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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(2)
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ゆきのはなし⑤

 願然和尚の寺は、町人たちが住まう家並みの奥にある。低い、だが広い山を裏に所有し、川からの支流も流れるので、簡単な作物なら敷地内で賄えるほどだが、それだけでは寺は成り立たない。

 墓代として寄付を募れば、と吉定も言ったことがあるが、和尚は「暮らしを締め付けるやもしれぬことをするくらいなら、寺もろとも朽ちるも本望」と、町人から余計な搾取をしないのだ。

「まあ、こんな世の中ですからね。税金も増え、手元に残るものはそんなにありません。あ、陰陽師は戦がある世の中のほうが、儲かるっていうのは本当ですか? あちらこちらで権力者たちが呪術の依頼をしてくるとかで」

 あけすけなく言うゆきを、吉定はじっと見る。

「お前はまた、どこでそういう話を聞いてくるのだ。和尚の蔵書か?」

「違いますよ。大道芸人が歌っているのを聞いたんです。武家の色男を、捨てられた女御が呪い殺そうとしているので陰陽師に退治させた、って。ひどいですよね、捨てたのは男のほうなのに」

「ゆきは……男女の色恋ものが本当に好きなんだな……いやしかし、男女の仲は結局本人同士にしかわからぬ。だからこちらが助けた方が、実は悪者であることも多いのだ。やるせないことよ」

 吉定の仕事は、帝や権力者の身辺を守ることだが、本業は暦を読んで政治への助言をすることだ。

 過去の出来事と今の空の動きをみて、世の流れを知る。吉定が操る異形のものたちは、流れを乱したり、また乱れを正す助けをしてくれる。しかし使役するものに善悪は委ねられるので、力を持つものが悪者だとしても、命を聞く式神たちは関係なく相手を攻撃する。

「ここの領主も、もっともらしい理由をつけて、よその領地に攻め行っているが、相手からしたらこちらは悪だ」

「随分危険な意見ですね」

「俺はもともとこの地の者じゃないからなあ。よそ者からしたらどっちが強いかどうかなんて、関係ない」

「そうかもしれませんけど……」

 ゆきは不服そうに頬を膨らませる。

「やむにやまれぬ事情というのが……」

「事情は双方にあろう。そしてそれはな、細々と暮らす町人や農民には到底わからないんだよ。さあ」

 行くか、と吉定はゆきの頭に手を置いた。


 ゆきは日のひかりを通す薄衣を縫いつけた笠と、女物の小袖を着ている。吉定は普段と変わらぬ小袖姿に、頭には手拭いを深めに被っており、顔はわかりづらい。

「吉定さまも、お顔を出したほうが女房たちの受けも良いでしょうに」

「そのあたりのお前の感性が俺にはわからんが……ともかく顔が知られたら俺は困る。姫の護衛に差し支える」

「まあ……そういうことにしておきましょう」

 ゆきはひとつ溜め息をつくと、長々と歩いてきた道を振り返った。寺のある山は、すでに見えない。目当ての屋敷は、商家のならびの、さらに先にある。そして目の前にあるのは、大きな酒屋だ。

「立派なもんよの……さて」

 吉定は歩きながら笛を吹き始めた。笛の音にあわせ式神が合いの手を打つので、二人しかいないはずなのに、お囃子はとても賑やかである。

 ゆきは琵琶を担いだまま、軽快に手拍子をして下駄を鳴らす。細身ながら力強く、しかも女物の着物を着ているゆきはとても目立ち、たちまち周りは見物客でいっぱいになった。

 時折立ち止まっては歌うゆきの声は、やはり皆の耳目を集める。艶っぽい詞を伴う歌は、女物を着たゆきが歌うと不思議な色気を醸し出した。

 しばらくすると、男と女の二人連れに声を掛けられた。雰囲気からして、夫婦ではない。

「何か御用で?」

 吉定が聞くと、やはり武家屋敷の下働きをしているという。しかも、吉定の「姫」がいる屋敷だ。どうやら町に使いに来たところ、見目麗しい芸人がいると聞き、呼べば姫たち夫婦の慰みになるかと思ったらしい。

