第6話 その2
会社での下世話な噂話が消えたかはさておき、靖成と賀奈枝は予定通り、ホテルのレストランでクリスマスディナーを過ごしていた。
「……そんなに……ダメですか」
賀奈枝が俯きながら言う。言いながらもさくさく料理を口に運んでいるのは、とても器用だ。しかも口紅が全くはげないのは何故か、と靖成は眉間に皺を寄せながら考える。
「すみません」
その表情をみた賀奈枝が謝ったので、靖成は慌てて否定した。
「橋口さんが気にすることではありません。そもそも、ここで夕食を、と誘ったのは俺なので」
「でも」
神妙に相づちをうちながら、賀奈枝はクイッとグラスを口に運ぶ。器用だ。
「まあ、予想はついていました。実は毎年クリスマスはここに来ているんです」
「え?」
賀奈枝が驚いたような反応をしたので、靖成は慌てて補足する。
「仕事です。陰陽師の」
「はい、それはわかってます」
わかってるのか、と、靖成はちょっと黙った。
靖成が陰陽師であるというのは認知済だとしても、今日はクリスマスである。
え?篠目さん昔のカノジョとクリスマスデートで来ているところに~今カノジョを連れてくるの~?というような嫉妬は、賀奈枝から微塵も感じられない。
やや寂しさを覚えながら、靖成は努めて平静を装う。
「今日は……今年は、東京支部のほかの誰かに頼んでくれるよう、佐々木さんに連絡してたんですけど、思った以上に空気が悪くてですね」
京都の佐々木さんは東京の陰陽師の人員配置もしているのだ。賀奈枝のことも知っているので、靖成のデートは優先してくれた。
しかし代わりの陰陽師らしき人物は視界の中に確認できず、代わりに眼前に広がるのは澱んだ空気である。
「ここが、良くない空気の発生源なんですか?」
靖成はうなずいた。
ここ、というのは勿論、カップルだらけのホテルレストランである。賀奈枝は改めて周囲を見渡した。右には談笑するカップル、左にはプレゼントらしき何かを渡すカップル。そして後ろはお通夜のようにどんよりとした空気をまとったカップルがおり、霊感がない賀奈枝にもそのダークネスな空気は見てとれた。
「やばいですね」
「やばいんですよ」
はあ、と靖成は溜め息をつく。
「クリスマスのデートスポットには幸せカップルだけが集まるわけではなく、というか、幸せになりたいカップルの念が、そりゃあもう龍の巣みたいにうずうずっとしていまして。二次被害防止のため、クリスマスに予定のない誰かが毎年仕事で駆り出されるわけです」
へえ……と賀奈枝は話の内容を頭の中で精査しているようだ。
「龍の巣ってなんですか?」
「そこですか」
有名アニメを知らないわけではないだろうが、固有名詞まで覚えているとは限らない。
「でかい入道雲の中で嵐が起こっているイメージでして」
靖成はいつものように説明を続ける。
「今まで一番すごかったのは、60代後半の熟年さんですかね。死別再婚同士は一見円満に見えますが、ほら、ちょっと先が見えますから」
「先ですか」
はい、と靖成は頷く。
「遺産ですね。再婚相手に持っていかれると、子供たちの取り分が減るわけです」
「相続争いですね!」
賀奈枝は、なぜか突然うきうきとした声音になった。
最近ネット配信されている、どろどろっとした御家騒動ドラマの話で母聡子と盛り上がっていたな、と靖成は思い出しながら、やんわりと声を落とすよう賀奈枝を制する。
「まあ、そうですね。本人同士は余生を共に、という、いたってシンプルな理由で再婚を望んでいても、数年過ごしただけの再婚相手に財産半分持っていかれるのは嫌だからと、入籍を阻止したい方々……相続権のある方たちが周りのテーブルで様子を伺っていたわけです」
「そんなの、本人たちの自由じゃないですか」
「恋愛の自由は民法の前では不自由なのです」
賀奈枝がイラッとしたのがわかる。普段ゆるふわな賀奈枝だが、目鼻立ちがはっきりしているため、迫力があるのだ。怖い、と靖成はややひいた。
「それで、どうなったんですか」
きつい口調のまま話されると、なんだか自分が責められているみたいだ、と靖成はやや理不尽さを感じる。某国のドラマは、視聴者の感想如何で話の結末が変わるらしいな、と以前母から聞いた話を思いだしつつ、靖成は賀奈枝に向かってリアルな話の続きを話す。
「えーと、男性のほうが女性にプロポーズを、というところで、四方にいたカップル達が一斉に立ち上がり、ちょっと待った、と」
「割り込み告白みたいですね、テレビみたい」
賀奈枝が手でぴしっと何か制すようなしぐさをする。
「割り込むには人数が多すぎますが。男性の息子夫婦と娘夫婦、女性の娘夫婦2組、合わせて4組8人でした」
法定取り分なら、配偶者がいない親の遺産は子供に渡る。しかし親が再婚すればまず遺産の半分はそのお相手にいくのだ。
「まあなんだか、誰がどの家族かわからないほどぐちゃぐちゃに言い争いが始まりまして……いや、俺は陰陽師であって弁護士ではないんですけれども……」
範疇外だからと放置していると、悶着は他の客の混乱も招き、仕方なく靖成は仲裁に入ったのだ。
「篠目さんがおさめたんですか」
「おさめたと言いますか」
うーん、と靖成は唸った。
まったり続きます




