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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
ユキ編(後)
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第6話 その6

 靖成が思い出せる一番古い記憶は、保育園の園庭で遊ぶ自分の姿だ。

 その時にはもう、ユキが隣にいた。ふわふわと浮かぶ、着物姿の変なお兄ちゃん。しかし親からは、外で言わないよう言われていたのだろう、何もない空間に無言で視線を泳がせる幼い靖成は、単なる変な幼児ということで片付けられていたし、靖成もユキがいるのが当たり前だったので、わざわざ他人に説明することはなかった。

 家つきの式神というのを親からきちんと聞いたのは、小学生になったくらいだったが、ユキ自身から、なぜ篠目家にずっといるのか理由を聞いたのはもう少し大きくなってからだ。数百年前の当主は、戦乱に巻き込まれ命を落とした。だがいずれ、同じ家の子供として生まれかわる、と言い残して。当主を慕っていたユキは、生まれかわったその人に会える時を、ずっと待っているのだ。

 それを知ったとき靖成は思春期。地味で目立たないが反抗期真っ只中。まず、家業つまり陰陽師を継ぐことに対して反発した。敷かれたレールを外れたいとプチ家出をしたこともあったが、生まれて初めてユキと離れた靖成は、自分の将来よりも目の前の悪霊から逃げるので精一杯。

 陰陽師ネットワークを駆使した親にあっさり連れもどされ、靖成がそれで再確認したのは、家は継ぎたくないがユキとは離れたくないという、矛盾した自分の気持ちだった。




「圭介は別に、陰陽師が嫌いでアメリカにいったわけじゃねーんだけどな、結果的に、向こうでは陰陽師じゃなくて普通の学生として過ごしてたらしい」

 ユキが、靖成と賀奈枝が並んで歩く2メートルほど前を飛びながら話す。

「俺はさ、家の神棚(ほんたい)からあんまり離れらんねえんだ。昔、篠目の当主が唐に行く話があって俺も行く気満々だったんだけど、出航して少し経ったら俺だけ呼び戻されちゃってさ。いやー、あんときはびっくりしたぜ」

 1200年ほど前の話を明るく話すユキだが、当然賀奈枝には聞こえないため、靖成が通訳をする。へー、とか、ほー、とかいいながら目を丸くしたり、笑ったりする賀奈枝はかわいい。靖成は思わずじっと見てしまったが、無言で凝視すると悪人顔になるため、賀奈枝は「え?なんか変なこと言いましたか?」とうろたえている。いや、なんでもないです。

「呼び戻されるって、どんなふうにですか?」

 賀奈枝から素朴な疑問が入った。靖成はそれをユキに伝える。

「んーとな、体の前に急にデカイ手のひらが出て来て、丸めてポイッと投げかえされる感じか」

「丸めてポイ……ですか」

 想像しているらしき賀奈枝に、靖成は手振りで補足する。

「多分な、どこかで神様の管轄が変わってんだよ。圭介は日本にいたら俺がいなくても祈祷はできるけどさ、アメリカじゃあ他の式神も使役できない」

「それは聞いたなあ」

 ああ、とユキは頷く。


「向こうで岡崎と会った時がちょうどハロウィンで、ホストファミリー同士が友達で皆集まってたらしいんだよ。それでお化けが怖いかどうかの話になった時にさ、自分は陰陽師だからって言ったんだと。で、ホームステイ先にきたお化けが本物なら祓えと言われたけど、区別はつくけど対処ができねえんだ」

「それ、やばいよね?」

「だな。それで変なのが紛れ込んじまって。まあたまたまホストファミリーの親父さんが牧師で、一発KOだったらしい」

 話を聞いて、すごいですね~、良かったですね~などと賀奈枝は感心しているが、たまたま陰陽師が留学した先にゴーストハンターがいるものなのだろうか。あまり細かく突っ込みたくない靖成である。

「ところでさ、お前会社で……」

 ユキが話題を変えようとしたとき、離れた場所から靖成たちを呼ぶ声がした。


「ああ、靖成くん。こっちです」

 待ち合わせ時間より数分早いが、岡崎は既にパートナーの女性とともに自ら指定したランドマークタワーの入り口で待っていた。靖成の父のことを、篠目くん、と読んでいるので、息子は名前で呼ぶことにしたのだろう。靖成にとって、この呼ばれかたはかなり新鮮である。

