第2話 その4
「というわけで、人気がないところに行きましょう」
えっ?と賀奈枝は絶句した。いや、違った、と靖成は訂正する。
「えーとですね。マイナースポットという意味です。観光地は関東の人も修学旅行などで行ってるはずですから、それ以外で」
あからさまにホッとされてしまった。賀奈枝が靖成に気があるのは明らかなのに、こういうところは難しい。
賀奈枝は、昨日とはうってかわって、動きやすそうな服装だ。袖口がゆったり、衿元もゆったりした白いブラウスに、ロングスカートのようなズボンである。袴?とユキちゃんに聞いたら違うと言われてしまった。ヒールつきのサンダルをはいた素足は、ピンクのペディキュアが塗られている。
「デートスポットですかあ?」
横から入った複数の黄色い声は、賀奈枝の友人たちだ。こちらは、もう少しケバ…いや、華やかなワンピースだったり、体のラインを絶妙にアピールできるような服装である。
大人数の観光案内は予想外だったが、元々、皆で一緒に観光し夕方の新幹線で東京に戻る予定だったらしく、靖成が賀奈枝の案内を(知らない間に)かってでたのを聞いて、友人たちも「行きたい」と騒ぎ出したらしい。
「空気読めってんだよなー」
ユキちゃんは呆れ顔だ。
だから皆独身なんじゃねえか?などと暴言を吐いているが、靖成はそれこそ迂闊に相槌は打てない。
「うーん、ではとにかく歩きましょうか」
え?と、靖成の言葉に、友人たちが一斉に引いた気配を感じた。
「どうしました?」
見ると、女性陣は皆眉間に皺を寄せている。
「車じゃないんですか?」
「車?」
靖成は首を傾げる。
「歩いたほうが、小回りきくし楽ですよ。路地とか近道使えるし」
自分自身はユキが作る裏ルートで移動することが多いが、靖成は普段も営業職としてずっと外回りなので、歩くのは慣れている。そもそもマイカーは持っていない。
友人達は誰からともなくお互いを見て、無言で頷くとあからさまに靖成から距離を取りはじめた。そして、代表の一人が滑らかな口調でにこやかに言う。
「あ、実は私たち行きたいお店があってー予約していたんで、やっぱりそっちに行きますねせっかくなので!残念ですけどお二人で、どうぞ、ごゆっくり~賀奈枝、また東京でランチしよ、またね」
そう一気に言い終わったときには、ヒールの音を響かせて、既にホテルの敷地から女性陣は出ようとしていた。その後ろ姿を見て、ユキは呟く。
「最後はきれいにフェードアウトしていったな…」
「あの連係の素晴らしさ、すごい慣れを感じるよねえ」
靖成は感心したのだが、それを聞いた賀奈枝は申し訳なさそうな顔をしている。
「すみません…」
「ああ、いえいえ。祓う対象が少ない方が安心して回れますし」
これは本当だ。
「…やっぱり心霊スポットですか?」
「違います」
靖成はぴしゃりと言う。
「橋口さんだけなら希望に添えますが、行きたいところありますか?ベタな観光地でも構いませんよ」
正直、あの人数では観光する前に意見が分かれてしまっただろうが、賀奈枝一人なら選択肢は増えるし、実は靖成もベタな観光地はそれほどじっくり見たことがない。
「自分もたまには客観的に見学したいですし」
「仕事でいくと、どろっとしたフィルターかかるからな」
うんうん、と靖成はユキに頷く。ユキが見えない賀奈枝は靖成の視線があらぬ方向をむいたので不思議そうな顔をしたが、えーと、と有名な神社仏閣の名をいくつか言い出した。
それを聞きながら、佐々木さんちの近くだな、と靖成は頭の中でルートを辿っていたが、そこで重大なことに気づく。
「やべっ…佐々木さんに着物返さなきゃ…」
あー、そうだ、とユキも言う。
靖成の荷物は少ないのでリュック一つだが、その中に着物もしまったので忘れていたのだ。
「佐々木さん?」
「ああいえいえ。いや、うん。佐々木さんはその…」
「…仲人さん?」
賀奈枝の聞き方は意外とストレートだ。
「はい、いや、それこそ違う。見合いは佐々木さんがセッティングしましたけど自分もそんなつもりなく!あちらにも断られましたから!」
知らず知らずに、靖成はムキになる。そもそも俺は見合いする気も結婚する気もなかったんだし、断られたのは別にショックじゃないし!と、それはなんか言い訳っぽいから言わないけど!
