番外編・佐々木さんちのツンデレ式神が跡取り陰陽師に惚れてるってよ(9)終
番外編はこれで終わりです
この神社の境内には、クリスマスになるとサンタが現れる。
厳密にいえばサンタの格好をしたおじさんなわけだが、お菓子を配ってくれる相手なら、中の人が誰だろうと子供たちには関係ない。
「中村さん、ありがとう!」
「中村のおじさん、私にもください」
「中村さん、だんだん衣装きつくなってない?」
子供のみならず、手伝いの奥様方も身バレなぞ気遣いせずに名前で呼ぶ。
しかし、このおおざっぱなシステムにより、普段から中村は子供に慕われているのだから良いのだろう。楽しそうな子供らを眺め、本人も満足そうだ。
「はいはい、皆そろそろ座れー」
映画上映は15時からだ。10分前になったので、風悟が廊下を走り回る子供たちへ呼び掛ける。会館はそれなりの広さだが、プロジェクターを設置して画面からの距離を考慮するとぎりぎりだ。
「意外と集まりますよね」
「子供は特に、誰かと時間を共有するのが好きだからな。ええ思い出や」
中村サンタは目を細め、急に真顔になり風悟を見る。
「ところで、風悟くん。今日はデートやなかったか?」
「……あ、ええと」
風悟の視線が不自然に泳ぐ。
「ここは人手が足りてるし、別に出掛けて構わんよ?」
「……はい。いや、別に」
「振られたんか」
「……」
中村は同情を隠さずに深い息をはくと、手元の白いサンタ袋から駄菓子をくれた。
「ありがとうございます……」
風悟の小さい頃も、駄菓子をつまみながら映画を見るというのがクリスマスの夕方定番イベントだった。思春期以降は友人とカラオケなどで騒いで過ごしていたが、さすがにいまから友人を誘うにもつかまらないだろうし、なにより切ない。
「じゃ、明かり落とすからな」
中村さんが、会館の事務所へ向かった。風悟は体育座りでおとなしく並んでいる子供らから離れ、座敷の一番後ろで、壁にもたれて胡座をかく。
室内が暗くなり、風悟が、はあ、と溜め息をついたのと同時に鼻先を風がかすめた。桃だ。
「振られた?」
隣にちょこんと座る。
「わかってるくせに」
「見てたからね」
それでも、いくらか同情するような口調だ。
「……なんかなあ。スマホ壊れて連絡できんかったから不機嫌なのかと思ってたけど……彼女だって帰省するんやし、どっちにしても正月は一緒に過ごせないのに」
「将来を考えたら、今のうちに別れて違う男をつかまえたほうが良いって思ったわけね」
クリスマスは彼女のアパートで内田に貰ったシャンパンを……といざ連絡したところ、彼女からは歯切れの悪い返事しか貰えず、根気よく理由を聞いたら思ってもいない答えが返ってきたのだ。
「神社の跡取りと結婚したら、正月ゆっくり休めなくなるのは当たり前やんか……しかも今からそんな理由で早々に見切らんでも」
「いま住んでるこの辺りで卒業後も暮らしたいけど、地域密着型すぎるのも嫌なのね」
「俺は離れられんからなあ……」
映画が始まった。
人魚姫の、淡い恋の話を熱心に見るのは女子だけかと思いきや、案外、男子も真剣に見ている。
「昔、これ見て泣いたってはなし、なんとなく思い出したわ。助けた本人が報われないっていう理不尽なのが子ども心に嫌やったんかもやけど、恋愛が成就するかは別やな。人間同士も結ばれない場合があるから仕方ないよなあ」
「実感こもってるわね」
「タイムリーやしな。ああ、俺だけやなく、正太郎さんも……」
それからしばらく、二人は静かに映画を見た。
「結局は、自分が身を引くほうを選ぶんやからなあ。女は強いな」
「好きな人を傷つけるより、潔いわよ。内田さんみたいに皆に優しい人は、皆を傷つける場合もあるもの」
「正太郎さんのほうが、よっぽど男前やな」
「性格と性差は関係ないわよ」
「人か、そうでないかも関係ない」
そう言って風悟は、ふと考える仕草をする。
「そもそも、式神に性別はあるんやろか」
「なによ突然」
「桃は」
「うん」
ああ、いや……と風悟は少し黙り、言葉を探る。
「桃の木は、邪気を祓うんや。祓うっちゅうか、浄化というか」
境内にも桃の木はある。神社は元々は山なので、自生のものかあとから植えたか移植したのか定かでないが、春先に芽吹く姿は参拝客を癒している。
「たまに、神社に変なの迷いこむやろ。あれ、親父が結界緩めとるんや。桃はただ使役される式神と違って、もとは土地神か何かやないかと思う。そやから、本家が縛りつけてる桃の本体を、どこぞの悪鬼が壊してくれんかな、て。まあ桃は、その悪鬼も浄化してしまうんやけど……」
「……考えたことなかったわ」
