第6話 その3
配膳が出来ない靖成はホールには立てないので、伝票整理をしている店員のふりをして(というか実際に入力作業をさせるあたりが佐々木さんである)、その場の成り行きを見ていた。
刃傷なら他従業員と警備員に任せるべきだが、悪霊退散的なトリップ感が見えたら押さえようとしていたのである。
案の定、それは警備員案件であった。しかし突然、その家族の1人が靖成に話しかけてきたのだ。
「あなたもそう思うでしょ?と」
「は?」
賀奈枝の眉間に、縦に深い皺が刻まれた。靖成は本能的にひるみながらも、会話を続ける。
「いや、だから。その熟年男性の娘さん……仮にA子さんとします。A子さんが、俺に話しかけてきたわけです。あなたも親の財産を他人に持っていかれたらどう思う?と」
「はあ」
まだ話の筋が見えない賀奈枝に、靖成は続きを話す。
「A子さんの連れ合いの方は、黙っていましたけどね。配偶者の親が亡くなっても相続権はないので」
「法律的にはそうですね。で、なんて答えたんですか?」
「そのままですよ」
そのまま?と賀奈枝が聞き返す。
「親は健在だし、自分は1人で問題なく暮らしているし、家の資産は神棚だけですから、と」
代々陰陽師を継いでいる篠目家は、神道だ。
実家にある神棚は、使役する式神のユキの寄り代でもある。仕組みは不明だが、あそこで定期的にユキは式神パワーをチャージしているらしいので、それはキープしたいとユキ推しの靖成が考えるのは納得である。
なるほど、と賀奈枝は頷いた。
「それで?」
「それで……A子さんから激しく同情されました」
「え?」
「1人なの?その年で?独身なの?と……」
一部を思い出すと、芋づる式に記憶が出てくる。見た目は年相応の30代、しかし靖成のクタッとした風采に、推定40代の奥様は勝手な想像をして勝手に同情し、勝手に優越感に浸り始めたのである。
「あー……」
わかります、という賀奈枝の心の声が靖成には聞こえた。というか顔に書いてある。現恋人にこんなあからさまに同情され、靖成はますますせつなくなった。
「……まあ、世の奥様は無駄に声が通る方が大半なので、何故か相続の話よりも、俺の個人情報がホール中に響き渡りましてね。大人げないですが、俺もつい」
「つい?」
「物理的におばさ……いや、A子さんを黙らせようとして、その口に式神をねじこみました」
「え」
今度は賀奈枝の表情が固まる。
「恰幅のよい方だったので、タヌキをぐいっとですね。見事に全身入りましたねえ」
「ええ……?」
「あ、ねじこむと言っても、タヌキを使役したという意味です。奥様が直立不動のまま突然黙ったので、家族は慌てまして。A子さんが心臓発作でも起こしたのかと」
「ええ……」
この、賀奈枝の相づちは「そうですよね」という意味だろう。家族でなくとも、その場に居合わせたら動揺するのが普通だ。しかし。
「皆が体調を心配するなかで、A子さんの旦那さんだけが違う心配をして騒ぎだしたわけです」
「え?」
「A子さんが死んだら、その親からの相続はなくなる、と。お子さんいないので飛び越えての相続権がないわけです」
「えーと」
賀奈枝が首を傾げる。
「話のメインは、熟年再婚。熟年さんの資産はゼロにはならないでしょうし、熟年さんの娘であるA子さんが相続したら、いずれはA子さんの旦那さんにもプラスになります。でも、今A子さんが死んだら、相続権はそこでなくなります。熟年さんの、他の子供たちに分配されるだけです」
「それで」
「A子さんの旦那さんは、妻の容態よりお金のことを先に口走ったので、一気に非難を受けることに。そこで俺は式神を解放しました。ちなみに解放といっても口に栓をしていただけなので、A子さんには全部聞こえています」
「ということは」
うんうん、と靖成は首を縦に振る。
「A子さんはショックだったんでしょうねえ……体が自由になっても、しばらく棒立ちでした。自分の体調より真っ先にお金の心配をされてるんですからね」
「……ですねえ」
「ちなみに、熟年さんたちは籍を入れるつもりはなかったらしく、当然相続になんら影響はなかったわけです。A子さんはじめ他の方々もそれがわかると肩透かしをくらったように、おとなしくなりました」
「それで、A子さんたち夫婦は?」
「さあ……とりあえず皆さん、食事が済んだらすみやかに解散しましたが」
靖成は、式神をけしかけたものも、事の成り行きを一歩引いて眺めていただけなので、そこから先は知らないのである。
概要ではあるが、世の中の無情を聞いた賀奈枝は、切なそうな顔をした。
「なんだか……。篠目さんのご両親みたいに、いつまでも仲良い夫婦ばかりじゃないのはわかりますけど」
「うちの親は互いにマイペースですから」
すると、そこで靖成は背後から肩を叩かれた。ん?と振り向くと、父圭介と同年代の男性が笑顔で立っている。
「やっぱり篠目君の息子だったか。あのときも似てると思っていたけど、名前を聞くまでは声をかけられなくてね」
うわ、と靖成は思わず立ち上がった。
「2年前の……熟年さん」
そう。男性は、今しがた靖成が話していた熟年カップル相続事件 (というほどでもないが)の当事者なのである。咄嗟に次の言葉が出ない靖成に、男性は笑った。
「君のお父さんとそう年は変わらないよ。まさかね、古い知り合いの息子さんに身内の恥をさらしていたとは」
地味顔の父圭介とは違い、俳優のように整った笑みを浮かべる男性を見て、いや、父より数段若いしイケメンだし、ロマンスグレーだし、と靖成は切なくなる。しかも圭介と靖成は、初対面の男性から親子と見抜かれるくらいよく似ているのだ。
うなだれそうになるところを気合いで靖成が顔をあげると、男性の背後から女性が姿を現した。奥様……ではなく、籍を入れてないなら彼女とお呼びするべきか。
「その節はお世話になりました」
「あ、いえ……」
2年前のクリスマスに繰り広げられた相続争いで、靖成は結果的にその場をおさめたのだが、さらなる混乱のきっかけを作った張本人でもある。
靖成は動揺しながらも熟年カップル2人と改めて挨拶をかわし、賀奈枝を紹介した。
まったり続きます




