第6話 その4
「靖成!ほら!遅刻すっぞ!!」
冬の朝、式神のユキが勢いよく靖成の布団をはいだ。丸まりながらうなる35歳独身サラリーマンは、長身ではあるが脂肪も筋肉もないため寒そうである。
「ユキちゃん、もう少し……あと少し……」
「なに懐かしいJPOPの歌詞みたいなこといってんだよ」
朝食のパンとスープを座卓に並べながら、ユキが呆れた顔を靖成にむけた。
「ほれ、学生は冬休みで電車は空いてんだし、そんな辛くもないだろ。さっさと行けよ」
のそっ、と靖成は布団から上体だけ起こし、ちらりと部屋の隅に置いた通勤カバンを見た。その脇には、手のひらほどの大きさの紙袋が置いてある。
「はあ……」
靖成はため息をついた。
今日はクリスマス。昨日はイブ。しかし昭和から風情の変わらない和風の下町アパートに、サンタも恋人も来なかった。もとい、サンタコスをした恋人は来なかったのである。
「それさ」
皿を並べ終えたユキが紙袋を指差す。
「賀奈枝ちゃんからだろ?中身は?」
「いや、まだ……」
あーあ、とユキは肩をすくめる。
「そういうのはさ、その場であけて、きちんと顔見て礼を言うとか、アクセだったら付けてみるとか。最低限の礼儀ってのがさー」
いつもながら、ユキは平安時代生まれとは思えないくらいオープンな恋愛指南をしてくる。いや、昔のほうが色々オープンだったかも、と靖成は思ったがそこは敢えて言わず、紙袋に手をかけながらぼそぼそと呟く。
「そうは言ってもねえ……ちょっと不測の事態に陥ったっていうか」
「『熟年再婚のプロポーズを阻んだ相続争いの悲劇』か」
ユキが口にしたベタな昭和サスペンスのようなタイトルは、母聡子が付けたものだ。陰陽師絡みの案件を本部提出用の報告書にまとめる際に、なんとなく件名をつけなければならないのだが、それにしても趣味全開のネーミングである。
「それね、実際そんな悲劇じゃないし」
靖成は猫背のまま紙袋ににじりより、中から、さらに小さな箱を取り出した。クリスマスのラッピングがしてある。おう……と声にならない呻き声を発し、ひとまずそれは再び紙袋へしまって靖成は朝食を食べ始めた。ユキはホットコーヒーが入ったカップを座卓に乗せる。立ち上った湯気は、ユキが喋ると少し揺らいだ。
「悲劇になりかけた原因は靖成だもんな。でもさあ、ちょっとは後ろめたいかもしんねーけど、イブのデートを犠牲にしてまでほぼ初対面のおっさんと飲む必要は無いだろ」
「いや、後ろめたい訳じゃないし…むしろ橋口さんが二次会に誘ったというか」
あー、とユキが天を仰いだ。
「……賀奈枝ちゃんのほうか。じゃあ、仕方ねえなあ……」
要は、イブデートをしながら陰陽師の仕事(厳密には違うが)の説明をしていたら当事者とばったり再会し、ドラマ的なイベントが好きな賀奈枝は偶然の出来事に興奮して「皆で飲みましょう」と提案~二次会なだれこみ、となったのである。
「いかにも賀奈枝ちゃんが好きそうなネタだもんな。陰陽師の仕事で会った人が、実は親と旧知の仲でした、とか」
「俺は岡崎さんを知らなかったから、ほんとびっくりしたんだけどねえ……」
男性は、岡崎と名乗った。父圭介とは学生時代に知り合ったとのことで、その時に陰陽師家系であることも聞いていたらしい。世間は狭いのである。
「学生んときの友人で、俺が知らないってことは、圭介がアメリカにいた時だな」
父圭介はアメリカ留学をしていたのだ。ユキは日本から離れないため、その頃の交遊関係は知らない部分も多い。だねえ、と靖成も頷く。
「てことはさ、タヌキ式神ねじこみ事件も、靖成の仕業ってわかってたっとことか?」
「そうそう。それなんだよ……」
靖成は一層深いため息をついた。
「なんかちょっと、たのみたいことがあるって言われて」
「頼みたいこと?祈祷か?」
「ねえ。そうするといまいち断れないじゃない?」
