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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(1)
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ユキのはなし⑤

「起きたか」

 低い声で、土地神は俺に話しかけた。でかい山犬のような風貌は、仮の姿だろう。しかしでかい。楓と高政は、すぐ近くに泥だらけで横たわっている。生きているのがわかり、俺はホッとした。

「……土地神……さまが、助けてくれたのか」

「いいや、わしは本来、他のものたちの争いに無用な手出しはせぬ」

 土地神はにやりと笑い、そのでかい手で俺の体を包み、抱き上げる。しかし何か変だ。土地神というものは実体がないから、ふわふわした感触なのかと思い、すぐに逆だとわかった。

「俺は……」

 死んだのか、という言葉を発する前に、土地神は笑いだした。そのおおらかな大声は、山のようにゆったりしている。土地神は俺を木の脇にそっと置いた。


「何をいまさら。すでにお前はもののけじゃあないか。まあ……ここ数年は普通の猫の姿でいることが多かったみたいだがな」

「確かにそうだけどさ」

 俺は自分の尻尾をあげてみるが、空気の抵抗が感じられない。うにゃー、と唸る俺に、土地神は優しい眼差しを向けてきた。

「あれが、お前に力を貸した。いや、元は同じからだにいた者同士、力を合わせたというべきか」

「あれ……って、どれだ?」

 土地神は、すぐそばの木の根元を見る。そこには土砂に埋もれた白い猫……俺の死体があった。


 猫を触ると、懐かしいものを感じた。あの白い影の気配が、俺のからだを包んでいる。いや、白い影は、俺だったんだ。


「あれは、お前がまだ猫だったときの念だったのだろう。昔から、よほど子供が好きだったとみえる」

 確かに白い影は、危害を加えることはなく、高政の子守りをしているかのようだった。

「推測だが……寿命がきたお前は、一度この山に葬られたのだろう。しかし半ばもののけと化していたお前は、土中から這い出し山を下りた。そして残された念は、数年前から起きていた地鳴りを感じ、今の主人……その子供を助けるためにここまで導いた。悪霊までが地鳴りにより力を得て目覚めてしまうとは想定外だったろうが、立派に戦ったぞ」

 そこで俺は、ハッとして町の方向を見た。木々に遮られてよく見えないが、煙があがっているのがわかる。火事だ。

「政成なら大丈夫だ。だが楓と子供だけだったら、逃げられたかはわからぬ」

 俺は頷き、さきほど飲み込んだ言葉を言う。

「……じゃあ、俺は今度こそ、死んだのか」

「ああ。少なくとも肉体はすでに機能していない」

土地神の言葉に、俺は、そうか、と呟く。

「なにやら、悔いがあるようなくちぶりだな?」

 俺は自分のからだと、高政たちを見て、うん、と苦笑した。

「高政が大きくなる姿が見られないのはなあ……」

 そこで土地神は、はははっと大笑いした。

「まるで親のようだの。うむ、そうか。安心しろ。お前は依り代の中でなら生きられるであろう。彼方に」


 土地神が指差した方を見ると、小さな祠があった。山道を行く人が、土地神に道中の安全を願うだけのささやかなものだ。屋根は揺れのせいで折り重なるように崩れているが、かろうじて形は保っている。


「あれはわしがこの山に祀られる前からあったものだ。おそらくお前の飼い主が建てたものだな。あれの本体である木札に、お前の魂込めをしよう。さあ来い」

「来いって言われても……」

 俺は疑心暗鬼で、ちょっと身構えた。だが抵抗するまもなく「ひゅっ!」と吸い込まれる感覚があり、次の瞬間には広い空間のなかにいた。ほのかに明るく、なぜか外の様子がわかる。

「政成が、式神を飛ばしてここを探しあてた。状況の説明はしたからすぐに来るだろう。帰ったら神棚にでも祀ってもらうといい。そうすれば、政成の裁量でまた姿を得ることもできよう」

