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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(2)
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ゆきのはなし⑨

「ふむふむ、皆元気にしております……あなたも体に気をつけて。加津は相変わらず素っ気ないなあ」

 久しぶりに寺へ戻った吉定は、和尚から手紙を受け取った。差出人は妻の加津である。


「草太も元気そうやな」

 二の方がゆきを見て取り乱し倒れたのは、やはり生き別れた子供だからだろうか。姫の侍女がかげろうに託した手紙には、二の方はほどなくして目覚め、しかも記憶がすっぽり抜け落ちていたと書いてあった。屋敷の中は、若も寝込んでいる上、二の方も倒れたとあっては、さぞ騒然としているかと思いきや、姫や次郎をのぞいてそれほどでも無いらしい。

「ご当主様は?」

ゆきが吉定のとなりで琵琶の手入れをしながら聞く。

「それはまあ……心配だろうが、医者を呼ぶくらいであとは何もできんだろうからな」

「正室の奥様は」

「それこそ、奥からは出てこないらしい。まあそんなものだろう」

「えー、息子に対してもですか?」


 そこで吉定は、話がやや食い違っていたことに気付いた。

「なんや、俺はてっきり、二の方様のことを言っていたかと……ゆきは若様のほうを心配してたのか」

「どちらが、っていうのは無いですけども、病気が重いのは若様じゃないですか。いよいよ呪術が効いてるのなら、早くなんとかしないと」


 吉定はうむ、と考えながら、手紙を笛の袋にしまう。そのときふと、木札の気配がいつもと違う気がして、そのまま袋から取り出した。

 顔の前にかざしてみるが、特に変わりはない。吉定はふとあることを思い付き、木札に護符を当てる。

「何してるんですか?」

「いや、ちょっと力を借りようと思ってな……さすがに本体は危ないから、護符を寄り代にいくらか力を移して持っていけたら良いんだが」

「……ふうん」

「無理そうだな……さすがに何代にも渡って眠ってたら、そう簡単には起きんかのう」


 吉定は困ったように頭をかく。ゆきは木札の上の護符に手を添えた。

「お願いします……」

何も起きない。

「うーん、だめですかねえ」


そこに和尚がやってきた。

「ああ、起きませんか、吉定さんの守り神は。まだ寝足りないんですかねえ」

「どうやらそのようです。昔は先祖と一緒に帝をお守りしたくらい頼りになる化け猫だったみたいですが」

「化け猫ですか……おや、ちょうどいい」

 和尚が言うなり、足元を小さなものが駆けていった。「わわわ!」とゆきは声をあげて飛び上がる。その先にいたのは、鼠である。

「最近たまに出てくるので、大事な経文がかじられないよう見張るのが大変なんですよ。どうですかね、刺激されて起きたりは」


ふむ、と吉定は床に木札をそろそろと置いた。

「なんかこう……神様に鼠退治させるっていうのも……」

 吉定が微妙な顔をしていると、ささっと再び鼠が走る。

「ああ! また!」

 ゆきは鼠が苦手なんですよねえ、と和尚は呑気だ。しかし木札はうんともすんとも言わない。代わりにゆきが、鼠を捕まえようと、式神の護符を手にした。

「この……待て!」

鼠が走る。 


 ゆきは鼠が再び近くにきた時、護符を振り下ろした。猫の形の式神が護符から現れ、そのまま鼠を押さえつける。その下にあるのは、木札。

「……あ……」

 吉定が呆気に取られてるあいだ、鼠は猫の式神に取り押さえられたが、その瞬間、猫の全身を稲光が包んだ。

「えっ…なに?」

 きい! という小動物の声とともに光が消え、見ると鼠は気絶している。

 吉定はその尻尾を掴み、庭の植え込みの向こうへ放った。

「猫が……消えた。護符にも、いない……」

 護符の見た目に変化はないが、気配がないのだ。木札にも変わりはないが、こちらは若干の霊気が感じられた。

「おやおや、式神を吸収してしまった……ってことなんですかねえ。もしかしたら、式神を沢山食べさせたら目が覚めるってことでしょうか?」

和尚も驚いている。

「それならどれだけの式神を食わせなきゃならないのか……」

 式神も無尽蔵にいるわけでなく、使役する吉定の負担も大きい。長らく起きてない理由は、単に力が足りてないのかと納得したが、栄養補給のため式神を与えるというのは現実的ではない。


