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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(4)
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ユキと吉定のはなし ②

 世の中は次第に混乱してきた。地方の武士でも力を付けてきたものが、次々と強い者を倒していく。吉定は昔の書物でしか知らない話を目の当たりにし、どうしようもなく虚しい気持ちになることがある。


 朝餉を食べながら、吉定はユキに話しかけた。

「なあ、ユキよ。お前は何百年も前の世の中を知ってるだろう。今の世はこれからどうなると思う?」

 吉定はぼうっと遠くの山を眺めながらユキに問うた。

「知らねーよ。それに、どう転んでも人の寿命ってのは決まってんだ。人間はそんな長く生きないだろ。寺だって、吉定が生きてる間に完全に元通りになるとは思えねえし」

「そうだな、あれは時間がかかる……」

 うんうん、とユキは頷く。

「火をつけたのは、お屋敷のものだったよな。寺に子供を集めて武芸を仕込んで、一揆を企てようとしてる、って」

「ゆきは屋敷に出入りを許されているが、どこぞの豪族の内偵かもしれぬ、いつ襲撃されてもおかしくない、とか言ってたな」

 吉定は、純粋に目を輝かせて剣術を教わっていた子供らの顔を思い出す。

「混乱の世でも、貧困が蔓延っても、寺は変わらずそこにある。胡乱な話も立てられやすいのだろう」

 はあ、とユキは溜め息をつく。

「そもそも、寺は何百年も続いてんだ。金があるときもないときも、誰が領主だろうと、寺や山は変わってないんだけどな。変わるのは、周りのやつらだよ」

 うむ、と吉定も同意する。

「和尚がよく言っていたな。寺は権力者と結びつきやすいから、攻撃の対象にもなると」

「そこは、ほんと仕方ねえよ。なまぐさ坊主はどっちにしろ地獄に落ちてくんだろうけどさ」

 吉定は、ユキを見た。

「俺は……どうだろうか。戦地でも、直接手は下さず式神の力を借りて生き延びるのが、小狡いのではないかと思うのだ」

「また言ってんのか、それ」

 はあ、とユキは溜め息をつき、宙であぐらをかいた。

「人間、生きてなんぼだ。そう思ったから、吉定も俺を使ってゆきを生き返らせようとしたんだろ?」

「……ううむ。あれはしかし俺の私欲で……」

「それで良いんだよ、人間は。欲が無ければ、生きる意味を見失うだろ。食べたい、飲みたい、戦いたい、それに」

 ユキはためらいなく一気に言う。

「誰かに会いたい、ってな」

 吉定はユキを見た。愛弟子と同じ顔の式神は、何百年も篠目家を見守ってきた。眠りにつく前は何人も見送ってきたはずで、寂しくはないのかと吉定は思った。


「……ユキ」

 なんだ? とユキが首を傾げる。その顔は十五のゆきであり、ユキの快活な性格が表情に現れている。

「いや、なんでも……」

 言葉を濁した吉定に、ゆきは溜め息をついた。

「なんだよ、辛気くさい顔されると、こっちまで滅入るぜ。そういや和尚から仕事受けてんだろ? 次郎の用事がないうちに、さっさと片付けるぞ、ほら」


 ユキは吉定を引っ張り立たせると、袂から巻物を出し、そこに筆を走らせた。するすると書かれたのは、道である。

「境界を繋ぐからな。ちょっと酔うかもしんねーけど、まあ我慢しろ」

「……はあ? いつの間にそんな技を?」

「ええとな、これは川で河童を退治したときに、見逃す代わりに教えてもらったんだ。猫の姿んときは筆が持てなくて出来なかったけどな」

「河童……」

「川の境界をうまく繋いであちこち行き来してるやつでさあ、そんときも、まんまと逃げようとしたところを、俺が皿を引っ掻いて阻止したんだ。知ってるか? 皿って意外と柔らかいんだぜ」

「いや……特に知りたくもないな……」


 苦笑いする吉定に、ゆきは自分の袖を掴むよう言う。軽くつまんだ吉定に、ゆきは「もっとしっかり掴まねーと、振り落とすぞ」と言い、巻物を翻した。

「いくぜー!」

 ぱたん! とゆきが巻物を二つに折る。すると吉定の視界は黒く、もやがかかったようになった。

「ぐえっ……」

 勢いよく体を回されたのか、はたまた揺さぶられたか。ともかく激しい渦に一瞬巻き込まれたと感じた直後、ゆきと吉定は見慣れた寺の裏山にいた。

「お……お、おお……吉定さん?」

 和尚と弟子の広孝は、突然現れた吉定に驚いているが、本人は激しい船酔いに遭ったかのように顔面蒼白だ。うずくまる吉定の頭上を浮遊するユキは、「そのうち慣れっからよ」などと言っている。

 やっとのことで起き上がった吉定は、和尚たちにユキの仕業という旨を説明すると、少し離れたところの木を見た。後ろ手に縛られている男は、幽霊か妖怪のように出現した吉定を見て、がたがたと震えている。


「依頼は、あの野武士ですか」

 和尚は頷く。

「街道から外れた山道で、商人を狙っていたらしいんですな。追い剥ぎだけで命までは取らなかったそうですが、たまたま揉みあいになり殺してしまったそうで、林道の端に埋めたのに夜な夜な枕元に立つから祓ってほしいと」

「……それはまた」

 吉定はあらためて野武士を見た。体格は普通、無造作に束ねた髪と伸びた髭を整えれば、実直な農民だったことが窺える。

「戦のほうが稼げるからか。そのあと稼ぎがなくなら野武士に転落したか」

 野武士は答えず、というよりは歯の音が合わず声が出せない。

「どっちにしろ、自分が命を奪った商人が化けて出るって……そんなん自業自得じゃねえか」

 ユキは袂から護符を取り出しながら呆れたように言う。


「殺す……つもりは……」

 がたがたと合わない歯の間から、やっと野武士は声を絞り出した。ユキの声は聞こえないので、返事ではなく独り言のようだ。

「いつもは……怖がってみんな逃げていくんだ……それなのに……」

「それはお前の勝手な言い分だろ」

 ユキはそう言い、吉定に目配せする。吉定は広孝に、野武士の荷物はないのか聞いた。

「荷物は全部広げてみました。盗ったもののなかに、商人のものらしきものは、ありません」

 ふうん、とユキは言い、野武士の背後に回る。

「もののけの気配がするな」

 くんくんと鼻を鳴らすユキの隣に、どれ、と吉定も近づいていく。

「ああ……確かに。これは獣の妖怪か?」

「だな。狐かなんかだろ。どっちも自業自得だなこりゃ。どうせこっちのやつも女に化けてなんか盗ろうとしたんだろうよ」

「……だそうだ」

 吉定が伝えると、野武士はさらに動揺した。

「だっ、だってな? 山ん中に女が一人でいて、にっこり笑うんだぞ? ついふらふらっと近寄ったら急に首になんか巻き付けてきて」

「そりゃ尻尾だ。ふわふわしてたろ?」

 ユキが呆れて言う。

「そ、そう……ふわふわしてて……そのまま首をしめてきたから、思わず鎌で切りつけちまって……そしたら悲鳴は聞こえたけど姿が消えて……」

 身ぶり手振りで説明する野武士を見ながら、聞いている和尚と広孝も、どっちもどっちですねえ、とうなずいている。


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