「裁量って、なんだよ」

「政成なら、念と化したかつての化け猫を式神として呼び出すことなど、造作も無い」

 悠然とした、土地神の声が空間に響いてくる。俺は理解と感謝の気持ちをこめ、声がするほうに向かって尻尾をふった。

「なんかさ……あとでたんまり供物もってこい! とか言うなよ? うちも余裕があるわけじゃ無いんだしさ」

「いや」

 土地神は笑う。

「お前をみすみす死なせたら、政成に面目が立たぬ。それに、わしはこの祠が気にいっていた。建てた者の愛情がこもった、この祠がな」

 それを聞いた俺は、なんだかくすぐったいような気持ちになり、誤魔化すように笑った。


「じゃあ、新しい祠を建てさせるよ。俺の墓の目印にもなるしな」

「ああ、それはいい」

 そう言うと、土地神は山犬の姿のまま、ざざっと山をひといきに降りていった。変わりに息を切らしながら斜面をのぼってきたのは、薄汚れた格好の政成だ。


「高政、楓っ。……ユキぃ~」

 情けない声が響いてきて、俺は可笑しくなった。

「政成、式神使えばひとっとびじゃねぇか」

 俺の声を耳にして、「ユキ!」と政成はすごい勢いで首をあちこちに向け、俺を探す。そして壊れた祠の奥から依り代を取り出すと、土埃を払いながら言った。

「いやぁ、だってな……ここで空飛ぶ式神なんて出したら木にぶつかるではないか」

「意外に冷静なんだな」

 俺は呆れつつ、政成との変わらぬ会話を楽しむ。安堵した政成は、気絶していた高政と楓に声をかけ、家族は皆無事を喜んだ。

「ユキ……ユキは?」

 楓は普段からは考えられないくらい動揺して、涙で顔をくしゃくしゃにしながら政成に聞いた。政成はなんて言ったら良いか悩んでいたが、高政は政成の手から俺の依り代をすっと取ると笑顔で言う。

「ユキ!」

 うん、やっぱりわかるんだな。そしてよくわかっていなかった楓に俺が話しかけると、案の定すごく驚いて、そのあとわんわんと子供みたいに泣き出した。俺はその様子に面食らったけど、同時にとても嬉しくなったんだ。

 ん? いや、泣いてないぞ。うん。


 そんなわけで、俺は肉体を失ったわけだけど、政成の家の神棚や、たまに式神として呼び出されたりして過ごすことになった。退屈じゃあないのかって? とんでもない。

「なあユキ……楓がなあ……もう少し出世欲を持てというんだけどなあ、俺はそろそろのんびりしたいんだよなあ……年々体もきかなくなるし」

 仕事から帰ってきた政成が、神棚に向かってこぼす。仕事が嫌いなわけじゃあないんだけどなあ、たまに危ない目にあいそうになるのは、仕事を減らすための策じゃねえか? と思うときもある。

「ユキ、どう思う? 政成様はもっと官位をあげてもらっても良いと思うのだけれども、ほんとに欲がないというか、人が良すぎるというか……」

 これは楓だ。どうやら忙しくて夫婦の時間があまりとれないことと、そのわりに給金が安いので不満らしい。まあ、わかる。

「ユーキー! これ!」

 高政は最近読み書きの練習を始めた。しょっちゅう護符になにやら落書きをしてるんだが、これが大変で、子供の落書きみたいな蛇と鼠が式神となって天井あたりで喧嘩を始めたりするんだ。この間なんか、あやうく神棚の依り代が鼠にかじられそうになったんだ。昔はこっちが鼠を追いかけてたけどなあ……そうして俺は、すっかり鼠嫌いになっちまった。


 そうして数年、数十年。いや、数百年か。

 俺は政成たち陰陽師一家を、式神として見守るようになったんだ。

 長くいすぎて、もうすっかり子守りも慣れたものよ。ああ、俺は幸せだったよ。


次回から、「ゆきのはなし」です

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