 吉定はひとまず木札から守り神を召還するのは諦め、新たなかげろうを監視に飛ばす。

「無事なら良いが……」

 吉定の呟きに、ゆきが「そうですね」と相槌を打つ。この時吉定の心に浮かんだのは、病床の若ではなく次郎と二の方のことであった。どう考えても次郎が首謀者とは思えない。そしてゆきは、いよいよ母とも対面したというのに、いつもとあまり変わらないように見える。

「ん?」

吉定は、ゆきが持ってきた包みを見た。

「それは……」

「羽織です」

 ゆきが寺に捨てられていたとき、おくるみ代わりになっていた羽織だ。ゆきはそれを広げて着る。

「あ、ちょうどいいですね」

「なんだ? ゆき、それを着ていくのか? 汚れるぞ」

「まあ汚れるのは……でもこれを着たほうが良いと思うんですよねえ」

吉定は首をかしげる。

「親子だとわかるようにか? 二の方様の様子だと、わざわざ着る必要もないと思うが」

「でも、呪いを解きたいので」

 ふむ、と吉定がわからないまま頷くと、ゆきは苦笑した。

「おそらく、そのときになったらわかりますよ」

そうしてゆきは羽織をたたみ、自室に戻っていった。


 若の容態はあまり良いとは言えず、姫は勿論、当主や奥方も頻繁に様子を見に行っているらしい。ただ、次郎が一度見舞ったきり、頑として近くに行かない。

「次郎、どうしたのですか。兄上のことは心配ではないのですか」

 自室にこもる次郎に、二の方は不思議そうな顔で話しかける。その表情は、子供を叱責する親ではなく、二の方本人が子供のようだ。

「母上……兄上は私を嫌っておられると思います」

「そんなことはないでしょう。さあ、お見舞いに行ったほうが兄上も喜びます。ねえ」

 二の方の言葉を受けて頷いたのは、側仕えの女、みつである。

「本当に……兄上にとっては私が呪いなのかもしれません。私は兄上に元気になって、次期当主としてまた政に精を出していただきたい……昨日はそれをお伝えしたいと伺ったのに、私の顔を見た途端に激しく咳き込み、鬼のような形相になり、会話もままならなくなりました。兄上は私を疎んじておられる。私がいないほうが良いなら、どこかよそへ婿でも養子でも出して頂きたい」

「次郎」

 二の方がやんわりと言う。

「あなたはここの子です」

「しかし…」

 反論しようとする次郎の言葉は、みつにさえぎられた。

「次郎様、見舞いにいかないなど、薄情な弟だなどと言われかねません。ささ、日が落ちる前に」

 言われても、命を脅かすよりは、と次郎が呟くのをみつがじっと見る。二の方はさっさと廊下を歩きだし、次郎もそれに続くしかない。

 気乗りしないまま次郎たちは若の部屋の前にきた。二の方は声をかけ、躊躇なく中に入る。広い部屋は薄暗く、行灯に照らされた若の顔にはすでに生気がなく、姫は侍女に支えられながら、必死に涙を堪えている。さあ、とみつに背中を押され、次郎が若の枕元近くに行くと、若が目を見開いた。

「兄上…!」

 次郎が咄嗟に体を寄せて若の手をとると、若は弱っていると思えぬほどの力で次郎の胸ぐらを掴んだ。

「じろう……」

 それは怒りではなく、兄が弟を心配する響きを含んでおり、次郎は「兄上?」と呼び掛けるが、あとはよく聞き取れない。姫は呆然と見ている。すると、庭のほうが何やら騒がしい。

