第2話 その3
結果から言うと、京美人はやはり美人だったが、靖成ののらりくらりとした反応はお気に召さなかったようである。
はんなりって、気が強いって意味だっけ?と靖成が考えを巡らせているうちに見合いはお開きになり、一応形式上は「細かい話は後日」となったのだが、何故見込みが無いことがわかるかと言うと、ユキちゃんが教えてくれたから。
「靖成、ダメだわこれ」
オーラゼロ?と聞いたら「グレー」という答えが返ってきた(そこは灰色とは言わないらしい)。
佐々木家で夕飯を頂いたあと、二週連続日帰りもねえ、と、佐々木さんが見合いをしたホテルに部屋をとってくれたので、靖成は有り難くそれに甘えて、来たときと同じヨレたTシャツとGパン、雪駄で、1階ロビー横のバーでコーヒーを飲んでいた。22時近くになり、バーはすでに閉店準備に入っている。
「俺は別に今回は残念ですがって返事でも構わないけどさ、佐々木さんがちょっと怖い」
「だな。さっちゃん達は、なんて?」
ちなみに靖成の両親からは、見合いが終わった直後に「ダメだったんだって?」と書かれた紙飛行機便が来た。佐々木さんに一任していたとのことだが、それなりに気には掛けていたようだ。母聡子の字(筆ペン)で「やっくんファイト!」とある。
「ファイトもなにも…」
がんばる気はないんだけど…と独りごちていると、靖成を呼ぶ声がした。振り向くと、こちらもお祓い効果か見合いのせいか怪しいオーラは消えているが、カジュアルなワンピース姿も可愛い賀奈枝である。ひそひそと同行の友人達に話をし、一人で靖成に近づいてきた。
あー、またこれ微妙なやつ、と靖成は眉をひそめる。案の定、友人たちが「ねえ誰?」とか「会社の人?年上?」とか「見合い断られたらしいよ」とか話しているのが丸聞こえだ。誰か見ていたらしい。単純に恥ずかしい。
「こんばんは…こちらにお泊まりですか?」
平静を保とうとした結果、従業員のような聞き方になってしまった靖成だが、ホテルマンは雪駄は履かない。賀奈枝は二次会、三次会までいたのか、いくらか酔っているようで、そうなんです、と話す早さがいつもよりゆるい。可愛い。京美人からちくちくと圧力を受けたあとだからか、余計に可愛い、と靖成は思ったが黙っておく。
「結婚式出席者枠で、友人が手配してくれました…せっかくなので、明日は少し観光してから東京に帰ろうと思ってます」
「へー」
あっという間に会話が終わってしまった。
靖成は横に立つ賀奈枝を意識的に見ないようにし、コーヒーをすするが、ユキはじれったそうにふよふよと二人を見ている。そこで、(聞こえないが)ぽん、と手を打った。
「靖成、明日さ。俺観光したいんだけどー。案内頼むな」
「案内?」
半ば棒読みなユキの声に、靖成は条件反射で返事をしてしまった。あっ、と隣を見ると、賀奈枝が、えっ良いんですか!うわー助かります、じゃあ○時にロビーで、など一気に話を終わらせたところだった。ほわほわとピンクのオーラを漂わせながら、ロビーへ向かっている。
うーん、とソファーに背を預け、靖成は眉間に皺を寄せた。
「ユキちゃん、策士だね…」
「わざわざ京都まできたなら、さっちゃんに土産話くらいは持って帰ってあげたいからさあ」
ユキは、そしらぬ顔で賀奈枝が去った方を見ている。エレベーターは、ちゃんと自分の部屋がある階で降りられただろうか、など、思わず考えている自分に靖成はやや困惑した。
ベタだが、これも二次会マジックというやつだろうか?
::::::
夜、靖成は夢を見た。
ユキがにこにこしながら、自分を見下ろしている。靖成は、仰向けで手足をばたばたさせており、その無邪気な仕草をしている手は小さく、紅葉のような手とはよく言ったものだと思う。
まだ据わらない首を横に向けると、母の顔が見えた。母はユキを見て、寂しそうに笑っていた。
「靖成!起きろ!朝ッ!!」
子供のように大の字で寝ている靖成に、ユキは布団の上から勢いよくダイブした。う、をっ…と蛙が潰れたような声を出した靖成は、そのまま少し動かなくなる。
「どうした?」
ユキは体を起こしたが、靖成は悶絶し、目を固く閉じたまま呻く。
「…ユキちゃん…それ…だめ…やばいから…まじで」
とにかく起きろよ、とユキはポットからお茶を入れる準備を始めた。外は晴天。暑そうだ。
しばらくして、やっと布団から這い出した靖成は、はだけた浴衣の前はそのまま、シャワーに向かう。
「朝食はバイキングだってよ」
うい、と靖成は力なく返事をしたが、ユキはご機嫌で鼻歌を歌い出した。ああ、夢を見たのはこれのせいか、と、靖成はバスルームで、かすかに聞こえるユキの声に耳を傾けた。
:::::::
のんびり向かった朝食のバイキング会場に、賀奈枝はいなかった。
「女の子は準備に時間がかるから、早く食べたんじゃね?」
待ち合わせは、チェックアウト後、ロビーに10時。靖成は詳細を聞き逃していたのでユキが教えてくれたのだ。
「橋口さん酔ってたから、覚えてないんじゃないの?」
自分でトーストしたパンに、ジャムをたっぷりつけて頬張りながら靖成は言う。スクランブルエッグ、ウインナーを取ったあと、ユキにサラダもたっぷり盛られてしまったので、朝からボリューミーな量になったが、靖成は新聞を見ながらマイペースに食べている。
「大丈夫大丈夫。待ち合わせにいなかったら俺が呼びにいく」
正面に座りながら(他の客には見えないが)明るく言うユキに、靖成は嫌そうな顔をした。
「それ霊障になるんじゃないの?橋口さん怖がりだから、変なことしないでね」
「靖成が祓ってやればいいだろ?専属で」
えー、と言いながら、靖成も食べ終わった。完食だ。良く食べ良く寝てすくすく育った靖成は、長身のためいつからか癖になった猫背の姿勢のまま、立ち上がる。
「夏は色々増えるからな、気をつけろよ」
はいはい、と言いながらも靖成は蚊を追うように手で雑多な影を祓った。やたらに感じない靖成でも、満員電車や観光地ではそれなりだ。
朝食会場から出て、だから人が多いところは嫌なんだよなあ、と思いながらも、さてどこがいいか、と考えてる自分がちょっと受かれているようで恥ずかしい。なんか気持ち悪い。そこで、今更気づいた。
「ユキちゃん、これはデートじゃないよな?」
「デートだろ。何いってんだよ」
うわっ、と廊下に思わずしゃがみこんだ靖成をよそに、ユキは鼻歌を歌いながらさっさと客室へ戻っていった。




