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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ゆき編(1)
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ユキのはなし①

「おきろーーーーっ‼︎」

 俺はそう叫んで、政成の顔面に飛び乗る。

 枕はすでにおいやられ、仰向けの間抜けヅラで爆睡する政成は、これでも朝廷に仕える陰陽師だ。もっとも、まつりごとの中心に関わるんじゃなくて、朝廷の縁者である女房たちの雑用を主に引き受けているらしい。

「うーん……ユキ、もうちょっと寝かせてくれ」

 そう言って寝返りをうつ姿は、ただのだらしない独身男なんだけどな。見た目はそんなに悪くないし、二十五にもなるんだからそろそろ所帯を持ってもいい、と猫の俺でも思う。

「ほら、起きろよ。朝飯がきたぞ」

 俺がそう言うのとほぼ同時に、障子の向こうから楓が声をかけてきた。


 楓は十八歳で、気が強い。美人の部類だが、つり目をキッと開いて年上の男に物申す姿は、権力者にへつらう大人たちからは扱いにくいんだろう。どこかの家の三女らしいが、数年前からここに雇われて政成の身の回りの世話をしている。ちなみに、俺が政成に話しかける声は、楓にはニャーニャーという普通の猫の鳴き声に聞こえている。つまり、政成が俺に返事をするのは、単なる独身男の独り言にしか聞こえないわけだ。


 障子を開けて中に入ってきた楓は、あらあら、と言って政成の顔から俺を引き剥がす。白くて細い指先が水仕事で荒れてるのを見て、俺は優しくその指を舐めた。俺のひと舐めはよく効くんだ。なんていっても、もののけだからな。

            

 楓は、俺には優しい。

 なんでも、生家の庭にもよく野良猫が迷いこんでいて、楓はよく餌をあげていたそうだ。

 俺は化け猫だが、普段はそこらの猫となんら変わらない。月夜の晩なら人や他の獣に化けることができるくらいで、たまたま化ける様をみた町人が、噂に尾ひれをつけて触れ回ったんだろう。気付いたらすっかり、都を脅かす化け猫に仕立てあげられていた。


 面白くない記憶だ。ふう、と溜め息をついた俺の目の前に、椀が出された。裏返しにされた蓋に、吸い物の汁が少しそそがれる。楓は、料理が上手い。こんなうまい飯を食わせる相手が、さえない独身陰陽師なんてもったいない、と俺は思うんだが、政成も同じことを考えていたらしい。


 ある夕餉の席で、政成は楓に言ったんだ。

「そろそろ、どこぞに嫁いだらどうなんだ?」と。

 楓は、どうしたと思う? まあ想像通りだな。白湯をバシャッと、政成の顔にぶっかけたんだよ。熱い汁じゃなかったのは、愛情ってやつだろ。そう、楓は政成が好きだったのさ。


 まあ、いくら鈍くてもこりゃあさすがにわかるだろ、と思ったんだけどなあ。そのあと、楓がいない時を見計らい、政成は俺に聞いてきた。ユキ、なんで俺が白湯をかけられなきゃいけないのだ? とな。俺は呆れて、そして楓に同情して、政成の顔を思いっきり引っ掻いてやったよ。 


 そのあと、俺は呆れながらも、ある策を講じた。政成に「楓に縁談がある」と嘘をついたのさ。 

 政成のやつ、余程びっくりしたのか、気の抜けた、はずまない毬みたいになりやがってな。夜に依頼されていたもののけ退治で、まさかの失態をおかしやがった。狐の化け物に引き裂かれそうになったところを俺が咄嗟にかばったから無事だったものの、ありゃあ一歩間違えてたらもうおしまいだったな。


 傷をたくさん作り、服もぼろぼろにして帰ってきた政成に、楓はわあわあ泣きながらしがみついた。

 俺は、それを見てひっそり泣いたね。どこぞの女房が書いた恋物語より、ずっと生々しくて、切なかったからな。それから数日、傷が癒えた頃に政成は改めて楓に伝えた。


 ずっと傍にいてほしい、って。

 俺は、それを聞いて安心した。もうやきもきしなくて済むんだからな。まあそんなわけで、晴れてふたりは夫婦になったわけだ。


 俺か?

 俺はまあ、変わり無し、よ。

 今みたいに、のんびり吸い物をいただいてたかな。なんていっても、楓の料理は絶品なんだ。


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