第6話 その7
「ユキちゃんを知ってるんですか?」
聞いたのは賀奈枝だ。靖成は細い目を丸く(従来比)、ユキはあれ?という顔をしている。岡崎は微笑んだ。
「篠目君が、自分の家にはそれは可愛い式神のユキちゃんがいるといつも自慢してましてねえ…肖像画も描いてくれましたよ。あまりに上手いのでホストファミリーが気にいってしまい、日本へ戻る時に置いてきたらしいです」
「圭介は昔から絵が得意だからな」
えー、と賀奈枝が口を尖らせた。
「私、ユキちゃんの姿を知らないんです。篠目さん(=靖成)は呪われそうな絵しか描けないし」
随分な言われようであるが事実なのでしかたない。なんだかな、と靖成は肩を落とす。
「いやあ、篠目君(=圭介)の絵の通りなら、活発そうな美少年ですよ」
でも、と岡崎は言った。
「すぐ、見られるじゃないですか。結婚すれば。ねえ?」
彼は父圭介が独身の頃からの知り合いのため、結婚した時期の話、そして伴侶になると式神が見えるシステムのこともきいているのだろう。
少しだけからかうような、父や親戚にも似た表情の岡崎を、賀奈枝が真っ直ぐ見つめた。とても、真剣な表情で。
岡崎はそれを、結婚を意識した女性のものと思っていたが、次第に目を見開く賀奈枝の視線が、自分とややずれていることに気づいた。
「……どうしました?」
さすがに、岡崎も不審に思ったのか顔を視線の先へ向けた。1メートルほど彼の後ろに立っているのは、離席していて戻ってきた、パートナーの女性である。
「なんだ?」
岡崎の呼び掛けにも無反応で、様子がおかしい。靖成は、背中がぞわりとなるのを感じ、反射的に賀奈枝を庇うように立ち上がった。
「靖成!!」
うつろな目をした女性に飛びかかりながら、ユキが叫ぶ。しかし店内は狭く、何か起こっても式神で応戦はできない。突然立ち上がった靖成を驚いて見た岡崎だが、横から強い力で腕を掴まれ、慌てて隣の女性を見る。
「……なっ……?」
咄嗟に腕を引いたのと、ユキが女性を床に倒したのがほぼ同時で、端からみたら岡崎が女性を振り払ったように見えただろう。そのあと駆けつけて来た従業員に、靖成が『女性が自ら後ろに倒れた』と証言しなかったら警察を呼ばれていたかもしれない。
失神した女性は店の休憩室を借りて休ませた。目を覚ました時に聞いたら記憶がないようで、そのまま岡崎が自宅まで送ることにした。念のためユキが途中まで遠巻きに様子を見ながら付いていくという。靖成は賀奈枝に害が及ばなかったことに安堵し、歩きながら話をする。
「何かに憑かれている気配は無かったんですが、変な気配はしたんですよねえ。なんていうか、刺々しいような、ねっとりしてるような」
「憑かれてないのに、変な行動に出たってことですか?」
「それなんですよ……」
腕を組み靖成が考えていると、ユキが戻ってきた。
「靖成は大丈夫か?」
「ん?なんで?」
「鞄の中の札、焼き切れてるだろ」
ユキに言われて慌てて靖成が鞄をあさると、札らしきものの切れ端がでてきた。
「あー……これ、朝パソコン落ちたの、これかあ」
「何見てたんだよ。水着の女か」
「いや、クリスマスプレゼントとか……」
そこまで言って靖成は黙った。プレゼントを買ってないのを思い出したのである。
「ちょうど橋口さんが近くにきたから、結局何も調べてないんだけど。どうしよ?ユキちゃん」
ぼそぼそとユキにお伺いをたてるが、ユキは神妙な顔をしている。
「どうもこうもな。やっぱきっちり、はらうべきだよな」
「え、俺プレゼントの相場わかんないんだけど……」
「ちげーよ、あのおばさんだ。祈祷だよ、お祓い!」
「え?」
だって憑きものオーラは無くない?と靖成が聞くと、ユキは「それな」と溜め息をついた。
「原因は本人だよ。念がさ、生き霊みたいになってんの。クリスマスの祈祷帰りは毎年靖成も変なのに絡まれてるけど、今年は濃いめだから札いれといたんだ。焼き切れた札とあの女、同じ色のオーラが付いてる。迷い、怒り、嫉妬…とにかく負の感情だ。常に負の状態じゃないみたいだから、ちょっとわかりづらいけどな……」
靖成経由で話を聞いた賀奈枝も、心配そうな顔をする。
「嫉妬……前の奥様に?」
いや、とユキは言う。
「そういうのでもねえな。なんていうか、行き場のない感情が増幅してるな。でも色恋沙汰には間違いねえぞ。」
「ユキちゃん、なんでわかるの?」
「パソコン落ちたのはネット見てたからじゃねえよ。賀奈枝ちゃんと靖成が近づいたからだろ。昨日お前らと飲んだ時に仲良さそうな様子に嫉妬したんだな」
えー……と靖成は困った顔をする。
「別に関係なくない?」
「自分は第2の人生を諦めてるのに、ってのが、歪んだ八つ当たりに変わったんだな」
「はた迷惑だねえ……」
靖成は項垂れる。面倒だ、そう思ったが、こういう展開なら傍観してるわけにもいかない。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「そうだな……」
ユキは腕組みをした。
「依り代に念を写して浄化させるか?」
「おお」
ナイスアイデア、と靖成は気楽に構えたが、2日後に岡崎たちを呼び出して祈祷をしようとしたとき、思いもよらない事が起きた。祈祷お得意様であるアマノ社長所有の空き地を借りて、岡崎には亡くなった妻の写真のコピーを持ってきてもらった。それを依り代にしようとしたのである。
しかし女性の念は案外にしぶとく、写真ではなく、心配で見にきた賀奈枝の体に体当たりしたのだ。
賀奈枝は、そのまま意識を失った。




