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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(4)
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ユキと吉定のはなし ④

 屋敷に逗留し、数週間。先日まで戦続きで剣呑としていた空気はどこへやら、拍子抜けするくらい平穏な日々が続いた。昼すぎの縁側で、吉定とユキは並んで座り山を眺めている。


「なんかなあ、こうしてる間に、夏になるんじゃねえの」

「うむ……次郎様の恋心は、熱さを通り越していくらか落ち着いてしまったようだが……」

 次郎はずっと、出家した兄嫁、つまり姫のもとへ通ったり、使いを遣って思いのたけをぶつけていた。しかし姫の反応は悪からずも、次郎は逆に、戦乱の世で姫を手元に引き寄せても苦労をさせるだけと考え、最近は通うのを控えている。


 姫の様子を見に行ったユキは、彼方を見ながら次郎が来るのを待ちわびている姫の様子を吉定に伝えた。

「ありゃあ、若への義理立てだけじゃあねえな。ちょっと機会を逃しちまったら、いざ自分から言えねえってやつだ。そうしたら次郎は姫に苦労はさせたくねえから、武家筋から嫁を取る話も受けようかって言い出したしよ」

「武家筋から……もう話は進んでるのか」

 いや、とユキは首をふる。

「当主も、家柄と年齢を考えても姫ならってことで、他家の話は保留にしてたからなあ。さてどうするか……ああ」

 そこでユキは、懐の護符を取り出した。

「色恋なら、女のほうが適任だな。おい、聞こえるか?借りを返してもらうぞ、そら」

 ユキは護符に包まれた稲穂のような獣の毛をつまみ、ふぅっと息を吹き掛けた。すると毛は舞い上がり、空中でぴたりと止まったのち、その場で小さな竜巻を起こした。

「やだ! 急に呼び出さないで! もう!」

 竜巻の中から現れたのは、着物をたすきがけにして頭巾を被り、頬を炭で汚した狐女である。

「あ、仕事中か、わりいな」

「そうだよ……お昼はかきいれどきなのに……まったくもう」

 野武士と夫婦になった狐女は、飯屋を始めたらしく、なかなか繁盛しているとのことだ。少ししたのちにまた呼び出す旨を伝え、ユキが術を解くと、狐女はたちまち姿を消し、一刻ほどたったのちに、庭の奥から何食わぬ顔で現れた。

 吉定が茶をすすめると、狐女は一息にごくごくと飲み干す。

「わりぃな、忙しいときに」

「まあね、とりあえず昼は終わったから良いよ……それで?」

 ああ、とユキが事情を話す。なんとか姫と次郎が夫婦になるよう手伝ってほしいと言うと、狐女はひとつ案を出した。ゆきはなるほどと膝をうったが、吉定は懐疑的だ。

「そんなことでいいのか? なんかもっと……お前の化生を使ってなにかするものかと」

 吉定の問いに、狐女は苦笑いする。

「うっかり化けて、祓われちゃこっちもたまんないしね。ひとまずこれでやってみてよ。だめならまた、考えるし」

「……なんか意外に義理堅いな、お前」

 吉定は狐女がたのみごとに対し真面目に考えていることに驚いたが、本人は当たりまえという顔をしている。

「騙したり逃げるのが得意なら、人間の男に惚れたりしないよ。じゃ」

 狐女は少し身をかがめると、竜巻を起こして去っていった。

「ほんとにそれで、うまくいくのかのう……」

 吉定はいまいち信じられないまま、それでも折角考えてもらったので、とそれを次郎に伝えた。次郎は素直に聞きすぐさま実行したらしく、数日後には嬉しそうに吉定たちのもとへやってきたのだった。狐女の出した案とは、歌を詠み届けるというものであり、これは姫の心をいたく揺さぶったようで、すぐに返事が来たらしい。


「その内容がな……どうやら、昔の恋の歌を模したものらしく……」

 姫も次郎のことを想っているが、伝えあぐねていたというような歌である。次郎に歌の教養があったのかと吉定が聞くと、意外な返事があった。

 次郎とゆきの母、二の方が返歌の手解きをしたというのである。

「息子の恋文を母親が代筆ってな……俺なら引くけど知らなかったら『女心のわかるおひと』なーんて、うっとりしちまうんだろうな」

 ユキは半分呆れ、半分は面白そうに言う。

「しかし二の方様が、歌を……とは、意外だが」

「ゆきたちの母親から、ずっと教えてもらったんだろ。不思議でもなんでもねえよ」

「……ああ……! なるほど……」

「もともと貴族の娘だからな。直接なやりとりより、文や歌のほうが気持ちを伝えやすいのかもしれねーし」

「ふむ……それにしても狐の助言がこうもはまるとはのう……もののけでも、やはりおなごということか」


 ゆきはそのあと飯屋に行って、礼を伝えてきた。狐女がかいがいしく働く姿は、人間の女より真面目で楽しそうと聞き、吉定はその姿を想像する。

「なんや、獣は情が厚いというが、本当だな」

「駆け引きなんかしないからな。全く人間てのはまどろっこしいんだよなあ……」

 ゆきが言うように、直接気持ちを伝えあった次郎と姫は、あらためて夫婦になる約束を交わし、戦局が落ち着いている間に慎ましやかな祝言が執り行われたのであった。


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