第7話 その1
12月30日の昼すぎ、靖成とユキが暮らす昭和のアパートに、ぺらっと紙飛行機が飛んで来た。
「『やっくん、正月手伝ってー』、って……風悟からか」
コタツに仰向けで寝たまま靖成は紙飛行機をキャッチし、開いて文面を確認するとすぐに閉じた。京都の佐々木家からだが、新幹線より早く着くのはなんだかんだで便利である。
「すぐ返事しとけよ、不義理になるだろ」
ユキは形だけコタツに入りながら、卓上のみかんをもてあそんでいる。
「でもねえ。正月はのんびりしたいでしょ?」
「旅行がてら賀奈枝ちゃん連れていけば良いじゃねえか。お詫び旅行か婚前旅行だって言って」
うーん、と靖成はより深くコタツ布団に入る。
「いやほら、まだそういう仲じゃないですし」
「勿体ぶるトシでもねえだろ。それにさ、靖成が神社の手伝いするなら賀奈枝ちゃんに巫女やってもらえばいいじゃねえか」
靖成の脳裏に、七五三で賑わう神社の境内に佇む巫女コス……いや、巫女装束を着た賀奈枝の姿が浮かんだ。ついでに皆からコスプレパブ通いをいじられた記憶も呼び起こされる。
「ユキちゃん、どうしてそう色々えぐるのかなあ?俺は仮にもユキちゃんの主人の子孫だよ?」
「年功序列でいうなら俺のほうが先輩だろ」
「それ。ずるいねえ~」
「お前のオムツも替えてやったんだぞ、俺は。式神はベビーシッターじゃねえっつーの」
「……それはさ、お母さんに言ってくれる?あと、外では言わないでね、恥ずかしいから」
「圭介はネタにしてたな。式神レンタル業始めようかとか言い出した時はさすがに参った」
なんでも前向きに考えて、きっちり商売に繋げようとするところも両親の性格から容易に想像がついた靖成は、さすがにユキに同情の視線に向けたが、ユキ本人は顎に手をやり何やら考えている。
「ちょっと待ってろ」
「ん?」
言うなり、ユキが消えた。以前「トイレ?」と聞いたら式神にアホなこと聞くなと呆れられたが、なんにせよ消えられてはどうしようもない。コタツに入ったままうつ伏せになり、みかんを1つ食べたところで、ユキが戻ってきた。
「オッケー」
アイドルスマイルで、アイドル雑誌のように指で輪を作る。可愛い、と靖成が目を細めていると、ユキが話しだす。
「えーとな、明日朝イチで移動な。着替えは3日分ありゃいいだろ。とりあえず駅で賀奈枝ちゃんと待ち合わせだ。切符代は佐々木さん持ちってことになった」
「ん?」
靖成には話の筋が見えない。
「なに?明日は大晦日だよね?」
「だから、明日から2日まで、賀奈枝ちゃんと一緒に佐々木さんとこでバイトだ。さっちゃん経由で賀奈枝ちゃんに了解もらったから、靖成は自分の荷物だけ忘れねえようにしろよ」
「はい?」
そこでぺらっ、と紙飛行機が2通来た。
「やっくん、お土産よろしくね……ってのはお母さんか……こっちはえーと、やっくんありがとう~他にお客さんいないから気兼ねなく離れを使ってください。部屋は1つでいいよね。って」
風悟のやつ……と、靖成はなんとも言いがたい気持ちになる。
「賀奈枝ちゃんも風悟たちに一度会ってるし、楽しみにしてるってよ」
「いやまあ、まあ。そこはいいけど。家絡みの仕事を二人で手伝いに行ったら、いかにもみたいじゃない?」
「未来の嫁さんなんだからいいじゃねえか」
「だーからー」
ひとまず、のそのそとコタツから這い出て風悟に返事を書く。部屋は分けてほしい旨を特に強調したが、意図は伝わるだろうか、と靖成は若干不安になりつつも紙飛行機を飛ばす。紙飛行機はドアの隙間にするりと吸い込まれ、そのまま見えなくなった。
「ま、とにかく。賀奈枝ちゃんがちゃんと目を覚まして良かったな」
ユキは笑いながら言う。祈祷の付き添い(で良いのだろうか)に来て、怨念に襲われていたのだ。何もなかったとはいえ賀奈枝もかなり驚いただろう、と思ったらそうでもなかったらしい。
