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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(3)
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ゆきとユキのはなし ②

 ある日のこと。吉定が久しぶりに町へ出かけると、声をかけてきたのは例の女中であった。


「あら、今日はひとり?」

 少し慌てた吉定に、艶っぽい視線をかけてきた女中は、二の方の使いで町に出掛けているのだと言った。着物を変えて用心棒然とした吉定が町をぶらついても、以前よく往来にいた旅芸人と気付くものはいないが、この女中は意外と人相は覚えているらしい。

「若い子は、今日は屋敷かしら? 見なかったけど」

 吉定はあいまいに頷く。ゆきが次郎に会うため屋敷に出入りしていることは、人目を避けているとはいえ屋敷内のものには知られているのだろう。

「旅芸人ならまたどこかへ行ったのかと思っていたのよ。おかかえの芸人になるのかしら? それとも、芸人をやめて、武士になるつもり?」

 女中の言葉に相変わらず裏表はないが、そのぶん遠慮がなく周りにも聞こえるのでは、と吉定はひやひやする。しかたなく、戦が増えたため旅は取り止めて、しばらく町の外れにある寺に宿を借りているのだと答えたが、女中は「ふうん」と言うばかりで細かいことはさほど気にしてないようだった。

「若様が病気で亡くなってから、なんだかお屋敷も寂しいし、落ち着かないわ。次郎様は私たちのことも考えてくださるけど、さらに上の方々がね……」

 地方の武家としては地域をよくまとめていても、その上、守護からの徴収や要求の板挟みになり、結果として民衆の不満も徐々にたまっているのだろう。

「若奥様もいなくなって、私たちは屋敷においてもらえるのはありがたいけど……それにしても若様も奥様もいないと寂しいわねえ」

 屋敷の者たちは、みつが再びかけたまじないにより『若はもともと病気だった』と思い込まされている。吉定は相づちをうち、そのまま女中が喋る他愛もない話を聞いてから別れた。

 町は以前よりも活気がなく、たまにすれ違う者のなかには、人相の良くないものもいる。


 吉定は往来でくだをまく足軽姿の男を横目で見ながら、閑散とした長屋の脇を抜けて寺へ戻った。

「おかえりなさい」

 吉定を笑顔で出迎えたのは、加津である。

 吉定が振り売りから買ってきた野菜を差し出すと、嬉しそうだ。加津は、寺の裏山の一画を手入れしている。少しでも畑をつくり、何かあっても自分の食い扶持を賄えるほうが、ということらしい。

「ええと……ゆきが、山のあちらは近付かないよう言うのやけど」

「ああ、あっちは墓だからなあ。身寄りのないものたちを、弔ってる」

「そうなのね……」

「加津、お前はほんに怪しいもんは見えんのやな…まあそのほうがええけどな」

 草太などはかなり離れたところにいても、そちらを見ようともしない。怨霊となった死人たちの念が渦巻いているのを感じずに済むのは、なんとも幸せだと吉定は苦笑した。


「ところで、ゆきは何を?」

 複数人の声が聞こえるので、いるのだろうと吉定は首を回す。声がするのは庭のほうだ。

 賑やかなのは、読み書きを教わりに来ている子供らの声。

「ひい、ふう、みい!」

 ゆきを筆頭に、みんな数をかぞえながら手足を突きだし、長い枝を振り回している。表情は真剣そのものであり、呆気にとられている吉定に気付いた子供が、にこにこしながら駆け寄ってきた。

「吉定先生! いま、ゆき先生から剣術を習ってるんです!」

「すごいんですよ! ばったばったと!」

 ゆきは、困ったように笑いながら吉定に挨拶した。

「ばったばったと……別に本当になにか切ってるわけじゃないですからね?」

 そういうゆきの手には、木剣ほどの太い枝があり、護符が貼られている。どうやらまじないを掛けて的に見立てているようだ。暗くなる前に、と子供らを帰したあと、所用で出掛けていた和尚と草太が帰ってきた。全員で夕餉を囲み、話に花が咲く。

