第6話 その5
クリスマスの会社は、いつもより人が少ない。寒いのと億劫なのと、両方の理由から自席で猫背を更に丸めている靖成の耳に、背後から軽快なヒールの音が聞こえてきた。
賀奈枝である。
おうっ…と内心緊張しながらも、靖成はそのままパソコンのモニターを注視した。ニュース画面のトップには様々な広告が貼られているものだ。怪しげな商品宣伝が多いが、なかには、「クリスマスプレゼントを渡し忘れても大丈夫」などと、おおきなお世話な見出しもある。よろしくない。時節柄、初詣の特集もあり、縁結びだけでなく縁切り神社の情報も混在しており、ますますよろしくない。
パチッとタイミングよくパソコンが落ちた。靖成は霊媒体質のため、たまに電化製品が誤作動を起こすのだ。
「あ、篠目さん。付けてくれてるんですね」
賀奈枝の声音が乗ったオーラは、ピンク度を増して靖成の周囲をかこむ。かわいい。うん、かわいい。そして、賀奈枝は靖成の隣に立ち、嬉しそうに自分がプレゼントした腕時計を覗きこんだ。
「あ…ありがとうございます…その」
ここは社内、今日はクリスマス…という状況での照れもあるが、プレゼントを用意してなかった靖成は、どう話を続けていいかわからず口ごもり、とりあえずパソコンを再起動する。ルーチン作業は気持ちを落ち着かせるには有効だ。
「その?なんですか?」
笑顔の賀奈枝に、裏はあるだろうか。それこそ読み取るほど場数を踏んでいない靖成には不明であった。
「祈祷のお話ですか?岡崎さんの」
話がとんだ。反射的に渋い顔をした靖成だが、すでに賀奈枝はこの悪人顔にも慣れたらしい。
「昨日の今日で祈祷の依頼なんて、よっぽど切羽つまってるんでしょうか。幸せそうなのに何に祟られてるんですかねえ」
顎に手をやり、賀奈枝は神妙な顔になる。
「……橋口さん、仕事の話を、なんで」
「お母さんからLINEが来ました」
さらっとした口調通りの、裏表の無い端的な事実だ。しかし続けて語られた内容に靖成は絶句する。
「今日は私もお仕事に同行するように言われたので、足を引っ張らないよう頑張りますね!」
「え」
靖成は張り切る賀奈枝を見上げ固まった。聞いてませんか?という賀奈枝に対し、なに?同行?とぶつぶつ言いながら、靖成は慌てて母聡子からの手紙を取り出した。裏…というか紙飛行機にした際の、ちょうど尾翼の折り目に隠れる部分に一文が書いてある。プレゼントは一緒に選ぶといいよ(^^)d、と。
「ああ…」
いくら母と彼女がLINEで毎日会話するくらい仲良しといえど、プレゼントをあげていない事実が彼女(賀奈枝)から母へ筒抜けというのは、かなり恥ずかしい。
そして、賀奈枝はそれ=ちょっと遅れちゃったクリスマスプレゼントを期待しているんだろうか。2呼吸くらい無意味に開けてしまった時、ぞろぞろと他の社員が出社してきたため、賀奈枝はちょっと声音を整え会社モードになった。
「じゃあ、終業時間すぎたら、外で待ってます」
外というのはこのビルを出たところ、という意味だ。年末休みの取引先も多く、仕事自体は暇である。靖成も賀奈枝も、特に残業になることもなく定時であがりとなった。
はあ、と下りエレベーターの隅で靖成は小さなため息をつく。
岡崎さんの依頼は、「今のパートナーが何か悪い霊に惑わされているから、祓ってほしい」というものだ。しかし母からの詳細には「それっぽく」とある。
要するに、「実は霊はいなくて、気のせいだろうから祓ったふりをして安心させろ」ということなのだ。以前もこのような依頼があったので、靖成にも予測はついた。だから母は、プレゼントを買う名目があるにしろ、危害は加えられない安心があるから賀奈枝の同行を提案したのだ。
