第6話 その11(第6話終わり)
「おお、靖成おかえり。思ったより早かったな」
「お父さん……獏を使った時の注意事項とかね、あらかじめ息子に言っておくとか、ない?」
「先に言ってたらつまんないだろう」
まあまあ、と圭介は廊下に立ったままバリバリと煎餅を食べながら笑う。
「ユキちゃんがいるからな。心配はない」
「そうね。ユキちゃんに任せておけば、ね」
拝殿に入り、先ほどいた場所に座った母ものんびりと言う。なんだかな。そこで靖成は、心配そうに廊下から見ている岡崎と真理子を見た。
「高岡さん、大丈夫ですか?先ほどよりは、顔色がいいようですけど……」
ええ、と頷く真理子を見ながら圭介が補足する。
「悪いものは、獏が食べちゃったんじゃないかな。バクバクと」
「お父さんそれは…なんかダサいんですけど……」
靖成は疲れもあり、あぐらを崩した。
「やだあ、やっくん。お客さんの前で行儀の悪い」
母こそ、客の前で「やっくん」はないだろう。しかし真理子は柔らかく笑った。
「子供は、いつまで経っても子供ですよね。ああ、うちの子供たちももう良い年なんですけど、やっぱり心配でつい…」
岡崎も笑って、真理子に話しかける。
「真理子さん、子供は30年の間にきちんと成長しています。そしてあなたも今ここにいる。それでも過去30年分が夢だというなら、これから僕と助け合いながら老後を過ごすという選択が、一番現実を感じられるかもしれませんよ?」
きゃーっ、と聡子は女子みたいに手で口を覆った。海外ドラマにはまっているため、話の内容はともかくこういうシチュエーションはたまらないのだろう。
「ユキちゃん。なんかさ…なんなの?ここ日本だよね?」
「日本の縁切り神社なのは、間違いねえな。まあアメリカナイズされてるおっさんには関係ねぇだろ」
アメリカ在住経験のある父圭介も飄々としている。
「そうそう。ほとんどは気分の問題だからな。手を合わせて祈ったくらいで悪運が消滅するんだったら苦労しないぞ」
「縁を切りたいなら物理的に切るのが一番よ」
靖成は母を見たが、母は変わらず笑顔だ。
「なんだろう……お母さんの話は深く突っ込んで聞いちゃいけない気がするんだよねえ……」
「まあ気にするな」
父は煎餅を1枚食べ終わると、スマホを出して時刻を確認した。昼だな、と靖成も考えたところで、タイミングよく宮司が現れた。廊下にいる一同の近くに来て声を掛ける。
「皆さん、お昼の用意できてますから、あちらにどうぞ」
一同は軽く会釈をし、靖成も立ち上がる。すると、割れた木札が足に触れた。縦長の札が、木目に沿って綺麗に真ん中から割れている。
「ああ、割れましたか」
宮司が明るく言ったが、靖成は申し訳ない気持ちだ。
「すみません、転んだ時に割ってしまったようで……あとで初穂料として納めさせていただきます」
深く頭を下げた靖成に、宮司はいやいや、と笑う。
「道理ですっきりしたお顔になってるはずだ。役に立ったようで何よりです」
「え?」
「何か、変わったことは起きませんでしたか?」
宮司が聞いた相手は、真理子だ。真理子はちょっと考え、首を横に振ろうとして動きを止めた。
「そう言えば、主人を見ました」
「亡くなったご主人ですか?」
ええ、と真理子は記憶を反芻する。
「突然この中が寒くなって、なんだろうと思っていたんですよね。そうしたら目の前に主人が」
「……幻、ですかね?本当に見たんですか?」
宮司はあくまで穏やかな口調で聞く。
「はい。あの目付きの悪さと通った鼻筋は確かに主人です。まあ思い返すと、ちょっと鼻が長かったかなと思うんですけど、とにかく主人でした」
獏か?獏だな、と靖成とユキはひそひそと話す。式神が見えないはずの真理子が、獏を確認して驚いたように声を発したのを聞いているのだ。
「咄嗟に、おかえりなさい、って言ったんです。そうしたら貧血を起こした時のように目の前が暗くなって、座りこんでしまって」
真理子の話を聞いて、宮司が頷いた。
「ご主人、あなたの言葉を聞いて、安心して帰られたんですね。これでもうあなたを縛るものはありません。気兼ねなく生きて良いと思いますよ」
岡崎が、なにか納得したような顔をした。ささ、と再度促されて移動を始めた父を靖成はつかまえる。
「お父さん。これって、本当にご主人が来たってこと?」
「さあ、わからないけどな。真理子さんの気持ちが吹っ切れたなら、これ以上なにもすることはないだろう。靖成の仕事も終わりだ」
煎餅食べるか?と、父は袋ごと靖成に渡す。手を入れて1枚取り出すと、煎餅の真ん中に「縁切り」と焼き印がある。
「……なにこれ」
「これな、バリバリと割って食べると悪い縁が切られるってOLに人気の商品なんだぞ」
「食べていいわけ?」
「そこが不思議なもんでな」
圭介はバリッと勢いよく煎餅を食べる。
「割れた、と思っただけでもうご利益があるってことだよな。ほら、プラシーボ効果ってやつだ」
「陰陽師らしくないねえ…」
「靖成もだろう。まあ、適当にやっていてもなんとかなるもんだ。怨念より怖いのは生きてる人間の方だからな」
二人で苦笑したところで、聡子の明るい声が聞こえた。
「ちょっとやっくん。賀奈枝ちゃん目を覚ましたらしいわよ。良かったわねえ」
賀奈枝の母から聡子に連絡が来たのだろう。靖成が咄嗟に何も言えないでいると、ユキに背中を思いきり蹴られた。げふっ、という間抜けな声を上げて突っ伏す靖成に、ユキは呆れたように言う。
「そんなグダッとしてんなよ。お前が意識失くしたときは周りが心配してんだぞ」
それを聞いて靖成は、自分が意識を取り戻したときに、賀奈枝が心配してアパートまで来てくれたのを思い出した。寒空のなか、頬と鼻の頭を赤くした彼女が昭和のアパートの階段をヒールで駆けあがる音が脳内再生され、微妙に落ち着かない。
「なんかさ……こう……なんとも言えないね」
「だろ?」
父がにやりと笑う。
「まあ、陰陽師じゃなくても生きてれば何かしらあるけどな。待ってる人がいると思えば向こう見ずな行動もしなくなるだろ」
「そう……かもねえ……」
靖成は暇をもて余して浮遊しているユキを見た。
「待ってる人、かあ……」
ユキは、かつて慕っていた当主が、生まれ変わってまた自分の前に現れるのを待っているのだ。人間の一生の何倍もの間、式神でありながら、弟子の姿かたちを与えられて。
ふと、ユキはもとはどんな姿だったのかな、と靖成は思った。待ち人と会うことでこの世のしがらみがなくなれば、ユキは消えるかもしれないが、消えるのは弟子の未練なのかユキの魂なのか、靖成にはやはり皆目見当がつかないのだった。
第7話に続きます。