「ゆき? お前子供に教えられるくらい、剣術ができるようになったのか」

 吉定は感心したように言った。

「はい……次郎様に教わって私も少し覚えたので、庭で素振りをしていたら子供たちが」

 教えて! と集まってきた様子は容易に想像でき、吉定も笑った。

「俺も知り合いの武士に昔習ったことはあるが、ゆきはなかなか筋が良さそうだの。草太はとんとだめだからなあ」

「えっ、吉定さまも剣術嗜まれてるんですか?」

 意外だと驚いたゆきに、加津が言う。

「これがね、上手いんやわ。この見た目と剣の腕前で、ほんとに戦へ出ないかと誘われてたり」

 からかうような口調に、吉定は笑うしかない。

「陰陽師で食えんようになったら、武士になるか」

「あら、稼ぎが良いならそれも良いかもしれませんねえ」

 金か……と切ない顔をする吉定に、ゆきは大笑いした。そこに、草太が真底嫌そうな顔をする。

「母上。父上をいじめるのはやめたほうが」

 はっはっは、と和尚が笑い、そのまま夕餉はおしまいとなり、みなそれぞれの部屋へ戻った。

「吉定さまって、多才ですよねえ」

 ゆきがしみじみと言う。いつもは食事のあと片付けをしているのだが、加津が交代でというので、ここしばらくは日替わりにしている。

 そのため草太も交えて三人で話す時間がそれなりに多く、各々が昼間見聞きしたことを伝えあうのが恒例になりつつある。


「次郎様も、本心は私よりも吉定さまに戦へついてきてほしいようです。戦局を読むのが巧そうだからと。剣術もできるならぴったりじゃないですか」

「戦局は、情報を集めたら誰でもある程度は読める。そこに天候や星の動きを合わせて先を読むのが陰陽師や」

「なおさら適職じゃないですか」

 まあな、と吉定は苦笑する。

「ご先祖はそれで取り立ててもろうたんやからな……だけど俺は、争いは嫌いなんだよ。まあそんなことも言っておれん世の中かもしれんが……」

 吉定は溜め息をつくが、確かに実際の戦の影響が市井の生活に出て来ており、気になるところだ。

「町はざわついています。反抗するものたちが現れてもおかしくないかと」

 草太が言った。

「生活が苦しくなってるってことですよね……」

 ゆきも頷く。

「税金もだが、農民や食えなくなった町人が金ほしくて戦に流れておるからなあ……食べる物を作る者も、売る者も少なくなる」

 吉定も同意した。寺に読み書きを習いに来る子供たちも減ってきている。それは親の手伝いや、親が不在の場合に人手として働くことが増えているからだ。

 身寄りのない子供は、親戚に引き取られて働かされている。屋敷から歩いて半刻ほどかかるこの寺は、喧騒から離れられる息抜きの場所でもある。ここに通うひますすら無くなったというのは、悲しいことだと吉定は感じた。


「ところで今日、町で小火があったのですが」

 草太が言い、和尚も頷く。

「私と草太さんは、町人の三男坊が戦で亡くなったということで、経をあげにいったんです。そうしたら長屋で煙が」

 長屋で火事が起きれば、たちまち燃え広がる。

 咄嗟に草太が式神を使役し、火を抑えることができたので、大事に至らなかったことを聞いて吉定とゆきは安堵した。

「ですが、どうやら放火らしく」

「放火?」

 長屋で放火とは、明らかに悪意あってのことだろう。吉定は顔に怒りをにじませた。

「昼間長屋にいるのは、職人や病人、子供だ。そのようなものの命を奪おうとする輩がいるなら、見逃すわけにはいかんな」

「私もそう思います。長屋にはこの寺に来る子供たちもいますが、その子たちにはなんの罪もないんですよ!」

 ゆきも息巻くが、まあまあと和尚がなだめた。

「子供を狙ったと決まったわけではない。ただ、物騒になってきたので、しばらく見回りをしてみようかと思います。草太さん、一緒にお願いしてよろしいでしょうか」

 草太は了承し、話はそこでお開きになった。



 加津と草太はそれぞれ一人ずつ部屋を借りており、客として逗留する吉定の部屋から近い。吉定がうとうとしかけた頃、草太がやってきた。

「なんや」

 吉定が欠伸をしながら体を起こすと、草太は障子を開けたまま正座をして、ややためらったのち口を開いた。

「どうにも読めなくて……」

 そう言って草太は星の動きを記した紙を取り出す。吉定はそれを見てふむ、と考える。

「混乱している時は人心が惑わされやすい。放火もそのせいかもしれん。戦に直接出向かん町人や農民まで心をささくれさせたら、この先の世の中はどうなるんかの……」

「私たちにできることは」

 草太の言葉に吉定は首をふる。

「俺らがいくら星を読み式神を使役しても、なるようにしかならん。そこをなんとかできるとしたら、人知を超えた力と強い意思だけやと思う」

 ただし、と吉定は続けた。

「利己的な考えは己に跳ね返ってくる。力というのは一方が強いだけでは均衡が取れず崩れるからな。俺ら力を持つ一家が、自分で天下を目指すんやなく帝に仕えるのは、舵取りの方法は知らんからや」

 みつは、豪族のもとでいいように使われた。仕える相手を間違えると身を滅ぼす、あるいは人生を狂わされるのもまた当然の流れだ。

「だが天に任せるのと、見てみぬふりは違う。俺らは手の届く範囲でできることをするだけやな」

 父親の言葉に草太は同意しつつも、納得はしていないようだった。争いやもののけを嫌がる以前の草太なら考えられない反応だ。皮肉だが、混乱する世の中が息子を成長させたのだろう。吉定はそう思いつつ、障子の隙間から、ちらと夜空を眺めた。

「そうやな……手の届く範囲でなんもせんのもなあ……」

 吉定は次の日、諦めたように次郎のもとへ出向いたのである。


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