「…だから、その。ご心配には及びません」
靖成はふーっと息を吐いた。
うん、誤解はとけた。
しかし何か言葉のチョイスを間違えた気はする、と靖成は思うが、とにかく予定変更である。
「佐々木さんちは、その○○寺の近くなので、先に自分の用事を済ませていいですかね?…橋口さん?」
我に返ったように、はい、と返事をする賀奈枝のオーラがまたピンクがかっているが、すでに見慣れた光景なので靖成はスルーして歩きだす。
あの距離なら、途中まで地下鉄使うのがベストかななどと靖成はぶつぶつ言いながら駅に向かおうとして、振り向いた。背後でごろごろと鳴っていた鈍い振動音が止まる。
「それ貸して下さい」
言うなり、賀奈枝が引いてたスーツケースを受け取り再び歩きだした。靖成は、佐々木さんはじめ、陰陽師仲間の中では若いうちから荷物持ちなど厳しく言われてきたので、靖成的には「女」「荷物」というワードが重なると「持つ」が発動される。パブロフの犬っぽいが、ユキはこれに改めて感心した。
「靖成が外では案外マメなのは、佐々木さんの仕込みか。佐々木さんこそ策士だよな…」
「ユキちゃん、なに?」
いや、なんでも、とユキはうそぶいた。
そして、前をすたすた歩く靖成を賀奈枝は追いかけ、さも今気づいたかのように言った。
「そうだ、はぐれた時のために…LINE交換してもらって良いですか?」
なんか散々練習したのかなーなどとユキは微笑ましくみていたが、靖成の返事はそっけない。
「あー、自分やらない主義で」
それを聞いて、明らかに賀奈枝はがっかりする。
「…そうなんですね」
「電波障害が起きるんです」
靖成は淡々と言い、先ほどから手元でごそごそしていた紙飛行機を、ビルの合間を縫うように飛ばす。
紙飛行機は生き物のように旋回して、やがて視界から消えていった。
「アナログが一番です」
::::::
地下鉄で数駅、そこから歩いて数分。ちょっと細い道を抜けていく。
「あそこが、橋口さんが行きたいっていう寺で」
靖成が右を指差すと、木に囲まれた寺の上部が見えた。
「そっちが、佐々木さんちなんで」
反対側、左を見た賀奈枝は驚いた。
「え?」
大きい鳥居、そこからずっとつづく道の先に、社殿は見えない。林の中に参道があり、ひたすら歩いていくらしい。
「…広いですね」
「佐々木さんですからね。総元締めなんで」
なんだか微妙な言い回しだが、靖成はすたすたと歩きだし、賀奈枝も慌てて早歩きになった時、後ろから軽トラがきて、運転席から大学生くらいの男性が声をかける。
「おう、やっくん。乗ってけよ」
着ているのは普通のTシャツ。茶色く、耳くらいまで長い癖毛がよく似合う、キリッとした大きめの目が二人を見た。
「風悟か。俺はいいから橋口さん頼む」
「橋口さん?」
風悟と呼ばれた彼は、賀奈枝を見て目を丸くする。
「え?やっくん見合いで来たんでしょ?なんでそんな美人連れてんの?」
美人、といわれ賀奈枝は照れるが、靖成の返事はあくまでそっけない。
「たまたま俺が泊まったホテルで、友達の結婚式があったらしくて偶然会ったんだよ。今日は観光案内」
俺はショートカット使うから、と靖成は賀奈枝を風悟に託した。賀奈枝は助手席に乗り込み、風悟に挨拶する。彼はども、と軽く挨拶をしてのんびり車を出発させた。
「やっくんもすみに置けないなあ…だから見合いに乗り気じゃなかったのか…。うんうん、さっちゃんに言わないとな」
