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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(2)
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ゆきのはなし④

 式神が返り討ちにあった翌朝、三人で朝餉を囲んでいる風景はいつも通りだが、ゆきの落ち着かない様子に願然和尚はすぐ気づいたようだ。吉定は本題にはあえて触れず、和尚に楽器を貸してくれるよう頼んだ。


「琵琶と、笛ですか。確かに以前奉納の舞台で使っていたものがうちにはあります。だがなぜ?」

 和尚の口調は淡々としたものだ。吉定も飄々と汁をすすりながら返す。

「なに、ゆきも楽器のひとつやふたつ、嗜むのも良いかと思いましてね」

「陰陽師に必要とも思われませんが……ああでも、吉定さんは雅楽をされてたんでしだっけ」

「神楽で、舞うか笛かと言われて笛を選んだだけですよ。いや、そもそも陰陽師に楽器は不要です。古びた器物が化けたものを収めることはありますが」


 狐と狸の化かしあいのような会話に、ゆきは苦虫を噛み潰したようか顔になる。

 和尚は、続けて吉定に聞いた。

「吉定さん、この子に無茶させようと思ってるなら、その意図は聞いておかないといけませんな」

 責める口調ではないが、なまなかな返答では納得いかないという強さが込められている。

 吉定は隠しだては無駄だろうと最初から思っていたので、考えをそのまま和尚に話し始めた。

「なに、武士なら十五にもなれば大人でしょう。ゆきは元々和尚の躾が良く、自立心もある。いま大人たちがいらぬ懸念で先回りしていても、この世の中、いつ我々にも何があるかわかりません。まことにゆきの幸せを望むなら、この機会に籠のなかから出してやるのが親心というものかと」


 吉定と和尚の会話に、ゆきはうずうずと口を挟みたくて仕方のない様子だが、かげろうに制され黙っている。そんな表情をみて和尚はため息をついた。

「ゆきの気性は私もわかっております。頑固なところも……ひょっとしたら吉定さんがうちに来たのも、なんらかのお導きかも知れず……」

「そうかもしれません。天は、人など思いもよらぬことを、しでかしてくれますからね」

 吉定が頬を緩めると、和尚も笑みを浮かべる。

「そうなればもう、私の俗っぽい情などで止められるものではないでしょう」

 これを聞いて、吉定はほっとした表情になり、和尚に請われるまま計画を話し出した。


 姫に危険が及んでいること。

 ゆきとともに武家屋敷へ行き、内情を探ること。

 芸人としてなら屋敷へ入りやすいこと。


「以前よそで、必勝祈願の神事の奉納と称して入り込み、式神を仕掛けてきたことがありまして。戦のなぐさみで芸を披露したいなどと言えば、おなごは見たいと言いますしね」

「陰陽師は正攻法だけでは無いようですな」

「むしろ奇襲のほうが得意ですね、笛はそれなりに吹けるので、相手はまさか陰陽師とは思わないようで」

「体格の良い楽師も珍しいと思いますよ」

 和尚がくくっと笑った。

「そもそも吉定さんの仕事は姫の警護、そしてゆきは弟子となれば、私がそこまで反対する筋合いもありませんな。良いでしょう、笛と琵琶をお貸しします」

 そう言うと和尚は席をたち、奥の部屋へいくと、ほどなくして笛と琵琶を携え戻ってきた。

「ゆきには……これから琵琶の稽古をつけるので?」

「いや、うちのが」

 吉定が言うなり、かげろうが撥に絡み付く。そのままべべん、と琵琶を鳴らした。


「ほう、上手なもんですな」

 和尚は感心し、琵琶を吉定に渡す。

「門前の小僧というやつじゃあないですが、式神たちは真似ごとが得意でして」

「いやはや。ゆきも奉納では何度か見たことがあるのですがね、さすがに楽師の真似は難しいでしょうから、式神の助けを借りたらそれなりに見えましょう」

 ゆきは戸惑いながらも琵琶を持ち、撥を構えた。

「かげろうが勝手に弾いてくれるから、ゆきは手を動かしておればいい……ん?」


 吉定は目を丸くする。部屋に響いた琵琶の音は、かげろうの鳴らすそれとは違い、優美だ。撥を鳴らす手はしなやかで、音が流れるように奏でられていく。

「……ゆき。楽師より琵琶を習ったことがあったのか?」

 和尚の問いに、ゆきは撥を持つ手を止めて首を横に振る。

「いえ……でも奉納の様子は覚えています。とても美しい音色だったので」

「それでも初演で再現できるはずはあるまい。やはりこの子は」

 和尚はそこで口をつぐみ、吉定を見て言った。

「どうやら、いっぱしの楽師ができあがったようですな」

 吉定は、何か考えるように目だけで天井を見たあと、和尚に向き直ってにやりと笑う。

「そのようですね。まあ念のためかげろうも忍ばせておきますが、これなら屋敷へ堂々と入るのも造作ないかと」


 ゆきは再び撥を手に琵琶を奏でる。かげろうもゆきの邪魔にならないように弦を弾くので、まるで手が何本もあるかのような音色が響いた。

「…おなごのぉ…」

 ゆきの澄んだ歌声が琵琶の音に乗る。

「おなごのじょうねんはぁぁ~」

 和尚は、ちらと吉定を見た。吉定はあぐらの膝に手のひらをとんとんと打ち、拍子をとっている。ゆきはそのまま朗々と男女の心中物語を歌い上げた。

「このような話はさぞ、おなごたちの心を打つことでしょう。ましてや歌い手が美少年ときた」

 吉定はしれっと言う。

「吉定さん……せめて戦記ものを……」

 和尚が言いかけたのを、吉定は軽く手をあげ制した。

「なに、武士たちの前ではきちんとした話を唄わせますよ。しかしおなごたちに取り入り奥の話を聞くなら、こういう話のほうが良いと思いましてね……なにせ堅物と思われた僧侶も好むような話だ。俗っぽいおなごどもに受けの良いことは、間違いないと思われます」

 吉定の言葉を聞いて、ゆきは笑った。普段よりは子供っぽい、いたずらが成功したときのような笑顔を見て、和尚も観念したように苦笑したのであった。


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