ゆきのはなし①
ここから「ゆきの話」です。宜しくお願いします。何で同じ名前?というのは読んで頂けるとわかりますので、宜しくお願いします。
「起きてくださーいっ‼︎」
威勢のいい声が寺の居室に響く。声の主は、十五歳。武士なら元服の頃だろう、少年のあどけなさと、生気に満ちた若さを併せ持つ弟子をかいまき布団の中からのそっと見上げ、四十歳の陰陽師、篠目吉定はため息をついた。
「ゆき……頼む。もう少し寝かせてくれ……」
「だめです。もうお仕事の時間ですから。いくら技量があれば食いっぱぐれがないと言っても、信用あってのお仕事ですよ?」
「うーん、まあそれはそうなんだが……最近では姫の周りに怪しい気配はいないようだし、ちょっとのんびりしても罰は当たらないと思うぞ。な、ゆき?」
そう言って再び布団に潜り込もうとする吉定だが、ゆきはその布団を容赦なく剥ぐ。
「さむっ! さっむぅっっ! こら、ゆき! 年上のものは労るように和尚から言い付けられてるだろう⁈」
「ええ、願然和尚からは、多少厳しくしても陰陽師だから大丈夫、とお墨付きを頂いてます」
にっこりと笑いながら言うゆきに、吉定は苦笑して返す。
「……ったく。二年前に会った時は人見知りも激しく、和尚の背中越しに挨拶するのがやっとだったのに……」
「やがて寺を出て行くのだからしっかりするよう、言ったのは吉定さまです。それより、さあ今日も稽古をつけて下さい! 活きのいいのを、和尚がたんまり見つけてきてくれました!」
「うげぇ……」
活きのいいの、というのは、いわゆる「念」の類だ。昨今、各地の武将たちの勢力争いは、たとえ城下町であっても町人には関係ないが、多額の報酬金と名誉、出世に夢を求めた者たちは、歩兵として戦場へ繰り出していく。そして無情にも散った肉体はもともと身寄りがない場合も多く、寺の裏山にまとめて葬られているのだ。
「なんかなあ……皆もう少し命を大事にしよったらええのに」
ぶつぶつと言いながら吉定は身支度を整える。
「吉定さま、おくにの言葉が出ていますよ。姫の身辺を密かにお守りするため普段は関東の言葉を使っているのに」
「せやなあ……お前や草太と同じくらいの子が戦地に向かうのを見るのがしのびないだけ……だ」
草太、というのは吉定の息子だ。都のお偉方から、関東の武家に嫁いだ帝の姫を密かに守るよう命じられた吉定は、二年前から妻子と離れ、この寺に住みながら陰陽師の仕事をしている。
そこにいたのが、ゆきだ。
「草太さんは、お元気ですか。加津さんも」
布団をたたみながら世間話のような口調でゆきは聞いたが、吉定は、妻の加津の名前を耳にして、反射的に体を強ばらせた。それを見てゆきは笑う。
「加津さんて、ほんとうにそんな怖いんですか?」
「そりゃあ……怖いなんてもんじゃ。ああ、だめだ。うかつな事を言うと式神たちが告げ口しに行ってしまう」
「親の記憶がない私には、ご夫婦のそんなやり取りも羨ましいですけどね」
「ああ……」
ゆきはまだ乳飲み子の頃に寺の前に捨てられていた子供だ。浅葱鼠の羽織にくるまれ、雪のように白い肌をした赤子はなんとも可愛かったと、二年前に吉定とゆきを引き合わせたあと、和尚は言った。
「ゆきは運が良かった……冬なのにその数日だけ暖かかったのが幸いで、しかも羽織が上等なもの。これは神仏の加護がある子供にちがいないと、大切に預かることにしたんです」
和尚は吉定より十ほど年上だ。十五年前ですでに三十代も半ばだったが、勿論赤子の世話などしたことはなく、頼みこんで檀家にゆきを預かってもらい、物心ついた頃からは、修行がてら寺に通わせていた。
二年前、吉定が寺に居候するということが決まり、それではと、ゆきは和尚の提案により寺へ住まいを移していたのだ。
「吉定さんに、陰陽師として鍛えてもらえたらと思いましてね」
座敷で吉定と和尚は向かい合わせに座っていたが、和尚があまりにもさらりと言うので、吉定は、むむ、と唸った。
「寺を継がせたらいいでしょうに……ああ、兄弟子がいるからか」
「はい、今は修行でほかの寺に行かせてます。それに、ゆきの出自ははっきりしませんが、着物からしても、ひょっとしたら偉いところの子かもしれませんのでね。僧侶として育てるのは躊躇われまして」
「だからと言って、わざわざ陰陽師なんて仕事を選ばせなくても……」
腕を組み、首をたてに振らない吉定だったが、その耳に突然、きぃ! という金切り声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
吉定にとって聞きなれた悲鳴は、式神のものだ。和尚も咄嗟に耳を押さえている。声がしたのは、庭。
二人が障子を開けて外を見ると、そこには竹箒をふり回しているゆきと、羽をもがれたようにふらふらと逃げ惑う不恰好な小鳥の姿があった。
「お、和尚さま! こいつが紛れこんでました!」
涙目になりながらも勇敢に式神に竹箒を向けるゆきに、和尚は笑う。
「ゆき、それは吉定さんの式神だよ。いじめたら良くない」
「え……ええ?」
ゆきは唖然として式神と和尚、そして吉定の顔を交互に見る。吉定は、口の中で呪文を唱えると、式神を懐におさめた。
「姫のところに偵察にやっていたものだが……ゆき、お前、こいつが見えるのか? しかも、はっきりと」
ゆきは、こくりと頷いた。和尚はくくっと笑っている。
「そうなんです。ゆきは色々と見える子でしてね……弟子としてはなかなか育て甲斐があるんじゃないですかねえ」
和尚はさも良い案だというふうに喋っている。
「願然和尚……ここは陰陽師仲間からの紹介で、昔からの知り合いだから快く居候させてくれる……というありがたい話でしたが、ひょっとしたらそういう算段もおありで?」
「まあ世知辛い世の中、坊主も善良なだけでは生きていけませんからな。あと、うちは子どもらに読み書きも教えていますが、悪霊との戦いかたは門外漢でして」
ははあ、と吉定は苦笑した。どうやらゆきは、普通の人が見えないものに敏感なたちらしく、それは寺に住めない原因のひとつでもあったらしい。それなら、この機会に吉定から陰陽師の技術を学べば、護身と職と、一挙両得になるだろうという、和尚なりの親心らしかった。
「……まあ、良いか」
吉定が呟くと、和尚は深々と頭を下げた。ゆきは、まだ竹箒を手に、庭先で立ち尽くしている。
「吉定さま?」
十三歳のゆきが首を傾げる様子は、まだあどけない。吉定は故郷に残した息子の姿を重ねつつ、ゆきに歩みより肩に手を置いた。
「ゆき、そなたはこれから俺の弟子だ。よろしくな」
ぽかんと口を開けたゆきを見る和尚は、変わらず笑顔だ。そのあと一呼吸おいて、え、ええ? というゆきの頓狂な叫びが境内に響いたのだった。




