ゆきのはなし10
ゆきは、二の方があまりに小柄で驚いたという。
「あんな細く背もあまり高くないのに、双子を生んだというのが不思議だったんですよねえ……」
「確かに……」
吉定は妻の加津が息子をみごもっている時を思い出した。加津は力仕事もこなす、女性にしては体力のあるほうだ。だがそんな加津も、赤子一人お腹に抱えているときは辛そうだった。ましてや小柄で若い女性にはどれだけ負担だろう。
「次郎様と兄弟なのはわかるんですけど、本当にこの人が私たちを生んだのかなあ……と。そしたら『姉上』と言うので」
「ん? みつ殿と戦ったときか?」
「違いますよ。最初に会ったとき。『あねうえ』って」
「……ああ?」
「『あっ、あねうえ』って、最後は聞き取りづらかったですけど」
口の形で読み取れたという。あれは慟哭ではなく、呼び掛けだったらしい。吉定がよくわかったなと感心すると、「真正面から見てたらわかりますよ」とゆきは言う。それでも正しく読み取れたのは、血縁だからなのかもしれない。
「それで……羽織は、みつ殿が用意したものだったと」
和尚が、二人が喋っている縁側に茶を運んできた。ああ、すみません! とゆきは慌てて受けとる。
「……祖母は、巫女だったとのことです。とある豪族の占者をしていて、そこで母と二の方様を身籠った」
「二の方様も双子だった……ということか」
和尚は驚いた。
「確かに双子が生まれやすい家系はあると聞いたことがあるが……」
こちらはゆきと次郎とは異なり、顔が似ている双子だったらしい。ゆきたちの祖母、みつはほどなくして目を覚まし、枕元で見守っていた次郎に全て話した。お伽噺のようで現実とは思えなかったのだが、と、次郎は困惑しながらも、屋敷に招いた吉定たちに、みつの言葉をあますところなく伝えてくれたのだ。
「娘ならどこかに嫁がせることができるが、やはり双子は不吉というので、一人は殺すか捨てるという話になりました。それが、同じ顔なので良い方を残すと主人が言い出し、数年たち、妹のほうがどうやら知恵が足りないのがわかり、姉を育てることにしたそうです。三つ四つほどになれば、殺すも捨てるも不憫だと誰かが口添えをしてくれたおかげで、妹は土蔵で誰にも知られぬよう育てられ、なんとか生きてきたそうです。そうして普通に育てられたほうの娘は、巫女……卑しい者の生んだ子というのは隠したまま、武家の側室として嫁がせることができました」
「それが次郎様とゆきの……母親」
ゆきは頷く。
姉娘は聡明だった。嫁ぎ先に、母であるみつの顔が知られていないことを逆手にとり、産婆ということにして側に置き、出産に備えた。だが生まれたのがまたしても双子。家のものに知れたら、片方は殺せと言われかねない。みつは羽織にまじないをかけて赤子をくるみ、寺に託す。
しかし娘は、双子を生んだために体に負担がかかり、産後まもなく、かえらぬ人となってしまった。それを知った実家では、武家との繋がりを切られては大変と、土蔵の妹を身代わりにすることにした。
悲嘆にくれたみつであったが、土蔵で育てていたもう一人の娘を日の光のもとで育てられる、と希望を持ち、承諾したのである。
「けれども知恵は足りないまま……なので、出産により生死の境をさ迷ったため子供のようになってしまった、と偽り、姉のふりをさせたと」
無垢な妹娘が、なにかの拍子に身代わりだと露呈し命を取られないよう、そのままずっとそばにいたのだという。二の方の足取りがおぼつかないのは、長らく土蔵に閉じ込められていたからだろう。
だがみつは、内心では怒りに満ちていた。
「亡くなった母上は、人目をしのんでは土蔵にいる妹のもとへ通い、親しくしていたそうです。市井の出来事を話したり、他愛ない会話をして、ささやかながらも姉妹の時間を楽しんでいました。それが、すべて奪われた」
吉定は続ける。
「身代わりにした妹娘を当主は労ってくれましたが、子供返りをしたあとは、近づくのすら避けるようになりました。立派に成長した孫も、権力に興味はない。双子というだけで疎まれ、命がけで男子を生んだ姉娘は亡くなり、妹娘もただ子供のように変わらぬ日々を送るだけで、幸せなのかわからない。そもそも自分と、自分の娘たち、孫が、なぜこんな不遇を受けなくてはならないのか。武家の跡取りを生み育てるのがそれほど偉いのか、と」
