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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(2)
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ゆきのはなし⑦

 その後も吉定とゆきは屋敷へ通った。近頃は雨も少なくなり、暑さも増してきている。

 ゆきは存外立ち直りが早く、「まずは吉定さまの任務を最優先に」と、姫には口止めしつつも同情を誘い、「哀れに思うならば、せめて芸人としての仕事を全うさせてほしい」と、屋敷通いを続けられるよう若や当主へ口添えをしてもらった。

 姫の気紛れるならと若も喜んでおり、実際姫は元気になっているようだ。若はというと、当主や次郎と一緒に外出することが多く、あまり屋敷にいない。


「若様、何してるんでしょうね。姫の話だと、若様は以前より具合がすぐれないらしいですが、大丈夫でしょうか」

ゆきが屋敷からの帰り道に心配そうに言う。

「各地で戦が増えてるからなあ……ここみたいに小さい領地を治める当主は、より権力のある武士へ胡麻をすったり、なかなか忙しいとは思うぞ」

「戦になったら吉定さまは京に戻るんですか?」

「どうだろうなあ。まずはこの仕事を終わらせないとな。しかしどこかに呪いの札なり呪物なりがあると思うんだが、一向にわからん」

「わかりやすい物ではなく、もっと形が無いようなものとか……香に毒を混ぜて焚いた例もありますが」

「香なら匂いでわかるだろうが、そのような気配はさっぱりだな」

 吉定はうなる。

 宿代は姫の厚意で賄えているが、寺で子どもに読み書きを教えるのも休んでいるのが気掛かりだ。変な勘繰りをされないよう、様子見がてら寺へ戻ると、和尚が出迎えてくれた。


「細工師の息子が」

 くつくつと和尚が笑う。

「用心棒の先生は、京にいる奥さんのご機嫌とりに帰郷したのかもと周りの子に言っておりましてな。せっかくなので、ゆきも一緒に行ったと付け加えておきました」

「用心棒? 吉定さまが? いつの間に?」

 ゆきの問いに吉定は「なった覚えはないぞ」と短く答えたが、そう言えば子どもらには、自分の職をはっきりと伝えていないと思い当たる。

「弁慶といい用心棒といい、つくづく俺は見た目が本業とかけ離れているらしい」

 苦笑しながら言う吉定だが、和尚は真顔だ。

「結構なことではありませんか。敵をだますにはまず味方から。陰陽師が騒ぎを起こしたとしても、それが寺の用心棒であるはずがないと、吉定さんの身も守ってくれるかもしれません」


 寺も権力者の争いに巻き込まれやすく、敗者に関係するものは一族郎党皆殺しとなった寺もある。和尚の言葉に、吉定もなるほどと頷いた。

「ではひとまず、寺へ来る子どもらのことは心配無用ということだな。して、和尚。ゆきのことだが……」

 寺へ戻り、吉定はゆきの出自が武家である可能性を和尚に伝えると、案の定和尚は最初驚いたものの、すぐに納得したような顔をした。

「屋敷にゆかりのある方かも……とは少なからず思っておりましたが、いやはや」

「確証はないが、ゆきを危険にさらさぬためにも、今は二の方様へ無理な接触はせずに、呪いを解く方法を考えねばならないのだが……」

 吉定が屋敷に出向いた際、式神を飛ばしても、屋敷内に怪しい気配はないのだ。しかし呪いは確実に若の体調を蝕んでいる。

「若様の武具になにか仕込んであるとか……」

「それは従者がすでに調べているらしいが、何も出て来ないらしい」

 むう、とゆきは口をとがらせる。

 結局その日は具体案は出ず、二人はまた寺から離れた木賃宿へ戻った。



 二人は翌日屋敷へ行く日ではなかったので、往来で芸を披露することにした。屋敷以外ではまだ数回しか芸をしていないが、ゆきはすっかり見目麗しい旅芸人になりきっており、すでに贔屓にしてくれている者もいて、思いがけない投げ銭をくれた。