 こうして吉定とゆきは、思惑通り目当ての屋敷へ、正面から招かれることになったのである。


「さあさ、ようこそ」

 梅雨の晴れ間の午後、吉定たちを笑顔で出迎えたのは、町で声を掛けてきた女中だ。ゆきのほうをねっとりと見る視線は無駄に媚びを含み、吉定の読み通り、主人のためと言いつつ自分らが楽しむために芸人を呼んだのがわかる。

「吉定さま……」

「我慢だ。いざとなったら式神を遣わす」

 ゆきの不安げな顔に、吉定は無表情で返す。ちなみに旅芸人らしく、夜は木賃宿を利用しそこから通うということにしている。

「そちらの若い人、女物を着てますけど男の人でしょう? まだ若いけれどなかなかの美男子ですわねえ」

 この女中は、ゆきが男というのはすぐに見抜いていたらしい。時折流し目をゆきに送りながら、廊下を奥へと案内する。するとじきに中庭へ出た。蓙の敷かれたところに座るよう促され、二人が言うとおりにするとすぐに若い夫婦が現れた。姫とその夫、次期当主だ。顔色は悪く生気がない。

「旅をしながら芸を披露していると聞いた。私は何度か見たことがあるが、姫は」

 そう言って若は少し後ろに控えている妻のほうを見た。吉定は姫と対面したことはないが、礼をし、そのまま頭を下げる。ゆきも倣い礼をしたが、ちらと顔を上げて同い年の姫を見た。

 ゆき、と吉定にたしなめられて慌てて目線を逸らすまで、ほんの一回またたきする間である。しかし姫もゆきを見つめており、しかも何か驚いたような表情をしていた。

「姫は、まだそなたたちのような芸人に会ったことがないらしい。この度は楽しみにしていた。さあ早速」

 若は、一瞬姫を見たがすぐに吉定たちに向き直り、ゆったりとした仕草で座った。姫も座ったのを見て、吉定はもう一度礼をする。

「では……」

 吉定は笛を取り出し、唇をあてた。細く、高い音が鳴る。長く響く音は次第に物悲しい音色に変わり、そこに琵琶の音が重なった。

 戦記ものだ。

 かつて栄華を極めたものたちの、悲しい物語である。琵琶と笛の調べにのせて、ゆきが節をつけて物語る。ゆきの声は時折力強さを増し、また憂いるように響いた。若と姫をはじめ、その場にいる者たちはじっと耳を傾けて、ゆきの歌に聞き入っていた。

 ほう、と感嘆の溜め息のあと、若が口を開く。

「これはこれは……とても良いものを聞かせてもらった。なあ」

 そう言って若が姫に話しかけると、姫は袖を目元にあてて、すすり泣きをしている。

「……どうしたのだ?」

驚いた若に、かすれた声で「感動して」とだけ言い、姫は笑顔を吉定たちに向けた。

「とても素晴らしい歌を聞かせてもらいました。しばらくはこちらに通うとのことで……明日も楽しみにしております」

 姫の声は、意外に低い。落ち着いた話ぶりはゆき同様、十五歳とは思えぬほどである。

 吉定とゆきは明日にまた屋敷へ来る約束をして、女中の案内で門に向かった。日銭を受けとってもたいした反応をしない吉定を見て、女中は訝しげな顔をしたが、ゆきが笑顔を見せるととたんに態度を変えた。

「ねえ、どこに泊まるの? 夕方に買い物に出るから寄っても良いかしら」

 媚びるような視線は、ゆきだけに向けられたものと思いきや、女中は吉定のほうもちらちらと見ている。節操ないのか、と吉定は胸のうちで呆れた。

「寄るというのは、宿に?」

「あ、勿論、迷惑でなければだけど」

 女中はさすがに恥じたそぶりを見せたが、買い物ついでにそこまで長く外出できるものだろうか。吉定はそう思いつつも内情を知れる機会ととらえ、偽名を使っていることもあり、宿を教えてみると、果たして女中は夕刻にやって来たのである。