はああ…と、項垂れながら、靖成はごちそうさま、と手を合わせる。食器をさげて着替え始め、スーツに袖を通したところで再び紙袋に手を伸ばす。いや、手を伸ばして、引っ込めた。
「開けろよ」
ユキのおさえた口調は、取り調べをしている刑事のようだ。対して靖成は、一層眉間に皺を寄せて悪人顔になっている。
「いま?」
靖成の返事に、ユキは呆れた。
「当たり前だろ。ぜってー会社で聞かれるし。プレゼントどうでしたか?とかさ」
「ユキちゃん、なんでそんな女心にくわしいの?」
「長く人間のいざこざを見てたらわかるぞ」
「……いざこざなんだね」
靖成が、面倒くさそうに、という体裁を取りながら照れ臭そうに包みを、次いで箱を開けると、中からは腕時計がでてきた。
「へえ……」
スマホは陰陽師電波のせいか通信障害やフリーズが多いので、靖成は時間確認のためだけに、常に腕時計をしている。裏事情を鑑みてかはわからないが、とにかく靖成には合うであろうプレゼントを選んでくれたらしい。
「いいじゃん」
ユキは笑顔だ。なんだろう…初めてバレンタインチョコをもらった息子をあたたかく見守る親のような視線である。
「……背中がむずむずする」
「怨霊は特についてねえぞ」
「いやそうではなく」
生まれた時から家族同然に過ごしている式神のユキは、靖成が中年になろうが子供扱いを変えないのだが、見た目はイケメンの青少年である。変なプレイでもしてるみたいだ、と靖成は思ったが黙っておいた。
「似合うぞ」
うん、と満足げにユキは言った。うん、と靖成も首を縦にふる。
「で?」
靖成の手のひらにある腕時計を見ながら、ユキはやや強めに語尾をあげた。
「で?うん?」
靖成の間抜けな返事に、ユキはじれったそうに言葉を継ぐ。
「だから。で?」
「だから何?ねえ?」
ああ、とユキは頭をかきむしる。そんな仕草すらかわいい、と靖成は細い目をさらに細めたが、いよいよしびれを切らしたかのように、ユキは語気を荒げた。
「だからよ、賀奈枝ちゃんには何あげたんだよ」
靖成は最初からわかって意図的にスルーしている。さすがにダイレクトに聞かれたら流せないが、流す内容は無いのだ。
賀奈枝への、プレゼントのことである。
「いや、なにも……」
そう。なにも、あげてないのだ。あーあ、とユキは額に手をあて、再び天を仰いだ。
「指輪とか!なんかさ!こう、将来を約束できそうなものは!」
「それね」
靖成はユキから視線を外し、ぼそっと呟く。
「お母さんにもなんかあげなさいとか言われたけどねえ……賀奈枝ちゃんの気持ちを無視するのもちょっとねえ」
言いながら、ちょっと躊躇ったのちに腕時計を手首につけた。サイズはちょうどいい。おそらく体格も似ている靖成の父を参考にしたのだろう。
ふーん、とユキは小声で相槌をうった。
すると、ドアの隙間からひらっと紙飛行機が飛んできた。母聡子からの手紙だ。開くと、知ったばかりの名前が書いてある。
「あー、岡崎さんから祈祷の依頼が正式に来たんだって。ユキちゃん、今日夕方に駅前待ち合わせだからよろしくね」
「はえーな。で?具体的な内容は」
紙面にもう一度目を通した靖成は、首をかしげた。
「うーん……『それっぽい感じでよろしく』だって」
「はあ?」
「だってそう書いてあるんだよねえ、ほら」
ぺらっ、と靖成はユキに紙面を向ける。確かに、母聡子の字でそう書かれており、実際に岡崎が何に悩まされているかは一切記載がない。
「ま、行けばわかるかなあ」
「呑気だな。罠だったらどうするんだよ」
「罠だったら、ユキちゃんが助けてくれるでしょう?」
「甘いな。そんなんじゃあ乱世で生き残れねーぞ」
「いや……もう21世紀だし……」
ともあれ、靖成は出勤した。恋人からプレゼントされた腕時計を、ちょっと気はずかしそうにさすりながら。ユキが鞄に入れた護符にも気付かないくらい、実は内心、とってもうかれながら。