ならば武家ごと絶えてしまえばいい、と、みつは跡取りを亡きものにしようとした。
「噂をわざわざ流したのは、なんででしょうね。自然と病気になったふうにしたほうが、疑われることもないのに」
ゆきの言葉には和尚が答えた。
「病気なら養子を迎える話になるかもしれないが、お家騒動にならおとりつぶしだからかねえ。自分は心中するつもりでいたんだろうよ」
「む……それは勝手ですよ。子供のことを考えていない」
「考えてるよ、ただ間違っただけだ。そもそも何が正しいかは、誰にもわからない」
そう言いながら、孫の強さは信じていたのではないかと吉定は思った。次郎なら、混乱に紛れてどこかで上手く暮らしていける強さがある。そしてゆきも。
「でも次郎様を利用したのは、許せないなあ」
ゆきは頬を膨らませた。こちらはまぎれもなく実の兄弟なのだ。まあまあ、と吉定はなだめ、庭から空を眺める。
「ともかく、若様の容態が落ち着けば一段落だ。もう少ししたら、家に帰れるんかなあ……」
実家に残してきた妻子のことは、もちろん気になる。だがそう呟いて、ゆきが自分をじっとみているのに気付く。
「……一緒にいくか?」
ゆきの表情が、ぱっと明るくなった。
「いいんですか⁈」
「まあ、弟子だからな」
ぶんぶんと首を勢いよく縦に振るゆきを、和尚もほほえましく見ている。
「そうしてもらえたら、私も安心です。私のほうが先に彼岸へ行くでしょうけど、ゆきのことが心配で三途の川を渡れやしない」
「和尚……それはさすがに気が早すぎやしませんか?」
「いえいえ、昔から寺は権力を持ち、権力は寺を恐れる。そして権力者に寄り添わない寺は、権力に潰されてきました。私自身はどうなろうと構いませんが、預かった命を危険にさらすわけにはいかない」
「だがそれは……うちで預かっても同じでしょう」
吉定は頭をかく。
「そうです。だからこそ、好きな場所で過ごさせてあげたいと思うんですよ」
「大袈裟な……京はゆきにとって、縁もゆかりもない場所ですよ」
ああ、と和尚は言い直す。
「人の心が求める場所というのは、土地のことではないのですよ。ゆきにとってはそこがこの寺か京かというのは、問題ではないのです」
「……なんかわかったようなわからんような……」
困惑している吉定と笑う和尚を、ゆきは交互に見て、笑った。
若が息を引き取ったという知らせが姫からきたのは、その数日後であった。若の最期は、苦しまずに静かだったという。呪術により体力は奪われたのは遠因なれど、当主も奥方も次郎やみつを責めたり罰したりはしない。姫は気丈に葬儀を済ませ、今は静かに過ごしているが、おりをみて出家するらしい。
「若いので他に嫁いでも」
当主や周りのものがそう言っても、姫は頑としてきかない。短い間でも心を通わせた夫婦というのは、吉定たち周りから見てもわかるほどだったので、姫の胸中は、はかり知れぬほどの悲しみがあるのだろう。
そして必然的に次郎が次期当主になる。これに次郎自身も反発するかと思いきや、そうではなかった。
「兄上亡きあと、自分がこの地域をしっかりと守らねばならない」
わざわざ次郎はみつのもとへいき、これを直接伝えたらしい。
「それは……かなり反対されたのでは?」
ゆきは、葬儀が終わりやっと落ち着いた屋敷の縁側で、次郎と話している。
ゆきが問うと、次郎は笑った。
「いや。それならと、屋敷のものたちの間に流したお家騒動の噂は、再びみつがまじないをかけ、無かったことにしてくれた。兄はもとより病弱だったことになっている」
「へえええ……」
次郎は、感心したようなゆきの顔を見て笑う。
「そういう顔は、母上……いまの母上に似ているな。母上はずっと、子供のように無邪気で優しく、美しい」
幼い頃、駕籠に乗って次郎が母と町を散策したという話を、ゆきは思い出した。
「なあ、ゆき。母上は幸せだと思うか?」
「……はい」
ゆきの返事に、次郎も大きくうなずく。
「自分もそう思う。暗い土蔵から出て、亡き姉から聞いた町の珍しいものを楽しみながら、ただ笑顔で日々を過ごす。それだけで良いではないか」
ゆきは、ゆっくり頷いた。自分らを生んだ母が亡くなったのは、仕方ないことだ。そして身代わりは不幸ではない。
「それに、奥方様が」
次郎は少しためらったのち、話し始めた。