「吉定さま、お金稼ぐって楽しいですね」

 ゆきは今日は化粧をしており、観客へその美しい笑顔を振り撒く。もともと華のある容姿で楽器も達者だが、場数を踏んで自信がつくと、さらに目立ちようになった。


 吉定は小さな式神を使役し、楽器のような音色をいくつか奏でさせる。

 通りがかりの子どもたちが、歌に合わせて一緒に踊り、ますます賑やかになった時、人垣の向こうがざわついた。


「なんだ?」

 吉定は笛を吹くのを止め、町人たちがよけた道の先を見る。どうやら駕籠が通るらしい。

「駕籠とは……屋敷の誰かやもしれんな」

 二人は笠を深くかぶり直し、顔を隠しながら駕籠に礼をした。すると駕籠は二人の前で止まり、御簾を勢いよく開けて声を掛けてきた。

「最近屋敷に来ているというのは、そなたたちか?」

 溌剌とした声は、まだ少年らしさと若干の低さを兼ね備えており、よく通る。太い眉とやや高い頬骨、髪は撫で付けず無造作に束ねてある。筋肉質でゆきより大柄だが、笑顔はまだ十五のあどけなさがある。

「次郎様!」

 従者が慌てて、駕籠から降りる次郎と吉定たちの間に割って入る。急襲を恐れてのことだろう。だが次郎はそんなことを気にする様子はない。

「……これはこれは、お初にお目にかかります。しがない旅芸人でございますが、過分なお引き立てにより最近お屋敷に上がらせて頂いてます」

 吉定は、あえてゆきのほうを見ずに言ったが、ゆきが、固唾を飲んだのがわかる。どちらが兄か弟かはわからないが、同じ血を分けた双子かもしれないのだ。

「そなたたちは、親子か?」

 次郎はゆきの顔がよく見えないのか、駕籠から降りようとしてきた。ゆきはそこで、すっと前に出て笠を上げた。

「化粧をしておるが、そなたは男か。ふむ……」

 吉定は次郎の言葉を待った。姫の見立てが正しいなら、次郎もゆきのことを母に似ていると評するだろう。

「なかなかの美男子だのう……」

 次郎の言葉は、それきりだった。しかし、何か奇妙な間ができている。


 次郎の反応に、従者が不審に思い割って入ろうとした。吉定もやり取りを切り上げるため、ゆきに挨拶を促す。すると、ゆきは動かない。

「もったいないお言葉……」

 ゆきは、次郎を見据えて静かに笑った。吉定は、ゆきがこのような不敵な笑みを浮かべるのを初めて見たので、驚き、場をおさめようとする。だが次郎も、ゆきを見つめ返した。

「そなた、見掛けによらず大層度胸がありそうな。芸人ではなく俺の家臣にならんか」

 野心のないという次郎にしては、好戦的な物言いだ。二人が目を合わせているあたりは空気が緊張していたが、先にゆきがそれを破った。

「ご冗談を。しがない芸人に、屋敷勤めは無理でごさいます。なぐさみに、今度次郎様の前でも芸をお見せいたしましょう」

 ゆきは、女とみまちがうような笑顔を次郎に向けた。一瞬呆気にとられた次郎だが、すぐに豪快に笑う。

「それは良いな。兄上や、兄嫁様だけに見せるのは勿体無い。次に屋敷へ来るときは、俺にも声をかけよ」

 次郎はそのまま、行くぞ、と大股で駕籠に乗り込み、去っていった。


 御簾を整えて去っていく駕籠を見送りながら、吉定は次郎とゆきの風貌を頭の中で重ねてみる。快活なところは聞いた通りだ。どこか庶民的な親しみやすさもある。だが風貌はまるで似ていない。吉定にはこの二人が双子というのは、信じられなかった。

「吉定さま」

 ゆきに声をかけられ、吉定は慌てて笛を再開する。ゆきはというと、すでに次郎の去ったほうは見ていない。

 通る人々は入れ替わり立ち替わり、ゆきの歌に合わせて踊っていて、昼まで往来はずっと賑やかであった。



 宿で着替えて再び昼餉のために町へ出た二人は、通りがかった店で、それとなく次郎について聞いてみる。当主についてあちこち出かけることが多いが、小さい頃は二の方と一緒に駕籠に乗り、よく町を散策していたらしい。

「二の方様の性格が、親しみやすいっていうか。売り物を興味深そうに見てるから差し上げたら、年若の娘みたいに喜んでくれてさ。育ちの良い方だから庶民のものが珍しいのかもねえ。母君様がそんなだからか、次郎様も気軽に話し掛けてくださる方で」

