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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(4)
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ユキと吉定のはなし ⑤

 次郎は姫を呼び戻し、屋敷では皆、若い夫婦をほほえましく見守っている。そのうちにまた各地で小競り合いが起こるようになり、吉定はユキを伴い次郎と戦へ出るが、なにかあれば自分が盾になる気構えが以前より強くなった。それを見てユキは苦言を呈す。


「吉定もさ、加津や草太っていう家族がいるんだからそんな無茶することねぇぞ? そもそも雇われ軍師だろうが」

 戦からの帰り道、馬上の自分と並走しているユキの声を聞きながら、吉定はちらと自軍を見た。小さな戦は、虚しい。得るものと失うものは同じくらいでも、こころが確実に疲弊していくのだ。屋敷へ戻りほっと一息つき、吉定は縁側から夜空を眺める。

「軍師……か。もう少し大局が読めると良いんやが……如何せん星も多く読みきれん」

「他軍にも天文を読むやつらはいるだろうが、たかだか数十年勉強したところで、わかることなんか少ねえからな」


 ユキは空を見上げた。

「……俺の星も、どっかにあんのかなあ……」

 もとは化け猫のユキだ。生まれたのがいつかはもうわからず、だが何百年と生き永らえても、それすら星の寿命にははるか敵わない。吉定はどこか寂しそうなユキの横顔を見る。

「吉定の星は、どこにあるんだ?」

 不意に問われ、吉定は「ああ」と生返事をしてから空を見た。雲に覆われた夜空の合間に、いくつか星が光る。懐から星図を出して広げると、空と交互に見始めた。ユキはその様子を、まるで勉強を教わる子供のような表情で見つめる。


「……ふむ」

 吉定はひとこと、静かに呟くと、そっと星図を畳んで懐に仕舞った。


「なんだ、なにかわかったのか?」

 猫のような目をさらに大きくして、ユキは吉定を見るが、吉定は苦笑して首を横に振った。

「やはりようわからん。まあ、なるようになるやろ」

「えー……陰陽師のくせに適当だな」

「一介の陰陽師なんぞ、ちっぽけな存在よ。さ、俺は寝る。朝になったら起こしてくれ」

 吉定はそう言い、部屋の隅に祀られている木札を指した。

「ユキも寝たらどうや。戦で俺の周りをずっと飛び回ってて、疲弊してるやろ」

「うーん、まだそんな疲れてるわけじゃねえけど……」

 さっさと寝床にもぐった吉定をちらと見て、肩をすくめてユキは夜空に飛び上がった。そのまま屋根に座り霞みがかった月を眺めていると、馴染みの野良猫がやってきて隣に座る。

「よしよし」

 ユキが猫を優しく撫でてやると、猫は喉を鳴らした。

「ゆき」

ユキはひとりごちた。

「お前の師匠は、人が好すぎるよなあ……」

 その言葉には誰からも返事がない。少し経ってから、ユキは部屋へ戻り、自分の本体である木札のうえに降り立つ。追いかけて来た猫に挨拶をすると、姿を消した。

猫もひとこえ鳴くと、闇の中、庭を抜けてどこかへ去っていく。屋敷は、そのまま静寂に包まれていった。


 その夏は流星が多かった。

 夜空を流れる幾筋もの光は、ふわっと現れ、すっと消えていく。雨の多い季節に天候を読み、相手の奇襲の裏をかく形で逃げのびることができた次郎たちの軍は、仕える守護からの要請で補給の行軍を任されるようになった。

「せっかく食糧を運んでも、食えなくなったら意味がないからの。ユキのおかげで、すんなり進めるのはありがたい」

 雨、そして川の増水を避けて前戦に詰める味方のもとへ向かう。ユキが少し先の道が塞がっているのを上手く見つけて助言をするため、吉定の一行は思いの外早く自軍へ辿り着くことができた。

「俺は戦局は読めねえし、そもそも人間のいざこざには首突っ込めねーんだ。道くらいなら教えてやれるからさ」

 命のやり取りを目の当たりにする場所よりは、裏方の方が良いという吉定の隣を、ユキはゆっくり浮遊している。

「だがな、腕のよい術師がもし相手側にいた場合、ユキは祓われたりしないだろうか」

「うーん……俺は一応、他の人間には見えないらしいけどなあ……もののけや式神を遣われたらわかんねーけど、そんなすぐやられるほど柔じゃねえよ」

 土地神の加護により生き返ったユキは、いままでも難局を潜り抜けてきたのだ。吉定はくくっ、と笑うと、真顔になり、前を向いたままユキに話しかける。


「もし……もしも、や。俺の命が消えたとしても、お前は今後も篠目の家を…草太の傍にいてくれるんやろな」

「……どうだろうな」

 ユキは呟く。

「俺はもともと長生きしすぎてもののけと化した猫だ。もののけが存在するのに、理由は不要……けどこの体は、おまけみたいなもんだ。ゆきの気持ちが混ざってる今は……存在意義みたいなもんができちまったら……それが無くなったらどうなるかは、俺にもわかんねえ」

以前ユキは、人間は欲により生き生かされていると話していた。欲が無ければ、未練がなくなればどうなるのか、と吉定は答えのわからない問いを反芻する。

「人間というのは、弱いくせに強欲よの」

吉定は苦笑する。

「儚い、短い人生のなかで、何度も悪あがきをする」

ユキは笑った。

「そんなの今にわかったことじゃねえだろ。だから一生懸命生きてんだ。俺はそういう奴らを沢山見てきてる。軍場で辛気臭いこといってんじゃねーっての」 

 ユキは腰に手をやり、やれやれといった風に大袈裟な格好をした。もう幾度となく繰り返されているやりとりは、一緒にいられる時間の少なさを忘れないためのものでもあった。だが心構えがあるのとないのとでは、喪失感が違う。


「寂しいか」

 吉定は、以前飲み込んた言葉を口にした。ユキは「なにを」とうそぶくが、敢えて答えない。二人は少し目線を合わせたあと、どちらからともなく笑いだした。

「……いやはや、本当に年寄りの愚痴は辛気臭くてかなわんな。朝は早いのでさっさと休むとしよう」

 吉定はそういうと、簡素な寝床に横になった。ユキは一呼吸置いてから、詰め所の庭木にのぼる。一行の中には、まだ年若いものも多い。人員も入れ替わり、ユキも全員を把握できてはいないが、用心のため吉定からは極力離れないようにしている。

「寂しい……か。寂しく無いわけねぇだろ」

 ユキは苦笑し、そのまましばらく夜空を見つめていた。

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