「なんだ?」

 次郎が体勢を変えて声がする方を見ると、どかどかと庭へ入ってきたのは吉定と、件の羽織を着たゆきである。

「そなたたち……」

 二人は次郎親子に一礼をし顔をあげるが、ゆきは笠を被ったままだ。その笠に隠れるよう、かげろうが飛んでいる。

「若様が心配になり、強引に入らせていただきました。二の方様、次郎様の懸念どおり、若様は次郎様と対面した結果、さらに苦しまれております。そこまでして若様へ目通りをさせたのは、何故でしょう」

「それは」

 二の方がすぐ答える。

「兄弟だからです」

 まるで子供のような口調だと吉定は思った。読み書きを覚えたてで、ひたすらに復唱する子供のよう。


「……らちがあかんな」

 吉定はかげろうを飛ばした。かげろうが次郎と若の間に割って入ろうかというところで、 手を伸ばしたのは、みつである。かげろうはみつの手に払われ、霧散した。

「…みつ?」

 次郎が驚きの声をあげる。

「なるほど……」

 吉定は手のひらより少し大きい紙を取り出した。そこには何やら絵と文字が描いてある。低く、明瞭に呪文を唱えると、するすると紙から大きな影がうねりながら現れた。蛇は大人の胴回りほど太く、長さは三間はあろう。

「行け」

 吉定の言葉を受けて、蛇が鎌首をもたげた先にいるのは、みつである。陰陽師か、と、みつがしゃがれ声で呟きながら、庭に飛び降りる。さっと簪を抜くと、女性とは思えぬ身のこなしで、灯篭に足をかけ蛇の頭上に舞うと、そのまま目を突こうとした。ああっ…と、姫が叫ぶ。蛇はするりとみつの攻撃を避け、反撃する。するとみつは懐から白い紙を取り出しなにやら唱えた。何も書かれてないはずの紙から現れたのは、鷲だ。

「何?」

 吉定は驚きの声をあげるが、みつは自分の式神へ低く命じる。

「……引き裂け!」

 みつの声に従うように、鷲はそのまま鋭い鉤爪を蛇に向ける。蛇と鷲の攻防は一部のものにしか見えないが、晴れた夜のはずなのに時折雷のようなものが光り、重苦しい空気の中、恐怖を感じた従者たちは悲鳴をあげて逃げていった。


 式神二体の力は拮抗しており、次郎も固唾を呑んで見守っていたが、胸ぐらを掴んでいた若の手が、不意に次郎の袂にするりとはいった。

「兄上? なにを?」

 次郎が見ると、若の手に握られているのは懐紙である。それを見た吉定は、若に駆け寄り懐紙を見るが、何も書かれていない。そこで取り上げようと触れると、紙は青白い炎を放った。

「熱っ……!」

 いつぞやかげろうが返り討ちにあった時と同じである。吉定は咄嗟に懐紙から手を放したが、実際は燃えておらず、それを握ったままの若はゆらりと立ち上がった。すでに息をするのもやっとのはずだが、糸に操られているかのように、若はゆらゆらと庭に降り、みつに歩み寄っていった。立ち上がろうとする吉定と、駆け寄るゆきを、数羽の鳥が囲む。動けない吉定を一瞥し、みつは若に視線を向けた。

「なんと……胆力のあるかたよ。あなた様に直接恨みは無かった……しかし……申し訳ありませぬ」


 みつはそう言うと、懐紙を若の手ごと持ち上げ、その胸に押し付けなにか唱える。

「兄上……」

 若の顔から血の気がひき、すでに生死の境にいるのは傍目にも明らかだった。次郎も見えぬ力に押さえられ動けず、座ったままだ。

(ここで……)