 小間物屋の婦人はそう話していた。どうやら次郎親子は、町人からの評判も良いらしい。

「ふむ……」

吉定は飯を口に運びながら、考える。

「そんな女性が、果たして当主の息子を呪ったりするもんかのう……」

「どぉでふかねぇ」

 はふはふと口を動かしながらゆきが答える。暑くなってきたので、汁物をすすったゆきの額からは汗が流れている。それでも勢いこんで食べる様子は、子供のようだ。

「なあ、どうだった?」

「なにがでふ?」

 ゆきはまだ熱そうにしている。

「姫の言うとおり、俺から見たら二人はまるで似とらん。だが兄弟というなら会った瞬間に何か通じるものがあったりするのかのう……」

 吉定は一人っ子だ。子供も一人なので兄弟というものが、わからない。ゆきはこともなげに答えた。

「あの方は」

 ごくん、とゆきは茶を飲んだ。

「私の兄弟に間違いないと思います」

 どっちが兄なのかなあ~、などと、ゆきはひとりごちている。そう言う表情は、いつも通り世の無情もまるごと冷静に見据えるときと同じで、感傷はない。

「はあああ?」

反対に吉定は驚いた声を出した。

「しぃ、しずかにしてくださいよ。目立っちゃうじゃないですか?」

「いやだが、たしかに、似てないぞ? あっちは、こう……がしっ、どしっとしていて」

「そこなんですよねえ……」

 うーん、とゆきは首を傾げる。

「似てる似てないというなら、似てないと思います。ただ、似ているんですよねえ……」

「なんだその禅問答のようなのは」

「うーん、まあ…あちらも何か思うところがあると思いますよ。吉定さま、やっぱり呪いを解くために直接次郎様にお願いしちゃだめですかね? 案外物わかりがいい方のような気がします!」

 ふう、と吉定はため息をついた。

「その……落ち込んでいたではないか。もう大丈夫なのか」

 邪魔者扱いされ、殺されるかもしれぬから身元は明かせない、と話したときのことである。

「ああ……確かにあのときは悲しくなかったといえば嘘になりますけど……」

 ゆきは再び茶をすする。

「もし私が捨てられずに二の方様の子供として育てられても、結局は政治の駒にされるんでしょう? 有意義な使命なら喜んで従いますが、傀儡として生きるのは真っ平御免です。それなら和尚さまや吉定さまたちと、日々倹しく過ごした方がいい」

 ゆきは喋る終わると、綺麗な仕草でご馳走さまと手を合わせた。吉定は呆気にとられ、少し間をおいて「ああ!」と膝を打った。


「なるほど……そういうところか…確かに似ているな……」

「……あっ……!」

 ゆきは吉定に言われて初めて気づいたらしく、目を丸くして、次に笑った。


「やだなあ、性格はそっくりってことですかね」

「だなあ」

 ははは、と二人は笑う。

 権力におもねることなく気ままに生きたいという考え方は、伝え聞いた次郎の性格によく似ている。ゆきが外見の印象とは異なり、頑固とも言える強さを持っているのは、次郎の気性を考えれば納得かもしれない。

「ならば……ゆきの言うとおり、次郎様と直接お話するのは有りかもしれんなあ。次郎様本人が呪術に関わっているとは思えんし」

「そうですよ、自分ならそんな面倒ごとの片棒なんて担ぎません。そもそも成るようにしかならないんですし」

「なんかこう……ゆきはそういうところは寺の子っぽいな。では」

 吉定とゆきは宿に戻ると、次に屋敷へ行った際に次郎へも目通りを願いたい、と侍女へ言付けを飛ばした。しばらくしてかげろうが持ってきた返事には、驚いたと書かれていたが、次郎に会うのは問題ないと言う。


「なんだか、わくわくしますね」

ゆきは寝床から天井を見上げ、笑顔でいる。吉定は笛を取り出し手入れを始めた。

 包みには、妻・加津へ買った髪飾りも入っている。

(草太はまだ、ごねてるんやろうか)

 息子の草太は陰陽師になりたくないと言っている。加津は、家業を廃することのないよう腐心しているが、実は吉定自身もそれほど陰陽師に思い入れがあるわけではない。自由に仕事を選べたら、自分は何をしただろうかなどとはたまに考えるが、かといって選択肢はそう多くない。

(やっぱり学者やろうなあ……学問するのも、教えるのも好きやし、教えた子らが育っていくのは見ていて気持ちがいい)

 次郎は、どのような将来を望んでいるだろうか。そして若や姫も、本当は二人でひっそりと暮らしたいのかもしれない。

(どのような人生を送るにしろ、命あってのものやしなぁ)

 ゆきはいつの間にか寝息を立てている。吉定は笛を磨きあげると、丁寧に包み、静かに横になった。



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