「母上が身代わりというのを知っていたそうなのだ。それを父上に伝え、父上もそれで母上をそっとしておいてくれたのだと」
「子供返りをしたから避けたのではなくて?」
ゆきも不思議だという顔をしたが、次郎は笑う。
「奥方様と亡き母上は、実は仲が良かったらしくてな……本や歌の話などを良くしていたとか。そこで子供返りから戻るかと思い、以前より好きな歌の話をしたら、笑顔で『姉から聞いた』と言ったそうだ。案外、亡き母も幸せだったのかもしれん……」
「そうかあ……」
聡明な姉娘は、粗野な豪族から教養のある武家へ嫁ぐことができて、それなりに楽しく過ごせていたのかもしれないのだ。そして、妹娘も、理解ある奥方の影ながらの助けにより、不自由なく過ごせていたに違いない。当主と奥方が二の方たちを責めないのは、そういう事情を知っているからもあるだろう。
次郎はすくっと立ち上がった。
「私は兄上のようになれんかもしれんが……そうも言っていられない。兄上の分まで長生きせねば……」
「そうですね……」
ゆきはふと、次郎と病床の若のやり取りを思い出した。若は次郎の胸ぐらを掴んでいたが、あれは怒りではなかった。
「次郎様、若様も自分の病の元をわかってらっしゃったのではないでしょうか」
すると次郎も頷く。
「俺も思う。だがそれなら何故、俺を手打ちにしなかったのか。知らぬとはいえ、兄を病気にさせたのは俺なのだから……」
次郎は悲しそうだ。
「それは……やはり次郎様を信頼していたからじゃないですか。そのようなことをする方ではないと……」
失礼ながら、とゆきは続ける。
「ですが、私心により次郎様を討たず、ただ自分の身が弱るままにしていた若は……次期ご当主としては優しすぎたのだと思います。若の最期は、若自身が選んだ結果。次郎様には関係ありません」
「そなたは何か……年齢のわりに達観しているな……」
次郎はしみじみと言い、ゆきの肩に手を置いた。
「ゆき、私の片腕に成ってくれないか。そなたがいれば心強い。もちろん私が不甲斐なければ、呪い殺してくれて構わない」
「えー……それはちょっと~」
ゆきは困惑したが、真面目な顔で次郎に向き合う。
「有り難いですが、私は吉定さまの弟子なんです。3年あまり沢山教授いただきましたが、まだ未熟ゆえ、今の時点では投げ出したくはないのです」
「そうか」
次郎は残念がったが、どこか嬉しそうだ。二人は互いの危機には助け合う約束をかわし、ゆきは屋敷をあとにした。
「すまん!」
京へは行かない、と決まり悪そうに言う吉定に、えっ? とゆきは目を丸くした。和尚も苦笑している。かくかくしかじか、と説明を受けたゆきは、なぜか可笑しそうだ。
「ええと……姫が出家するまで、心配だから守ってほしいってことですか?」
「うむ……」
京へ帰る、そしてゆきも連れていくと約束した手前、吉定はひたすら謝っているが、こればかりは仕方ない上、妻子とまた会えない吉定に和尚とゆきは同情した。
「もう、いっそ加津さんたちを呼んでしまえば良いんじゃないですか?」
「ああ……それは加津に言ってみたんだが、草太が最近やっと仕事をする気になったらしく、むこうを離れられないと」
知り合いの陰陽師のもとで修行をさせていたが、親から教わるより素直に聞くのでこのまましばらく続けさせたいという。陰陽師も昨今は仕事が減り、もとから術者は恐れ嫌悪される存在でもあったため、術者同士で潰しあうよりはちょっと知ってる仲なら助け合う風潮が出来ているのだ。
「なら、吉定さまだけここにいるんですね。大丈夫ですよ、吉定さまなら『教養ある浪人が寺で子供に読み書きを教えている』で十分通用しますから、寺でふらふらしてても怪しまれません」
「それは……褒められているんだろうか」
「褒めてます!」
和尚はくつくつと笑っている。
「うちは、いて頂く分には構いませんよ。子供たちも喜びます」
吉定は苦笑しながらも、和尚の厚意を受け、またしばらく寺で暮らすこととなった。しかし世の中は群雄割拠、税に苦しむ農民が歩兵として命を落とし、農家は人がいなくなり納めるものも減るという事態も起きている。
吉定は、これからますます大変になる時代に地域を預かる次郎の苦労を思い、安寧を神に祈った。
次回から、ユキとゆきの話です。宜しくお願いします。