「まずは、お話を聞かせていただけますか」

 靖成は、建物内のカフェに入り、注文したところで話を切り出す。岡崎と女性は隣同士、靖成と賀奈枝は向かいの席で、ユキは頭上を浮遊している。

 店内は意外に閑散としている。岡崎は女性をちらりと見て、ゆっくり話し始めた。


「私は妻を亡くしてすでに10年以上になります。葬儀には篠目君……靖成くんのお父さんにも来ていただいて」

 軽くお辞儀をされたので、靖成も返す。父は人付き合いがよく、義理堅いので、暫く疎遠の仲でも冠婚葬祭に呼ばれたら可能な限り顔を出すのだ。

「篠目君が、祈祷を副業にしているというので、1年を過ぎた頃に聞いたんですよ。うちの妻は成仏したのか、と」

 隣にいるパートナーは未入籍だが、妻という言葉に少し反応をしめした。

「成仏してるから安心していい。落ち着いたら気兼ねなく再婚も考えたらいい、と言われました。まあ彼なりの励ましでしたね。アメリカにいた頃はよく一緒にバーに通って、恋愛話で盛り上がった仲ですから」

 いや、その金髪美女が出てきそうな思い出話は不要です、と靖成は内心ひやひやしながら女性を見る。

「そのあとは、まあ縁がなく長く独り身で過ごしていましたが、この人と」

 岡崎は隣のパートナーのほうを見て、すぐ靖成に向き直る。

「出会って、ご主人のことを聞いた上で余生を共に過ごしたいと申し出たんです。彼女のご主人は海外赴任などでずっと忙しく、家庭は彼女がひとり切り盛りしていたようです。定年したらゆっくり過ごしたいと思っていたのに急死してしまった。それなら私と、と」

 昭和のメロドラマのセリフのようだ。靖成は女好きな父を思い出し、軽くデジャヴを感じた。

「……ええと、岡崎さんて、うちの父より1つ年上ですよね?」

「そうです。彼より一足先に定年を迎えました。仕事から離れた時に、残った日々は思った以上に長いのでは、と考えましてね」

「いや、まあ。そうですよね…」

 靖成が聞きたかったのは、なぜその年代でそんなにアグレッシブな恋愛が出来るのかということだが、これが当たり前な方々には疑問は通じないらしい。

「入籍をしない理由は、なんですか?住まいも別とか」

 靖成の聞き方も、なんとなくどこかの調査員のようだが、憑きものの気配がしない限りは思い込みの正体をはっきりさせないと、祈祷の『ふり』もできない。これにも岡崎が答えた。


「どうやら、海外に単身赴任の夫をほったらかしにして、健康に気をつけないからだ、と彼女を非難する人たちがいたようでして…」

 女性が、膝の上で拳を握りしめたのがわかった。よほどひどい言われようだったのか。そう言えば件のタヌキ式神のとき、女性の娘たちもやはり結婚に反対しに来ていたのを靖成は思い出す。しかし、女性になにか男性的な霊が憑いてるわけでもない。こちらも成仏しているのだろう。


 そこで、「ちょっと失礼します」と、パートナーの女性は離席し、洗面所の方へ向かった。色々辛い記憶も甦ったのか、更には、ほぼ初対面の、自分の子供くらいの年齢の男性にプライベートを暴露されて恥ずかしいのか。まあ、そうだよなと靖成は女性に同情し、同時に自分も場の空気の重さから解放されて一息ついた。

 ユキは、女性より岡崎を見て、呆れたような口調でいう。

「圭介といい岡崎といい、アメリカナイズされて日本でバブルも経験したおっさんて、なんか物言いもストレートだし無駄に元気だよな」

「それね」

 話の流れ的にはっきり言うのを憚られていた靖成は思わずユキに同意したが、なにか?と岡崎に言われていえいえ、と適当ににごす。すると、岡崎が意外なことを言った。


「ユキちゃん、ですか」

「え?」

 これには靖成と、賀奈枝も驚いた。


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