「さっちゃん?」
「ああ、やっくんのお母さんね。篠目聡子さん」
「…お母さん?じゃあ、ユキちゃんて人は?」
「え?ユキちゃんのことも知ってるの?じゃあやっくん、いよいよ身を固める気になったんだなあ…」
にやにやしながらハンドルを握る風悟に、賀奈枝はどこまで聞いていいかわからなかったが、その頃すでにショートカットで目的地に着いていた靖成に、ユキが言う。
「靖成さあ、橋口さんが『会社の同僚』って言わなかったけど良かったのか?」
「ん?ああ…そこ抜かしちゃてたっけ…まあいいんじゃない?」
「靖成が良いなら良いけど…」
ユキがあきれた顔をした。
少し経つと、風悟の運転する軽トラが到着し、賀奈枝が口をぽかんと開けて降りる。
「どぞ。おかんも待ってるよ」
お屋敷みたいなでかい建物は、佐々木さんの住居である。3人はそこに入ろうとしたら、勢いこんで佐々木さんが出てきた。
「靖成!早速だけど頼まれてくれない?」
えー、と靖成は嫌そうな声を出す。
「おじさんは?」
「親父は、よそ。何?母さん、結構やばい?」
「やばいわ。今ちょっと押さえてるから…あら?」
そこで佐々木さんは、賀奈枝に気付いた。賀奈枝が会釈をすると、風悟が言う。
「橋口賀奈枝さん、やっくんの彼女で、同じ会社にいて、昨日同じホテルに泊まったんだって」
「ひぇっ?!」
賀奈枝はびっくりして変な声をあげてしまった。
さらさらとかいつまみ過ぎる説明をした風悟に、靖成は渋い顔をし、佐々木さんは困惑しており、賀奈枝は慌てて説明した。
「いえ!か、彼女ではなく同僚です!たまたま私は友人の結婚式に呼ばれて!篠目さんとは偶然会って!今日は観光案内をお願いして…」
その要約された説明に、佐々木さん親子は「なんだー」と残念そうだが、佐々木さんが「あ」と、眉間に皺を寄せた。
「それはわかった…でも、うん」
「佐々木さん?」
いや、と佐々木さんはちょっと溜め息をつき何か悩んでるようだが、拝殿から鳥のような甲高い声が聞こえ、慌てて言う。
「とにかく靖成はあっち、頼んだわ。ユキちゃんも、いるんでしょ?宜しくね」
渡された狩衣をTシャツの上からざっくり羽織り、はいはい、と靖成が社殿に向かって去っていく。ユキもふよふよと付いていった。少し経つと空気が一瞬ぱりっと引き締まり、奇声は聞こえなくなった。
「さて…とりあえず風悟。あんたが賀奈枝さんを案内してあげて。母さんはお客さんの相手してるから」
了解、と風悟は賀奈枝を促す。状況に流されるままに歩きながら、賀奈枝は風悟に質問した。風悟は賀奈枝より少し背が高いくらいで、靖成よりは目線が近い。
「篠目さんも、お祓い?祈祷できるんですね。神社の仕事をしているとは聞いたんですが、神職の資格があるなんて知りませんでした…」
「あー、やっくんは、普通の祈祷はしないの。悪霊退治専門ね、陰陽師だから」
へ?と賀奈枝は目を丸くする。
「あの、紙から竜とか出して、雷ピカーっと光る中で戦うやつですか?」
「そそ。まあ、その辺はイメージ。やっくんやる気ないけど、大丈夫。元々スキルあるからねー」
じゃ、と、歩いているうちに境内の違う建物に着いた。なんで神社に博物館?と首を傾げる賀奈枝に、これは宝物館で、あっちは資料館、とかさらさら説明する風悟に、賀奈枝はすでにどこから突っ込みいれていいのかわからなくなっていた。




