタもだろ、中井」


「そうだけど……何故闘士に?」


 闘士になった理由を聞かれて、俺は担と切り返した。


「強いやつと闘いてぇから、闘技場を追い出されてな、十二連勝してよ、で……この主人、マリスさんが優性召喚者の強いやつと戦わせてくれる約束してくれてな、それでだ」


 それが、没落貴族マリスと契約した理由だと、俺は言い切ると、中井の目はこちらを見透かす様な、なんとも無感情な眼差しを向けて来た。


「なーる……君もねぇ、それで契約したのか……で、組んで、戦わせて貰って、どうする気さ?」


「ん?それだけだが……」


「闘士を探してるの、マナトやシンヤ……貴方みたいな闘士を」


 俺にとっては強い相手との戦いが目的だが、主人たるマリスはここで口を開いた。闘士を探しているのだ、それも俺や中井の様な闘士を。


「展覧試合に出たいの、そこで優勝して、貴族の地位を取り戻すの……それで、探してるの」


「要は、貴族の子飼いになれと?この僕に?」


「自由も食事も補償するわ、不自由させない、お願い、私と契約して、闘士になって欲しい」


 マリスは頭を下げた、没落貴族の身だ、プライドなど無かろう。ここまで展覧試合とやらに執着しているのは、貴族の爵位が欲しいからと言うより、何か別の理由がありそうだが、聞くべきではないかと主人が頭を下げているのを、俺はただ見ていた。


 中井は……ヨクルを傾け飲み干して、息を吐くや、見下す眼差しでマリスを見て言った。


「やだね、何故貴族の子飼いになって、あんたの為に戦わなきゃならないんだよ、こっちはこの世界に呼ばれて、捨てられて、死ぬ思いして自由を得たのに、首輪を付けて闘犬紛いの戦いをしろだ?馬鹿馬鹿しい」


 断りの罵倒を込めた言葉だった、かと言って食ってかかる程苛立ちは無かった。同情すら俺は感じた、いつの間にかこの世界に呼ばれて、挙句役立たずと奴隷として下され、そして闘技場に送られた。


 俺は闘技場を楽しめたが、こいつは違ったらしい。俺みたいに戦うのが好きな人間ではないという……。


「用件はそれだけかい、なら、他を当たって欲しい、出逢いには感謝したいから、ヨクルは奢らせて貰うよ」


 が……このまま逃してやる程、俺も我慢は出来ないのだ。俺はヨクルのグラスを持ち、中井を見た。


「おい」


「うん?なんーー」


 そのまま、まだ半分以上残ったヨクルを、俺は中井の顔にぶっ掛けてやったのだ。


「ぶぶぁああ!?」


「ちょっとマナト!?」


 顔にかかったヨクルに目を閉ざされ、俺は中井の胸を押せば、簡単に尻餅をついた。中井を見下ろす形となり、俺はそのまま中井が服の袖で顔を拭いて、何をされたのか理解するまで待ってやった。


「何のつもりさ?」


「分かんないか、喧嘩売ってんだよ中井」


「主人を嬲られたから噛み付いたか」


 主人を言葉で嬲ったからか、そう言われたが全く違うと俺は返した。


「俺の目的は強い相手との戦いだ、だから中井に喧嘩売ってんだ、マリスは関係ねぇよ」


 そうだ、そもそも俺に展覧試合だの、マリスの目的なぞは付属品でしかない。あるのはただ一つ、この馬鹿げて退屈な世界で、唯一の娯楽たる、強い相手との戦いだけだ。


「随分馬鹿げた理由だよ、少年漫画か、古いんだよ」


 それを一昔前の少年漫画かと、中井に馬鹿にされた。ならば買い言葉と俺は返した。


「闘技場を11連勝した実力、見せてくれよ……あ、もしかして、11人と寝たのか?だから勝てたのか、納得したぜカマホモ野郎、顔もいいしな、寝技はそっちの寝技か?」


 最早、後戻りは出来ない。ここまで言われて、怒りを覚えない奴は居ないだろう、それでも勝手にしろと逃げるなら腰抜けか、言い過ぎた謝ると言うなら人格者だ。


 しかし、中井の目は座っていた。そのまま立ち上がり、俺を睨み返す。冷たい、氷の様な眼差しに俺は身震いすらしそうになった。


「僕の趣味を教えてやろうか、君みたいなイキった輩の骨と言う骨をへし折って、靭帯も捻切って人生終わらせてやることさ……闘技場の11人も、同じ様にしてやったよ」


「ほう?」


「それだけじゃあない、現世でもイキリ散らしたクソ野郎を見つけては、二度と病院から出れない様にしてやったさ、男女問わず……僕を馬鹿にした奴はなぁ?」


 微かに感じた、中井から溢れ出したそれは、正に『獣臭』虚勢の嘘ではない、本当にそうしてやったのだと目が、肉体が物語っていた。


「ここじゃ客の迷惑になる、道路に出なよ、蛇男と呼ばれた技の数々……身を持って教えてやる」


 中井は簡単に、俺の誘いを受けた。その言葉に俺も、口端をそれはそれは思い切り吊り上げ、笑みを作ったのだった。




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