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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ユキ編(後)
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第6話 その8

「ちょうど、って言うのも変だけど、年末のおやすみに入ったところで良かったわ」

 母聡子はそう言いながらお茶を注いだ。ここは篠目家のリビングだ。ソファに座っているのは、聡子と父圭介、そして靖成である。ユキは腕組みしたままあちこち浮遊しており、時折あくびをしているが退屈してる訳ではない。


「ちょっと、寝てきていい?」

 神棚に入る、という意味だ。構造は不明だが、式神のユキは定期的に神棚で休息を取る必要があるらしい。ふらっと神棚に吸い込まれるようにユキが消えたのを見届け、靖成は溜め息をついた。


「やっくん」

 聡子の口調はいつになく厳しい。

「……はい」

 靖成も、親に怒られる年齢ではないのだが、神妙な顔をして項垂れている。

「だから、ちゃんとクリスマスプレゼント渡しておけは良かったのに」

「そうだなあ、目を覚ましたら正月かもしれないぞ」

 両親の言葉に靖成は「え?」と聞き返した。

「そこ?そこなの?橋口さんが目を覚まさないことじゃなく、そこなの?」

「まああちらのご両親には説明したし、ねえ」


 聡子は既に賀奈枝の母とも連絡を取り合う仲だったらしく、意識を失った賀奈枝を自宅に連れていったときには、賀奈枝の母はいきさつを理解して落ち着いていた。

「お前もたまにやるだろう、意識が潜ってるんだ。賀奈枝ちゃんは陽のオーラが強いし、食われたわけじゃない」

「なんで、わかるの」

「ユキちゃんの話だと、賀奈枝ちゃんに体当たりする前の形のまま、生き霊は女性に戻ったみたいだからな。食ってたら何か変わるだろう。形もだが、増えたり減ったり」

「ああ……」

 生き霊は負のオーラの影響を受けると増幅し、食われたほうもとり憑かれたようになる場合もあるが、変化なしという状況から父圭介は判断したらしい。


「とにかく、橋口さんは無事、てことでいいんだよね?」

「そうそう。まずは岡崎さんを浄化しないとな。個人の念はそんなひどくないんだけど、何かと融合したのかもな」

 ひとまず靖成は賀奈枝の容態に安心し、そして岡崎たちを思い出す。

「……なんか……岡崎さんとお相手さん、タイプ違うのによく付き合いたいって思ったよね」

「あらやっくん、逆だからいいんじゃないの」

「いや、お母さんたちは似たもの夫婦でしょ」

 陽気な両親は、いまだに手を繋いでデートをするくらい仲が良く、祈祷の仕事に関しても、母の精神的な後方支援はなかなかのものだ(がっちり祈祷料を請求する母の手腕も込みである)。