「目を覚ましたときの第一声が、『うひゃー』ってな。緊張感ねえよな」
「ご家族は心配していたからねえ……そこはほんとに申し訳なく思ってるけどさ」
「責任取ればいいだろ」
「そこ、それ。ユキちゃんてそういうこと言うよね」
靖成は猫背のままコタツに顎を乗せる。ユキの顔は真正面にあり、くりっとした目が靖成を見つめた。
「なにニヤついてんだよ、気持ちわりーな」
「いやあ。可愛いなあと思って」
「ますます気持ちわりーぞ。ほら、明日の用意でもしてろ」
「遠足じゃないんだからさー。まあ服はあっちで借りるしいいでしょ」
言いながら再びコタツ寝の体勢になる靖成の肩に、ユキはため息をつきながらも毛布を1枚かけてやる。明日体中痛くなってても知らねーからな、と言うユキの言葉は、すでにうとうとしていた靖成の耳には入らず、そのまま夜は更けていった。
翌朝、靖成は賀奈枝との待ち合わせ場所である、新幹線の改札前に来た。大晦日の都心は、それなりに賑やかである。靖成は紺のダッフルコートに顎をうずめ、荷物はおろして両手はポケットに入れ、猫背で寒さに耐えていた。
「おう、来たぜ」
ユキの言葉に靖成が顔を向けると、ベージュのコートにGパン、ショートブーツ姿でキャリーバッグを引く、賀奈枝の笑顔が視界に飛び込んできた。眩しい。久しぶりに再会する恋人が満面の笑みで走り寄るなんて、クリスマスは過ぎたが某クリスマスエキスプレスなCMのようにベタなシチュエーションだ。
しかしベタも悪くない。靖成はつとめて平静を装い、賀奈枝に声をかける。
「橋口さん、お久しぶりです。その……」
無事を喜ぶ言葉を言うか、危険な目に遭わせた謝罪が先か、とりあえず可愛い容姿をほめておくべきか、3呼吸ほど考えていたら、じれた賀奈枝が口を開いた。
「篠目さん、おはようございます。びっくりしましたよ、気付いたら自分の部屋で、目が覚めたら母がいて。あら、とかまあ、とか、かなり動揺してたんですけど私ほら、記憶がないですから」
よほど喋りたかったのだろう。靖成と、ではなく、不思議体験がわかる相手と、である。
「お見舞いは、女性だし遠慮するよう親から言われまして…とにかく元気そうで良かったです」
「はい、元気です。お母さん、あ、篠目さんのお母さんも昔よくとばっちり受けて意識不明になってた話を聞いてたので、ほんと目が覚めたときはこれかっ、て。『うひゃー』って思いました」
「いやそれ、声に出てたらしいですよ」
え?と天然にとぼける賀奈枝を見て、靖成は安心して笑顔になる。そして購入しておいたチケットを渡すと、一緒に新幹線ホームへ移動した。ユキは一足先に単独で向かうため、靖成は手を振って見送る。
「ユキちゃん、便利ですね」
「ですよね。俺もたまに連れて行ってもらうんですけど、連続長距離はなかなか酔うので」
「あ、私乗り物酔いには強いですよ」
そういう問題だろうか。ともあれ、人間2人は新幹線での移動だ。さすが佐々木さん、グリーン車である。賀奈枝はグリーン体験が初だったらしくウキウキしながらサービスのコーヒーを飲んでいる。
「なんだか新婚旅行みたいですねえ。ほら親世代にはあったじゃないですか、ロマンスカーでハネムーン、みたいな」
靖成はコーヒーを吹きそうになった。天然て怖い。そして京都で何かが起こりそうで怖い。靖成は心の中でユキに助けを求める。
「ユキちゃん、助けて……」
しかし道中は楽しく、新幹線から在来線に乗り継ぎ、あっという間に佐々木家の最寄り駅に着いた。
「やっくん、こっちこっち」
車で迎えに来ていた風悟は賀奈枝と挨拶を交わす。靖成は「いよいよやっくんも身を固めるんやね~」という風悟の冷やかしを適当にかわし、一行はそのまま神社へ向かったのだった。
続きます




