第6話 その1(後書きにキャラ紹介図があります)
本編に戻ります。
俗に言う、クリスマスイブ。篠目靖成と橋口賀奈枝は一緒に食事をしていた。
夜18時半、イルミネーションで彩られた街を一望できる、シティホテルのレストラン。そちらのクリスマス特別ディナーコース×2名様。勿論お値段そこそこ。
ホール内は、向かい合って座る適齢のカップルで満席であり、どこを切り取っても濃ゆい恋愛オーラで胸焼けしそうである。
靖成は、周囲をぐるりと見渡して小さくため息をついた。賀奈枝も複雑な表情のまま、目の前にいる彼氏を見ている。
端からみたら、別れ話かと勘ぐりたくなるくらい二人は先ほどから終始黙ったままなのだ。
とっても不穏、しかし二人とも食べっぷりは良い。
そう、やっぱりこれはデートなのだ。
その日の朝を振り返ってみよう。
「だからさあ、なんでホテルディナーなんだよ。アパートで良いじゃねえか」
式神のユキは古びた畳の上に腕組みをして立っている。その足元には布団のかたまり。勿論中身は靖成だ。
「……ちょっとユキちゃん、随分と簡単に言うねえ」
靖成は昨夜得意先の飲み会に同行し帰宅が遅かったため、いつも以上に布団からでたがらない。ユキは芋虫のように丸まる靖成の背中らへんにアタリをつけ、容赦なく蹴りを入れた。
おっ……と更に布団が丸まる。
「どうでもいいけどさっさと起きろよ。まずシャワーな。あんまりヨレた格好で電車に乗ると、SNSで女子高生に晒されんぞ」
靖成は力無く布団から這い出し、背中をさすっている。
「……ユキちゃん。蹴りはよくないよ、蹴りは」
「背後からの奇襲にあっさりやられるようで陰陽師が務まるかよ」
「いや、ここアパートだし。奇襲されないし」
「前を蹴らなかっただけ温情があると思え」
ほらほらとタオルを渡された靖成は、猫背のままシャワーに向かった。服を着ながら居間に来ると、ユキは鼻歌を歌いながら朝食の準備をしている。
「ご機嫌だね」
「そりゃあな。靖成が素人童貞卒業かと思うと、俺も気合いが入るってもんで」
「ユキちゃん、それね。憶測でものを言っちゃいけないと思うんだけど。聞いてる?」
陰陽師・靖成の話をスルーしながら、朝食のパンとスープを昭和なアパートのちゃぶ台に並べながらウキウキする式神のユキ。シュールだ。
溜め息をつきながら靖成が座ると、ユキがびしっと親指を立てる。
「布団乾燥機は、かけておく。シーツは替えておく」
「いやいや、そもそも俺は紳士ですから。てかさ、今日雨?天日干しじゃないの?」
「いまは雨じゃないけど雲行き怪しいからなあ。で、何時に帰ってくんだよ」
うーん、と靖成は考える、ふりをする。
「18時待ち合わせ、20時には食べ終わるだろうから……駅前ぶらついて~」
「明日会社だから早く連れてこないと時間なくなるぞ」
「何が?」
「ナニが」
靖成はやれやれ、と肩をすくめた。ユキは心の中で似合わねーなと思ったが口には出さない。
「いや、お持ち帰りはさー、ほら。ポリシーに反するわけで」
「店でしかやったことないヤツにポリシーがあるわけないだろ」
ユキの間髪入れない突っ込みに、うーん、と靖成は唸り、時計を見た。
「やあやあ、もうこんな時間。ユキちゃん送って?ね?」
「甘えんな。傘くらい持っていけ」
「雨は嫌いなんだってばあ…」
「35歳にもなって猫なで声出すんじゃねえ、気色わりぃ!」
顔をしかめ、ユキはそのまま姿を消した。ああ……と項垂れた靖成は、そのまま壁際に置かれたビジネスバッグに手を伸ばす。中には、彼女へのプレゼント…などは当然入っているわけでもなく、靖成は折り畳み傘が入っているか確認しただけである。
「賀奈枝ちゃんに、なんも用意してねぇのかよ」
再び、頭上からにょきっとユキが逆さまに現れた。黒く長い髪がさあっと垂れている。
「いやほら、まだそこまでの仲では」
「そこを進展させるためのイベントがクリスマスだろうが」
「だからさ、うち神道でしょ?」
「江戸時代じゃねえんだからカタいこと言うなよ」
「うん?」
靖成は、体勢を戻して畳に着地したユキを見た。
「そういえばユキちゃんて、変な格好してるよねえ。平安チックじゃないっていうか」
陰陽師の仕事をするとき、靖成は映画に出てきそうな狩衣姿である。対して、式神のユキは浅葱鼠の羽織と着物だ。袴は動きやすそうにふくらはぎ辺りで絞ってあり、少年らしい脛が覗いている。
「なんだ今さら」
「羽織ってもうちょっと後の時代のものだと思ってたよ」
「俺が仕えてた主人が当時着てた服なんだよ」
へええー、と靖成は感心したようにうなずくが、ユキはその大きな二重の目を、ジトッと細めた。
「靖成……お前ひょっとして忘れた?」
「覚えてる覚えてる。ご先祖さまが、自分から何代目かにあたる子孫に生まれ変わるから~と言い残して世を去ったって。それが俺の次の代にあたるんでしょ?」
靖成も負けじと目を細める。元々地味顔の中年男性が細目になると、迫力と胡散臭さが混在するらしい。ユキはちょっと同情したが、気を取り直してちゃぶ台の前に座った。
では改めて、と、ユキは靖成の先祖と自分がいかに出会い別れたかという話を語りながら、パン、と年季の入った釈台……いや、ちゃぶ台を、手にしたお玉で叩く。テンポの良い、15、6歳男子の姿をした式神の、見た目通り快活な語り口に、ほうほう、と靖成が聞き入っていると、パン、と締めの音が鳴った。
「―――てなわけよ」
「うんうん。いつもながら講談を聞いてるような重厚な話だねえ。ユキちゃんが講談師なら満員御礼間違いなしだよ」
パシパシと、ユキは手にしたお玉で再びちゃぶ台を軽く叩く。
「ならわかるだろ、早く賀奈枝ちゃんと結婚して子ども作れ、な?」
「いやあ~、そんなさ。個人の意思を無視して事を進めるのも今時流行らないよねぇ……」
そこで、突然部屋がさっと暗くなった。
「……あれ?」
ザーッ、と雨の音がしている。思ったより早く降りだしたなあ、などとユキはうそぶいており、既に雨粒で濡れた窓を見た靖成は、視界のすみに目覚まし時計をとらえた。時計の針は、結構な時間を指している。
「あっ……ああっ……!」
「靖成ぃー、送ってやってもいいけどさ?俺も毎回タダ働きって訳には、な?」
ユキはにやにやしている。どうやら講釈を聞いている間にそれなりの時間が経ったらしい。
「あーうー……」
「ちょーっと、二人の距離が縮まればいいなーとか、思ってるんだよなあ、俺」
「……ああ……」
嘆息のような相槌のような、とにかく力無い呻き声を発した靖成は、ユキがうきうきと広げた巻物と式神スキルにより、雨に濡れることなく会社へ着いた。
しかし、猫背をさらに丸めた中年独身サラリーマンの姿は悲哀に満ちており、部署の女子たちから「クリスマスイブなのに振られたらしい」という憶測が飛びかっていたのを、靖成は退社時間まで知らずに過ごしていたのだった。