「親父は、本家が嫌いやから、なんか調べたんかもな。で、桃を解放してやりたいんやけど、元は分家やし、なんか不都合あるみたいで。ほんまは俺ができたらいいけど、力不足で無理やから……」
映画は終盤に差し掛かる。
人魚姫が、恋した王子を殺すか、泡になる運命を選ぶか。
「泡になって消えるなら、最初から出会わんほうが良かったとかは、思わんのやろか」
「どうかしらね」
「消えんでも、叶わん恋のまま何百年もしばられるのもなあ」
あら、と桃は風悟を見上げる。
「好きな相手の近くにずっといられるのは、そう悪いことでもないわよ」
余裕と茶目っ気のある言い方は、桃が見た目よりはるかに長い間ひとの世を見てきた事実を、風悟に改めて想起させた。
「ここから離れたいとは、思わんのか?」
「どうして?」
苦笑した風悟に、桃は、努めて気軽に問いかける。
「風悟は、神社から出たいと思う?」
風悟は、正嗣が陰陽師と高校教師という両面において地域の古老から受け入れられている現状を考える。
神秘的な事象が自然と受け入れられた時代から存在する神社では、昨日のようなことも至って日常的なのだ。
そして、風悟が陰陽師家系に生まれなければ霊感はなかったのか、という仮定は無意味であり、桃を疎ましく思ったこともない。
体感として、神社の息子である自分の境遇を恨んだことは、風悟にはなかった。
「いや、俺は……なんやかんや、ここが居場所なんやと思う。親や、桃がいる、ここが」
戸惑いながらも当たり前すぎることを改めて口にした風悟に、じゃあ、と桃は笑う。
「私は、ずっと風悟の隣にいられるってことね」
「……そうやな」
もし消えたら。もし生まれ変わったら。
そう不確かな可能性にすがるより、今、自分の気持ちに従っている桃が、正太郎の毅然とした姿と重なり、風悟も頷いた。
映画が終わったと同時に、スマホが鳴った。軽快で力強い、洋楽の着信音に驚いた子供らが風悟を見る。風悟は一旦スマホを切り、慌てて廊下にでた。
「親父や。さすが映画の上映時間をきっちり計算しとるな」
再度、着信音が鳴る。
「レディー・ガガね」
「せや。born this wayな」
電話に出ると、聞こえてきたのは陽気な正太郎の声だった。風悟の失恋を正嗣に聞いた正太郎からの、クリスマスを店で過ごさないかという誘いを、風悟はありがたく受けた。
「金は親父から貰ってくださいね」
「いやいや、俺らは先生からは金とられん。ツケとくから、頑張って独り立ちしたら払ってくれ」
「えー……?!」
「利息は計算しとくからな」
正太郎の声に、冗談やという内田の笑い声が重なる。背後から聞こえる女性の声は、牧村だろうか。
「行くか」
サンタの格好をした中村に挨拶をし、風悟は表へ出る。途中、社務所にいる母に外出する旨を伝えた際、御朱印帳が目に入った。隣に積んであるのは絵馬だ。こちらも、恋愛成就の祈願を書きこむ女性に好評である。
「やっぱり、ご利益はあるんやろか、なあ?」
「なんや?」
母は、きりっとした顔を息子に向ける。いやなんでも、と、風悟は母によく似た笑顔を返した。
「ああ、風悟。まーちゃんにな、これ持っていって。内田君にクリスマスプレゼント」
風呂敷に包まれた一升瓶を受け取りながら、風悟はまーちゃんと呼ばれて返事をする父を思い浮かべる。そう、桃が正嗣をまーちゃんと呼ぶのは、母がそう呼ぶからなのだ。
「おかん、神社の一人娘ってな。しんどくなかったか」
「なんや藪から棒に」
「親父と大恋愛やったって聞いたで」
「桃か」
母は笑う。
「まあ、ここに生まれたからまーちゃんに会えたんやし、結果オーライやろ」
「軽いな」
「うだうだ考えとるとな、悪いもんに付け入られる」
「そやなあ」
さすがは陰陽師家系だ。昔々は、悩んでいる隙に命を落とす危険があったかもしれないのだ。そういう気質だから代々この家業をやれるのか、と風悟は納得する。そして手土産を持ち直して桃の気配を探っている息子の背中に、母が声をかけた。
「憑きものが落ちたような顔しとるな。ええことや」
境内を少し歩いて、鳥居が見えたあたりで桃が現れた。冬の日暮れは早く、すでに視界は暗いが、闇夜は異形が紛れるのには都合が良い。
立ち止まった風悟の手元を、桃が覗きこむ。
「クリスマスなのに、清酒?」
「樽酒よりええやろ」
「色気が無いわね」
「風情はあるで」
風悟が明るく笑い、桃も笑顔で着物の裾を翻す。
街頭に照らされ地に落ちる影は、人である風悟のものだけだが、二人は寄り添いながら、ゆっくりと歩きだした。
番外編・終
次回からは本編に戻ります。