「こんばんは」

 吉定たちはすでに軽く夕餉を済ませたところだ。

 会釈をしつつ探るように女中を見ると、苦笑いをしながら小声になった。

「実は、次期当主様夫婦は、体調が優れないのさ」

 知っている、とは言えず、吉定はさも初耳のように目を見開いてみせる。ゆきは動揺し顔を強張らせたが、女中の目には驚いた表情に見えたらしく、たたきから部屋にあがり、座るとそのまま話し続けた。

「私は若様たちについてるから、病気も治ってほしいんだけど……だからあんたたちを呼んだんだし」

 吉定が頷く。

「だけどね、良くない噂があって。どうやら次郎様の周りの者が、若様たちを呪ってるって話なのさ」

 次郎様というのは、側室が生んだ子だ。吉定が聞いた話と合致するが、女中にまで噂が広まっていることに吉定は驚いた。

「若様についてる私たちも、とばっちり受けたらたまったもんじゃないからね、時期をみて暇を貰おうと思ってたのよ……そしたらほら、あんたたちが来たからさ、一緒に旅をしてまわるのも良いかと思って」

 女中の言葉遣いが段々と崩れていくのを、吉定はなかば呆れて聞いていた。粗雑な喋り方は親しみを込めているわけでなく、単に地が出ているようだ。元から屋敷勤めが合わないたちなのだろうと、吉定は胸のうちで納得した。

 真面目な顔で女中の話を聞いているゆきをちらと見て、吉定は残念そうな口振りで女中に話す。

「しかし自分たちはまだ仕事がある。明日また屋敷に行かねばならんし、あいている時間には通りで日銭を稼がねば、また旅に出るときの路銀がない」

「あら、路銀の心配ならしなくて良いわ。もしお屋敷を出るときにはたんまり給金をくれるって二の方様が」

 二の方、つまり次期当主を呪っていると噂の側室が、辞めるなら金をくれるというのである。

 普通に考えれば口止め料だろう。そしてもし内情を漏らす可能性があれば、屋敷を出た時点で命の危険は無いが、暇を与えたとすれば女中が姿を消しても不思議ではない。だがそのことに頭が回るほど、女中は聡くないらしい。

「不憫な」

 吉定はついそう漏らした。

 無知ゆえに犠牲になるような者を減らすため、吉定は町の子らに読み書きを教えている。けれど少しばかりの知恵で屋敷勤めができるようになっても、生き抜くには本人の資質が大事なのだ。

 吉定のつぶやきは女中には聞こえていないようだが、ゆきは耳に留めたようで吉定をじっと見ている。こほん、と咳払いをすると、吉定は女中に向き直った。

「お気持ちはよくわかった。だが明日も知れぬこの身、気ままに暮らすということは死と隣り合わせということだ。あなたはまだ若く見目も良いので、町で暮らせば堅実で性格も良い人が見初めてくれるだろう。そのほうが幸せと思う」

 女中は、美人と言われ気を良くしたのか、満更でもない様子で、そうかしら、などと言っている。その日はそのまま女中は帰り、狭い宿は再び静かになった。


ゆきは、じっと吉定を見る。

「吉定さまって、意外に弁がたつのですね」

「方便くらい使えないと陰陽師はやっていけぬ」

 あさっての方を見ながら答える吉定に、成る程、とゆきは頷いた。

「もし私が陰陽師を生業にするなら、もう少し嘘も上手にならないとですね……あの女中も容姿は悪くないと思うのですが、あやうく性格を直さないと難しい、と本音を言うところでした」

「おまえは……ほんとに顔に似合わずきっぱりした性格よな」

「そこなんですよね……」

 ゆきも、あらぬ方向を見て呟いた。思案するような横顔に、吉定は「どうかしたのか」と聞いたが、ゆきはいつもの笑顔にすぐ戻り、なんでもありませんと言うだけであった。

 すぐに二人は明日に備えそれぞれ床についたが、吉定はどうもゆきの様子が気にかかり、なかなか寝付けぬ上、夜半から降りだした雨音にも邪魔され、結局ようやく寝付いたのは、既に空が白んできた頃だった。


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