ただ、稀にそれが本当に憑き物のときや、憑き物に『なってしまった』場合がある。
「どういうことですか?」
靖成は賀奈枝と合流し、歩きながら仕事の仔細と私見を伝えた。賀奈枝はもともと悪霊や式神は見えないため、憑き物にどんなものがあるかわからないのだ。しかし靖成も全ては把握できない。
「要は、人の気持ち次第ということです。いる、と思えばその人の中では実体となり、いないと思えば存在は否定され、無に帰す」
「……須坂さんが昔、篠目さんと喧嘩した原因ですね」
「よく覚えてますね」
靖成は子供の頃、式神ユキの存在を否定した友人に殴りかかったことがある。賀奈枝がその話を聞いたのは母聡子からだが、単に陰陽師家業を知られるのが嫌という理由だけでないのは、賀奈枝もわかっていた。
「京都で最初に教えてもらったとき、篠目さんがとても真剣でしたから」
式神を、信じてください。賀奈枝は靖成の頼みを受け入れ、以来なぜか家族ぐるみの付き合いに発展している。要らぬ情報まで共有するほど仲良くなるのは想定外にもほどがあるが。
「あ」
噂をすれば、だ。ユキがやってきた。
帰宅する会社員の波を見下ろすように、軽やかに着物の袖をなびかせてふわりと飛んできた。靖成は道の脇に寄って足を止める。
「おう、靖成。圭介から伝言預かってきたぜ」
父圭介は、旧知の仲である岡崎からの依頼に不明瞭なところがあるので、直接連絡して近況を聞いたらしい。この行動力は残念ながら靖成が受け継げなかったものの1つである。
「お父さん、なんて?」
賀奈枝は靖成の視線の先を見るが、当然ユキは見えないし声も聞こえない。自分が隣にいなかったら、虚空に話しかけるただの変な中年にしか見えないかも、などと賀奈枝は思ったが黙っていた。
ユキはいつも通りハキハキと話を続ける。
「男やもめの再婚だろ。だからさ、今の相手が、前の奥さんがまだそのへんにいるんじゃないかって気になって、落ち着かないらしいんだよな。10年以上ずっと成仏しないなんてあり得ねーんだけど」
予想した内容ではあるが、靖成は首を傾げた。
「奥さん亡くなったの、10年以上前なの?」
「そうみたいだぜ。むしろ女のほうが旦那亡くしたのが4年前だっていうからそっちを気にしそうなもんだ」
「だねえ。旦那さんの霊が気になるならわかるけど」
「だんなは定年直前に急死したらしいしな。で、その2年後に習い事で知り合って、岡崎の方からアプローチしたんだと」
「ははあ。情熱的だねえ…」
類は友を呼ぶのか、父圭介もたいがい女好き…いや、女性には積極的だったらしい(過去形にしておく)。
「とにかく、実際奥さんが憑いてないにしろ『祓いました~って体で宜しく』ってさっちゃんが言ってたからさ。ちゃちゃっと終わらせてデパートにプレゼント見に行こうぜ」
「ん?ユキちゃんプレゼントほしいの?」
ユキは、じとっと靖成を見た。
「なんで俺なんだよ。賀奈枝ちゃんにだろ」
あー、と靖成も理解したが、プレゼント、という単語を口に出したことに気付き、慌てて隣を見た。賀奈枝は後半の話の流れがわかったのか、くすくすと笑っている。
「ああ…いや、その」
「お母さんから、何でも好きなものねだっていいって言われました」
「なんでも…」
靖成は反射的に脳内で計算を始めたが、如何せんプレゼントに適した品物とその相場がわからない。
「冗談です。さ、いきましょう」
にっこり笑って、賀奈枝はさっそうと歩きだした。
まったり続きます




