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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(3)
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ゆきとユキのはなし ④

 年を越すと、途端に寒さが厳しくなる。吉定はまた次郎に呼ばれ、戦に出たり屋敷で戦略を考えたりしていた。

「なんやこう……すっかり陰陽師より軍師と呼んだほうがしっくりくるようですな」

 和尚は吉定をみてしみじみ言うが、本人は慌てて否定する。

「軍師はさすがに恐れ多い。どちらにしても、人の争いに首を突っ込まざるをえない、因果な身の上ですが。俺なんぞは、きっとろくな死にかたをしないんやろうな……」

「それならそれで、うちの寺で鬼神として祀りましょう」

 冗談とも本気ともつかない和尚の言葉に、吉定は笑うしかない。寺は昔からここにあり、これからもここにあるのだろう。吉定はそう思うと、祀られて死後も自分を知るものがいると思うと、なんとも居心地悪さを感じた。

「……ああ、辛気くさいことはやめや。また近いうちに次郎さまのところに行ってくるから、留守を頼むな」

 はいはい、と加津は笑って返事をする。近隣で小さな戦があるのだ。小さいとはいえ、何度もあればさすがに兵は疲労の色が濃い。報償金も、出せるものが少なくなれば受ける者はもっと少ないのだ。

 意味が感じられない戦に虚しさを感じながらも、吉定は戦へ帯同する。

 戦地へ行けないゆきは、どこか歯痒さを抑えきれず悔しそうでもあり、実際に戦を見たかどうかの差か、はたまた若さゆえなのか、吉定の親心はいまいちゆきには伝わっていないようで、物理的に戦へ近づけないようにするほかないのであった。


 その日も吉定は次郎と戦に行っており、残されたゆきは子供らに読み書きを教えているところだった。

「いいなあ……」

 ゆきはやはり、羨ましそうに溜め息をつく。

「なにが?」

 子供らはゆきに無邪気に質問するが、ゆきは流すだけだ。和尚や首太、加津は外出しており、いま寺にはゆきと子供たち数人である。

 そこに、すでに見慣れた顔がやってきた。


「こんにちは」

 女中は寒さのせいで頬を赤くしている。手には籠を持ち、使いの途中でわざわざやって来たようだ。挨拶を返し、ゆきは吉定の不在を伝えた。

「次郎様がいないから、あの人がいないのもわかってるわよ。子供とあんたはいると思って」

「……いますけど……何もおもてなしできませんよ」

「良いの良いの」

 勝手知ったるように中に上がり、子供の脇に座る女中を横目に、ゆきも読み書きを再開する。女中はつらつらと、話し始めた。弟が遠くに奉公へ出され、もう何年も会っていないこと、最後に会ったのはちょうど今のゆき位の年頃だったこと。真面目で、丈夫な働き者だったこと。

 ゆきは女中の話を黙って聞きながら、たまに相槌を打つ。そうして冬の午後は、いつもより少し賑やかなまま過ぎていった。半刻ほど経ったころ、境内の入り口の方で猫が喧嘩をしているような声がし、ゆきがはっと外を見ると、辺りはもう暗くなりかけていた。

「子供たちを帰さなきゃ。皆、気をつけて」

「あらそれなら、私が送るわ」

 女中は子どもの数をかぞえて、行くわよ、と号令をかける。弟がいるなら子どもあしらいが上手いのも納得であり、ゆきは任せることにした。

「じゃあ、またね」

 女中は手を振り、去ろうとしたが、そこで動きを止めた。


「……なにか?」

 ゆきが訝しく思い聞くと、女中は鼻を鳴らして考える仕草をする。

「ううん……なにか……こげ臭い……嗅いだことあるよ、これ」

 女中の顔がだんだんと険しくなる。ゆきも境内を見回すと、離れたところから白いものが見えた。

「煙!」

 ゆきが叫ぶのと、女児が悲鳴をあげたのがほぼ同時。

 煙は寺の木の間から立ち上ぼり、広がっていく。


「あっ……」

 先程の猫の声は、ひょっとしたら付け火をしにきた者に威嚇したものだったのかも知れない、ゆきはそう思って唇を噛んだが、女中の「逃げるよ」というきっぱりした声を聞き、子供らを率いて走る。

 女中は小さい頃にそうやって逃げた経験からか、表情は緊張しても、驚くほど冷静である。袖で口を押さえ煙を吸わないよう子供らに教えながら、安全なところまで出てきたときには、寺からはすでに焦げた匂いが漂っており、煙が建物を半分かくしていた。

 夕闇のなか、全員いることを確かめてから、ゆきはあっと声を上げた。

「笛……」

 ゆきは、笛? と聞き返す女中に、返事もできず寺を見つめる。吉定の笛の袋には、例の木札が入っているのだ。吉定の守り神が。

「……ちょっと! あんたなにを!」

 女中は、寺へ引き返すゆきを止めようと腕を掴んだが、ゆきはその手を振りほどいた。

「……神様を助けないと。すみませんが、子供たちをお願いします」

「神様? ここは寺でしょ?」

 ゆきはにこりと笑い、訝しげな顔をしたままの女中に子供らを託して、そのまま煙の中に入っていった。



 町は夕暮れ時で静かだが、屋敷は次郎達が戦より帰って来るということで、賑やかなのがわかる。

 吉定がちょうど屋敷に向かっているところ、用事を済ませた加津に会った。

 米の代金を払いに来ていたはずだが、何故か浮かない顔をしている。

「どうした?」

「いえ……なんや背中がぞわぞわするんです」

「寒いんか?」

 違う、と言う加津に、吉定も首を傾げた。加津に不思議なものは見えないが、念のためと式神の護符を取り出す。そのまま馬を曳きながら、屋敷の門が見えるところまで来た。

「そういえば草太たちもそろそろ帰ってくるかのう……前より若いもんの葬式も増えて、かなわんな」

 ええ、と加津は相づちを打つが、どこか上の空だ。不思議に思う吉定の鼻先に、ふと焦げ臭い匂いがついた。

「……なんやこれ」

 放火か、と思ったがあたりに火の気配はない。すると大小数人が息をきらせて駆けてきたのが見えた。女中と、寺に通う子供らである。焦げ臭いのは、どうやら女中にまとわりついた匂いのようであった。

「どうした⁈」

 知った顔を見て安堵し泣き出す子もいる中で、気丈に皆をまとめている女中に吉定は問いかけた。

「火事……放火だと思う。寺が……それであの子……ゆきが……」

 女中は肩を上下させながらも、懸命に喋る。

「ゆき?」

「そう……あの子が……」

「ここにいないようだが……まさか」

 女中は呼吸を整え、咳き込みながら言った。

「神様が……とか言って……子供たちを私に任せて、中へ戻って……」

「!」

 吉定の顔から血の気が引いた。加津が、ひっ、と声にならない悲鳴をあげると、女中はそちらを見て疲れた笑いを浮かべた。

「あらら……あんた奥さんいたのね、なぁんだ……」

 そう言うと女中はその場に崩れるように座り込んでしまった。騒ぎに気付いた門番がやってきて、女中と子供を介助する。

「あんた!」

 加津が呼ぶ声が聞こえたか否か、吉定はすでに、寺へ向かって馬を走らせていた。

(女性の足で走って四半刻……馬ならどうか)

 出火してからの時間を数え、吉定は歯ぎしりをした。他の武家屋敷の前を走り抜けながら、馬より式神の方が早いかもしれないと思う。だが人前で目立つことはできない。吉定は水を操る式神とかげろうを飛ばし、なんとか被害が広まらないよう祈りながら、暗い道中をひたすら走っていった。



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