 吉定は唇を噛み、どうにか呪縛を解こうとしたが、術者としてはみつのほうが上らしい。諦めきれずに顔を上げた吉定は、宙を舞うゆきの姿を捉えた。

「……呪縛を解いたのか⁈」

 笠を取り、羽織を翻しながら、ゆきは蛇を踏み台にして一気に間合いを詰め、そのまま空中で一回転すると若の背後に降り立った。みつが、一瞬何が起きたかわからず動きを止めている間に、素早く若の手にある懐紙を握ると、式神の護符を重ね、呪文を唱えた。

「!」

 懐紙と護符が、反発するように勢いよく離れ、みつも衝撃を受けたように弾け飛んだ。唸りながらよろよろと立ち上がろうとするみつを、ゆきは召還した四つ足の式神で押さえ込む。

「呪詛返し……か……」

 みつは呻きながらゆきを見た。ゆきは、みつと、そして二の方を見る。二の方は目の前で起きている出来事を放心したように眺めていたが、ゆきと目があうと一言発した。

「あねうえ、どうしてここに?」

 ゆきは首を振り、答える。

「私は姉上ではありません。あなたの甥ですよ、二の方様」

 甥? と吉定と姫がほぼ同時に声を発する。次郎は黙ったままだ。

「そうか……その羽織……ずっとお前を守ってたのだな……」

 みつはそう言うと苦しそうにせき込み、意識を失った。同時に鷲も消え、呪縛が解けた吉定はみつを、次郎は若をそれぞれ支え、生きていることを確認する。


 二の方はみつが倒れたのを見て、悲鳴を上げて倒れてしまったが、こちらは姫と侍女が介助した。吉定は深呼吸してのち、ゆきの方を見る。

「ゆき……さきほど言ったことは……本当か?」

 はい、とゆきは答える。

「二の方様は、私たちの母親の妹なのでしょう。そして、そちらの……みつ殿は、祖母にあたる」

「祖母……? みつは、私が生まれるときの産婆と聞いていたが。母上が産後病に伏せ、子供返りをしてしまったので、そのまま身の回りの世話をするため家にいると」

「子供返り……もとからああではないということなのですね、建前は……」

 ゆきは少し悲しそうな顔をし、次郎は改めてみつを見た。

「ゆきとやら、そなたはなぜ、みつが祖母だとわかった?」

「呪詛が効かないからですよ」

「呪詛?」

 ああ、と吉定は得心した。

「あの懐紙が呪符だ。普通は持っているものにも負の影響を与えかねないが、自分の血縁ならそれは無い」

「そうですね、術者の分身みたいなものですから……」

 懐紙、と次郎は呟く。

「いつも母上が持たせてくれた懐紙……あれが呪符?」

「はい。見たほうが早いですね……ちょっと失礼します」

 ゆきは懐紙を拾うと部屋に入り、行灯の火を取り出す。その上に懐紙を燃えないようにかざすと、焦げた匂いとともに文字が浮かびあがった。ものものしい呪詛の言葉は、相手の生気を吸いとるものであるという。

「きっと周りに知られないよう、こうやって呪術を行ってきたのだと思います。呪文に……例えば、次郎様が若様に呼び掛けるときの言葉を組み込んでおけば、会話のたびに若様は呪術を受けることになる」

「なるほど……」

 二人の会話を聞いていた次郎が、では、と呟いた。

「本当に私が……兄上を殺すところだったのだな……」

 若を抱えながら嗚咽を漏らす次郎に、吉定はどう声をかけたら良いかと思っていると、姫が庭へおりてきた。


「次郎殿」

 優しく声をかけられ、次郎は顔をあげる。

「次郎殿のせいではありません。みつ……お祖母様のことも……それよりも、これからできることを考えるべきです」

 次郎は、しばし姫を見つめ、次いで、ゆきを見た。

ゆきが、ふふっと笑うと、つられたように次郎も笑う。こうして夜半の対決は、やっと終結したのだった。


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