第2話 その5
靖成が拝殿に入ると、ユキが結界を作る。いつもこの流れから、祈祷が始まる。
後ろ手に縛られ転がされているのは、どこかの社長らしい。両脇に部下が2名、びくびくしながら社長を押さえている。押さえつけすぎて、社長の顔に、床のあとがついている。ちょっと切ない。
「…始めます」
厳粛な雰囲気を作ってから祝詞をあげていく靖成。うーん、毎回これ面倒だよなあ、と、靖成は途中飽きそうになるが、ユキに小突かれる。
「靖成、ちょっと叩いて出してみるよ」
埃のようだ。靖成は布団叩きを探しそうになったが、ユキは芋虫のような社長の背後に回り、背中をおもいっきり叩く。
ぐえっ!と声がして、口から黒いどろっとしたものが出てきた。
「社長?!」
ユキが見えない部下たちは、何が起こったかわからない。しかし、重い空気は部下にも伝わったようだ。黒いものは、最後の尻尾だけ社長の体からは抜けず、拝殿の中を浮遊し始めた。その黒いものが撒き散らす靄が、拝殿いっぱいに広がる。
「あー、派閥争い、ですかね?社長に兄弟がいるでしょう?社長を失脚させたい誰かが呪ってるやつですこれ」
よくわかりますね!!と、部下の1人が目を耀かせて言った。
「専務は、嫉妬してるんです。家族経営なのに、兄である社長だけ財産を持っていく錯覚をおぼえてるんです。そして、少し前から社長が奇声を発するようになり、これは専務の呪いだと」
うん、そこで呪い直結ってすごいけどな。靖成は口には出さず、静かに紙を取り出し、印を結んで九字を切った。たちまち蛟のような物が現れ、拝殿中をおいかけっこし始める。しかしなかなか捕まえられない。
「うーん。狭いなあ…」
「外に行くなら結界切るけど、どうする?」
じゃあユキちゃんお願い、と言ったとたん、拝殿から2匹の長く大きい影が飛び出した。驚いたのは佐々木家の人々である。特に、屋外にいた風悟が、空を見上げておののく。
「うわ!やっくん、外使うの?え?そんなデカいの?」
風悟は驚いているが、賀奈枝にはちょっと曇ってきたかなあ、くらいしか感じられない。そこに、砂利を踏む足音が聞こえた。
「…あれ?」
賀奈枝には、その着物美人に見覚えがあった。テレビなどではなく、最近実物を見ているが会話をするような仲ではない。あ、と思い当たった。
風悟が、賀奈枝の前に立つように女性に話しかける。
「やっくんの見合い相手さん…?断りのお話をうちの母にしに来はったんですよね?母と母屋にいたはずでは…」
風悟が話す女性は、何も返事をしない。そして、風悟ではなく賀奈枝を見ている。じっとりとした目付きは、何かおかしい。
風悟!!と、遠くから佐々木さんの声がするのと、拝殿から出た影が女性に被さるのとはほぼ同時だった。一瞬体から静電気のようなものが発せられ、悪霊に憑かれた女性は迷いなく賀奈枝の首に手を伸ばす。早い。
「賀奈枝さん!気をつけて!」
風悟の叫びに、賀奈枝は返事はおろか悲鳴すらあげられなかった。馬乗りになり首を締める女性の手首を掴み抵抗するが、力は強く離れない。風悟も女性の体を引き離そうとするが、弾き飛ばされてしまい数メートル先の木にしたたか背中をぶつけた。いたた…と擦りながら起き上がったところに、足音と人影が飛び込んできた。
「…橋口さん?!」
風悟は、ほっとした。靖成だ。
狩衣姿の靖成は、敷地を逃げる悪霊の前から式神を回り込ませて喰わせるつもりだったが、見失い駆けてきたのだ。
一瞬で状況を理解した靖成は、ぎっ、と歯軋りをして視線の先に賀奈枝と女性を確認し、そして足元の風悟を睨む。風悟がその迫力にたじろいでる間に、靖成は素早く先ほどのように再び紙を出し、印を結んだ。既に現れている一体は悪霊の尾を噛み、はるか頭上で待機中である。
「え、やっくんもう一体出すの…?」
風悟が唖然とするが、次の瞬間あっという間に3メートルはありそうなガマの形に雷が光る。靖成はそれを、女性に向けて放った。
「喰え!!」
靖成の号令で、ガマは勢いよく賀奈枝たち目掛け飛びかかり、着地と同時に大きく口を開けて女性を頭から飲み込む。女性、すなわち悪霊はしばらく抵抗し悶絶していたが、ガマが一度ぐえっ、と鳴くと、そのまま悪霊もガマも溶けるように消えた。空中にいた式神も消え、それが咥えていた悪霊の尻尾も霧散する。
仁王立ちのまま荒い呼吸を整えている靖成に、風悟は恐る恐る、やっくん?と話しかけたが、次の瞬間胸ぐらを掴まれた。
靖成は細めでも180あるので、風悟は持ち上げられ爪先立ちになった。それを靖成は静かに見おろす。
「…何やってんだよお前は」
いつもの穏やかな様子とは真逆の靖成の様子に、ひいー、と泣きそうな風悟だったが、佐々木さんが駆け寄ってきたのを見て靖成が手を離したので、すぐ解放された。
その後始末を佐々木さんがてきぱきと済ませたあと、靖成とユキは事の顛末を聞いたが、靖成には理解できない内容だった。
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「お見合いのお嬢さんね、靖成のことはタイプじゃないけど、うちみたいな大きい神社と繋がりがあるなら結婚しておいても損はないかと考えたみたいで」
断りではなく、結婚の話を進めてほしい、という話だったらしい。はーぁ?と、靖成はいつも以上に間抜けな相づちを打つ。
「それが、靖成が賀奈枝さんを連れてきたのを見てしまったようでね。見合い相手に彼女がいたのが大いにプライドに障ったのと、財産が貰えないかもという焦りに、社長に憑いてた妬みの悪霊が引き寄せられたんやないかと思うんやけど。両方とも、勝手な思い込みで勝手に恨んで、迷惑なだけやわ」
社長の弟、つまり悪霊をけしかけた専務もどこかの陰陽師に依頼しているはずだから、それは佐々木さんの力をもってすればすぐ割り出せるだろう。
「ユキちゃんは、昨日のお見合いで彼女のオーラ見たでしょう。なんやった?」
はあ、と靖成は答える。
「グレーらしいです」
ユキと靖成はうんうん、と頷き合い、あ、グレーねえ…と佐々木さんは苦笑した。靖成も腑に落ちた。白黒付けないでい良いとこどりをしたいという、打算が混じったグレーである。
「とにかく、私からはっきりお断りしておくから。悪かったね、靖成。賀奈枝さんにも」
佐々木さんは、申し訳ないという口調ではあったが、ちょっと含みがあるような表情をしながら、靖成に封筒を差し出す。
「祈祷の報酬ね。これで、賀奈枝さんに何かご馳走しなさい。もう少しで目が覚めるから」