第7話 その3
しかし、体格の良いイケオジ宮司に背負われているアラサーの美人OL。シュールだ。というか何かプレイ感があるな……などと靖成が考えていると、ユキから突っ込みが入った。
「おい靖成、お前がおんぶしていけよ」
「え?いや、ユキちゃん。ちょっとそれは……」
虚空に向かって狼狽える靖成に、宮司姿の正嗣は笑った。
「ユキちゃん、おるんか。ほんま君ら仲良しやなあ」
「はあ……」
いこか、と正嗣はのんびりした口調のままずんずんと廊下を歩いていく。柔道の有段者である正嗣には、賀奈枝を背負うのは負担でも何でもないのだろう。
「賀奈枝さんな、おやっさんたちに大人気やったぞ」
「だろうな。圭介みたいなおっさんばっかりだからな」
ユキが頷きながら言う。
「やっくんとのこととかなあ……散々、いつ結婚すんのか、とか聞かれてて。ニコニコしながらお酌して、さらっとかわすのはさすがやな」
かわされたのか。いや、まあそれが正しい反応だけどさあ、と靖成はなんとなく寂しい気持ちになる。
「そうそう。ユキちゃんのこと、聞かれたわ」
「え?」
靖成は正嗣の背中で寝ている賀奈枝の顔を見る。子供のような寝顔だ。
「背負って歩きだしたらな。ユキちゃんは、やっくんが結婚して子供が生まれるのを待ってるんですかっ、て」
佐々木さんが昼間言ったことが、気になっていたのだろう。酔いと、正嗣が婿ということで聞いたのだろうか。
靖成は正嗣を見た。昔から、教師という職業柄か、柔和な表情のなかに時折ぴりっとした雰囲気を感じるが、威圧感はない不思議な人だ。
「そんでな。ユキちゃんがなんでやっくんの子供に会いたがってるのか、話したんや。そうしたら『そうですか』って」
正嗣はくくっ、と笑う。
「こてっ、て寝てもうたんやけど」
靖成は、へえ、と間抜けな相づちを打った。すると母屋の宴会をしている部屋から、賑やかな歓声があがった。
「年が明けたな。あけましておめでとう」
「……おめでとうございます」
「新年最初がおっさんで申し訳ないな」
靖成は首を横に振る。
笑みは快活だが、風悟とも違う、懐の深さを感じるのは年齢のせいか、分家から婿に入った境遇のせいだろうか。とにかく父圭介とは違う魅力を持つ正嗣に、靖成は昔から敬意を払っていた。
「やっくん、陰陽師ってな、天文博士やな」
「……はい」
正嗣は夜空を見た。
「ユキちゃんがやっくんの子供を待ってるのも、当時の天体の動きを読んだ先祖がそう計算したからやろって話なんや」
「それは……なんとなく聞いたことが」
「月や星って、人間に関係なく動いてるからな。暦がそれに合わせて作られ、人の生活を彩る。星の寿命に比べたら人間の一生なんてあっという間やけどな。まあ、ユキちゃんみたいに、思いがけず2回生きるレアケースもあるかもしれんけど」
靖成は頷いた。
「俺が婿養子になったのも、佐々木家が絶えないようにする何かしらの陰謀かもしれん」
正嗣は冗談めかして笑い、すぐ穏やかな表情に戻る。
「でもな、大きな流れの中でも、ちょっとだけ自分の意志で動いたらそれはもう自分の人生や。そうやって生きていったら、どう転んでも案外幸せなのかもしれんな」
敷地のあちこちから、人々の楽しそうな声が聞こえる。一瞬時間をまたいだだけで、もう年を越したことになるのだ。去年はどうも、今年も宜しく、という他愛ない挨拶は、廊下を離れに進むにつれ聞こえなくなった。
靖成は、あてがわれた部屋の襖を開ける。
「じゃあ、賀奈枝さんは寝かせとこうな。俺は戻るから、やっくんも少ししたら手伝いに戻って来てな」
静かに賀奈枝を寝かせ、正嗣はずんずんと歩いていった。靖成は、賀奈枝に布団をかけてやるとそのまま枕元にあぐらをかき、室内を浮遊しているユキを見上げた。
「……ユキちゃん」
「なんだよ」
「ユキちゃんは、幸せなの?」
「なにがだよ、気持ちわりーな」
いや、だって、と眉間に皺を寄せた靖成の額を、ユキは「悪人顔はよせ」と、思い切りデコピンする。
「そうだなあ……サプライズでもらったような容れ物だからな。幸せってのはよくわかんねーけど、なんだかんだ人間世界をずっと眺めてるのは楽しいぜ」
「そっか……」
賀奈枝が寝返りを打った。乱れた布団を直そうと覆い被さる姿勢を取ると、不意に首元に圧がかかる。
「……お?」
首にあるのは、腕だ。そしてユキの腕ではない。
「おっ」
ユキは面白そうに二人を見ている。賀奈枝が寝ぼけて靖成の首に腕を回しているのだ。
振りほどくわけにもいかない。そしてここはよそのお宅、しかも佐々木さんち、自分は白衣袴姿である。
これは何のプレイ?とか思いつつも靖成は無心になるよう努めたが、欲望に負けて賀奈枝を抱きしめた。といってもつぶさないよう布団に手をつき自分の体を支え、肩口にちょっと顔をうずめて上半身をソフト密着、というくらいである。
「あ、やべっ」
思わず動揺した声が出たが、賀奈枝はまだ寝ている。どうしよう、柔らかい。気持ちいい。なにより自分の彼女だと思うと、いとおしいのだ。
「うわぁ……」
靖成はしばしそのままの体勢で幸福感を味わっていたが、先に体の限界がきた。支えている腕がぷるぷる震えてきたのである。
「……ユキちゃん、助けて……」
ユキは呆れながら、靖成の白衣を背中からつかんで思い切り引っ張った。襟元を絞められ潰れた声が出たが、靖成はなんとか賀奈枝の体から離れる。
「情けねーなあ」
そろそろ行けよ、と、ユキは苦笑しながら体を翻して一足先に社殿へ行ってしまった。賀奈枝はまだ寝ている。靖成は静かに廊下へ出ると、うーん、と一言唸り、顔を上げて月を見る。月は今日も綺麗だ。
「あの月は、ユキちゃんの主人が見ていた月と同じなんだもんなあ」
数秒、靖成は廊下から空を見ていた。そうしてハッと我に返り、慌ててまた歩きだす。日付が変わってから30分と経っていないのに境内は完全に新年モードだ。
靖成は外履きをはいて、猫背を少し伸ばすと、ユキの待つ社殿へ駆けていった。




