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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(2)
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ゆきのはなし②

 ざざっと、裏山に、木々が葉を揺らす音が響いた。新緑の合間からのぞく日差しの眩しさに目を細め、心地よい風を頬に受けながら、吉定はうごめく念たちに向かって式神を放つ。護符からぬるりと姿を現した、大きなとかげのような物は、その爪で念を片っ端から切り裂いていく。 


「風に流れるちぎれ雲みたいで、きれいですね」

 うっとりするような口調のゆきに、吉定はじとっと視線を向けた。

「そうか? 川に沈むへどろみたいではないか。まあこれで、浄化されていけばいいのだが……」


 そう良いながら吉定はゆきに護符を渡す。ゆきは吉定から教わった呪文を唱えながら、なめらかな手つきで護符を翻し、鳥の形をした式神を出現させた。

 鳥が躊躇なく念に鉤爪を立てると、吉定が一声「喝」と気合いを入れる。

 すると念は悲しそうな声をあげて霧散していった。

「南無……」

 静かに手を合わせ目を瞑るゆきを、吉定はちらと横目で見た。

「ゆきは……可愛い顔して容赦ないよなあ」

 くりっとした、猫のような目を大げさに開き、ゆきは答える。

「何をおっしゃいます。半端な情けは人……かつて人であった物たちのためには、なりません。あの念たちは生き返ることはなく、ならば安らかに送るべきが最善でしょう」

「おまえは……そういうところは寺の子っぽいな。まあいいか……。では」


 そう言うと吉定は裏山のさらに奥へと、歩を進めた。少し見晴らしのよい開かれた場所には、簡素な墓がいくつもある。

「いくら山が大きいからといって、こう、戦禍のたびに人を埋めていたら、そのうちに足の踏み場もなくなりそうだがの」

「そこは、それです。地中にあるものはいずれ自然に還るのですから、踏んでもどうということはありませんし」

「……まあ…そうかも知れないがなあ……」

 齢十五にして、達観した僧侶のようなことを言うゆきの背中を、吉定はじっと見た。


 吉定自身は、猫背だが六尺に少し足らないくらいの身長があり、体力仕事も難なくこなせる体格に恵まれている。対して、ゆきの背丈は五尺ほど。女子のように細い手足なのに、こちらも寺の掃除や雑務も厭わないほど、実は筋肉と体力があるのだ。

「惜しいなあ」

 吉定のしみじみとした呟きに、ゆきは振り向き首をかしげる。

「なにがですか? あ、先ほど成仏させた念でしょうか。確かに最近では珍しい、恋人と心中したという女でしたから、生前の出来事をどうにか聞けないかと私も思っていましたが」

「いや……俺は痴情のもつれに興味は……」

「ともに命を絶った相手の念はこの山にはなく、女性の着物に装飾品が持っていかれたような跡がありましたから、きっと身分違いの恋だったのでしょう、戦で離ればなれになって死ぬよりは、一緒に世を捨てる覚悟だったんでしょうね……男性とは、実際のところいつ離ればなれになったかはわかりませんが」

「いざとなると怖くなって、男だけ逃げて生き延びることのほうが多いって聞くからな……って、なんでそんな下世話な話を知ってるんだ」

「願然和尚の書棚から拝借したなかに、昔の物語集がありまして」

「和尚のやつ……」


 吉定は平静さを取り戻すように、こほん、とわざとらしい咳をしてから、ゆきを見て言った。

「ゆき。おまえはその……自分の親がどのような者たちだったか、どうして自分を寺に預けたか、知りたいのか」


 冬の寒さから乳飲み子であるゆきの命を守った羽織は、和尚の長持のなかに、大事に仕舞われている。ゆきに渡さないのは、里心がついたところでどうしようもないのと、もしも複雑な事情があった場合に、ゆきの命を脅かす要因になりかねないからだ。檀家の乳母にはくれぐれも口外しないよう頼んであるが、吉定にはすんなり明かしたという背景には、「何かあったときには、ゆきを守ってほしい」という和尚の願いが言外に込められていることは、吉定にもわかっていた。


 だが、親のことを知りたいと考えるのは、自然のことだ。ましてや十五歳ともなれば、自分が所帯を持つという将来も考える年頃。乳母の家で過ごした時分は温かい家庭の手本とするには十分だが、それと出自を知りたいと思う気持ちは別だ。


しかし、ゆきは、吉定の問いに苦笑で返す。

「全く知りたくない……といえば嘘になるかも知れませんが、積極的に探してまで知ろうとは思いません。ただ、心中など、想像の余地がある出来事は、あとから面白おかしく騒ぎたてられることも多々ありますので、それならばまことの話を当の本人より聞いてみたい、と思うのです」

 吉定は、ゆきをじっと見て聞いた。

「聞いたところで、どうにもできないのではないか?」

「それでも、誰も真意を知らないよりは良いのではないでしょうか」

 ゆきは、微笑を浮かべながらも真面目に答える。吉定は、顎に手をやりしばし沈黙し、やがて口を開いた。


「ゆきよ、真実を白日のもとにあらわにすることのみが、正しいとは限らぬ。周りのものがどう思っていようと、当人が胸のうちを明かしたくないと考えていれば、それは無理に暴くものではない」

「……それは、私の親が道ならぬ事情で私を手放したやもしれなくとも、私が知る必要はないということでしょうか」

「そうれ、やはり親のことを知りたいのであろう」

 吉定が、わざとからかうように言う。ゆきは、あっと言って手に持った護符を勢いよく吉定へ放った。それはたちまち蛇に姿を変え、吉定の足首へ器用に巻き付く。

「うえぇっ! へび! へっびっ! これ、ゆき! 俺は蛇が苦手なのを重々わかってるだろうが!」

「えー、そうでしたっけ?」

 ゆきも負けじとうそぶきながら、蛇を元の護符におさめた。そんなやりとりをしながら、吉定は先ほど自分の口から出た「惜しい」という言葉を反芻していた。


 ゆきは見目麗しく、性格は真っ直ぐであり、思慮深い。まだ線は細いが丈夫で病に罹ることもない。しかるべき師について鍛えれば、いっぱしの武将になれるだろう。武家に生まれていれば、だが。

「乳飲み子の命を絶たずに寺に預けたからには、平穏な人生を望んだのだろう……」

 ゆきの、生みの親の真意は吉定にはわからない。だが、いま自分にはこの少年を一人前にするという役目がある。

「陰陽師という道が最善かはわからぬが……」

 吉定は、ささやかな塚を作り手を合わせるゆきを見ながら、ふう、とため息をついた。



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