「まあまあ、靖成も結婚したらわかるよ」

「そうね、まずは賀奈枝ちゃんが目を覚まさないとだけど。あら、ほら、王子様のキスで目覚めるかもしれないわよ?」

 靖成は両親の会話はスルーしており、母聡子は「ノリが悪いわね」と不服そうだ。

「じゃあ、岡崎さんに晴れやかな気持ちで正月を迎えてもらえるよう、俺たちも頑張るか」

 圭介がいうと、ちょうどユキも神棚からでて来た。

「チャージ完了!」

 明るく言い、空中で一回戦するユキは見るからに元気だ。

「おう、圭介。岡崎んとこの仕事するならさ、縁切り神社の境内借りようぜ」

「縁切り?切っちゃだめなんじゃないの」

 靖成が眉をひそめた。

「あの手合いには、雰囲気ってのが一番効くんだよ。それこそ念が渦巻いてるから、どう転ぶかわかんねえけどさ」

「いいわねえ、縁切り神社なんて久しぶりだわ」

「結婚してから行ってないからなあ」

「そうねえ。結婚式直前に圭ちゃんの前の彼女が乗り込んできたときに行ったきりよね」

「……それって修羅場じゃないの?」

 父圭介は地味顔のくせに意外ともてるので、靖成も数々の逸話を聞いたはずなのだが、まだまだエピソードは出てくるのが否モテの靖成には不思議でたまらない。

「日本には銃刀法があるから」

 さらりと父が言った。母は頷いているだけだ。

「お父さん、うちって陰陽師スキルで変なことしたりしてないよね?」

「靖成だってたまにやるだろう。式神を、うるさい奥さんの口を塞ぐ栓代わりにしたとか」

「なんで知ってんの?あ、ユキちゃんか……」

「いや、賀奈枝ちゃんから。靖成から聞いたけどすごいですねえ、ってな。賀奈枝ちゃんて順応性高いよなあ」

「高すぎるときがあるけどね……」

 こんな風に、陰陽師の彼氏とその両親に違和感も覚えず普通に話せる賀奈枝が不思議でたまらない自分が、実は一番順応性が低いのかも、と靖成は思う。


 圭介と聡子は、さて、と立ち上がった。

「行くか」

 靖成も頷き、鞄だけ持って行こうとすると、母が顔をしかめた。

「ちょっとやっくん。ちゃんと衣装着てよ~」

「え?お父さんが祈祷すんじゃないの?」

 圭介はというと、こちらも眉間にシワを寄せている。こういう表情は靖成にそっくりだ。

「そんなわけないだろ。俺は監督だ」

 は?と靖成も父と同じ顔になる。

「なにの監督?スポーツ陰陽道とかないよね?」

「あるわけないでしょ。これは、やっくんが一人前になって賀奈枝ちゃんを幸せに出来るかの、認定試験だから」

 聡子は手のひらを靖成に向けてパタパタと振り、ユキは肩をすくめている。

「なにそれ。てかね、なんの認定?ねえ?」

 状況を把握しきれずやや慌て気味の靖成に、聡子は狩衣を押し付けた。

「やっくん、正念場よ」


 年末の神社は、少し穏やかだ。朝の8時を過ぎた頃でも、都心の神社なら仕事納めの挨拶に参拝するサラリーマンもいるだろうが、縁切り神社に来るのは女性が多く、今日は境内に、靖成たち以外は誰もいない。

「あいつと離れられますように……って」

 絵馬に書かれている、走り書きのさらに崩れたような字。

「もう目の前から消えてほしい……」

 こちらは対照的に、書道の手本のようにきっちりした文字だ。

「うーん、相変わらず濃いな」

「あらやっぱりそうなのね。やっくんも感じる?」

「……うん、えーと、洗濯機開けたときに絡まりまくってる洗濯物みたいにごちゃごちゃしてるね…」

「靖成は洗濯しねえだろ」


 4者4様の感想(?)が出たところで、社務所に向かい、中に声を掛ける。お世話になります、と圭介が言うと、人の良さそうな丸顔がのぞいた。

「ああ、どうも」

 顔を出した宮司は、圭介と同年代だ。

「お電話頂いた時はまだまだお盛んなのかと思いましたが、なんだかご友人が大変だそうで」

 はっはっは、と豪快に笑う宮司は、圭介の女性遍歴も知っているのだろう。聡子も普通に笑っているあたり、靖成にはわからない年月の積み重ねを感じる。

「篠目さん」

 背後からの声は、岡崎だ。

 振り向くと、岡崎の隣にはパートナー、つまり今回の騒ぎの元凶である女性が神妙な顔をして立っていた。

 一見するとおとなしい雰囲気だが、靖成は内心で、うわっと叫んだ。

「あーあ、こりゃ拗らせてんなあ」

 ユキがあきれたように言うとおり、女性の背には、明らかに黒い負のオーラが、ひっきりなしに形を変えながら渦巻いている。

「いやあ、ウズウズするねえ」

 圭介は楽しそうだ。てかベタな洒落じゃないよね?と靖成は声に出さず突っ込む。


「昼飯用意してますから、ごゆっくり」

 宮司の呑気な声を背に、圭介を先頭にした一行は静かに社殿へ向かったのだった。

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