番外編・佐々木さんちのツンデレ式神が跡取り陰陽師に惚れてるってよ(8)
「久しぶりに見ました、先生の祈祷……相変わらずワケはわかりませんけど」
内田は苦笑している。それを見て、正嗣は懐かしい記憶を思い起こした。
「昔高校に蛇が迷いこんだときか。追い出すのにちょっと無精して式神を出したとこに内田がたまたま来たんやったかな」
蛇は難なく追い出せたものの、唖然とする内田に対して正嗣は祈祷の説明をする羽目になり、もともと生徒に壁は作らない正嗣であったが、その1件以来内田からは特に懐かれるようになったのだ。
「なんや特撮映画の効果だけ半端に見えとる感じやからな」
からからと常連客は笑った。こちらは見慣れてるらしい。
ついでだから、と、客は問題を起こし気絶したままの女を背負っている。交番へ運ぶという。
「このあたりの古いもんは皆知り合いや。俺が、この女…いや男が人を突き飛ばした現場の証言すれば、話もあっという間に回る。もうこの界隈に立ち入られんようになるやろ」
「男?」
風悟は、念のため聞き返したが、牧村は黙っている。
「うちで少し働いてた男や。俺と仲がいいからって正太郎に嫌がらせするから、辞めてもらったんや……」
内田が代わりに答えた。正嗣はわかっていたように頷き、じゃあそいつを頼みます、と客と挨拶をかわす。
残されたのは、内田、正太郎、正嗣、風悟、桃。そして牧村だ。風悟の肩は、打撲で済んだようだが、手当てもあるため店内に戻り、正嗣はゆっくり話し出す。
「おそらくな。さっきの女装男子は牧村さんに嫉妬してたんやろ。牧村さん、ここ以外にオカマバーはよく行く?」
「あ、はい……女性より女性らしくて安心するので……」
「そこで、内田が好きやと、恋愛相談したんやな。けど実はライバルだったわけや」
率直すぎる言い方だが、今さらだろう。牧村もうなずく。
「ネットで注文したという藁人形は、彼女がくれました。私も効かないと思ったんですけど、内田さんが騙されてるからとかなんとか…でも逆に呪われたらどうしようと不安になって、彼女に聞きにいって」
「呪い返しを気にするくらいなら、しなきゃ良いのに」
桃は呆れているが、勿論ほかの人には聞こえない。
「見つかる前にやっぱり藁人形は回収したほうが、と、ここに戻ろうかとしたら、事故に」
「突き飛ばされたのかもしれんな。防犯カメラを調べたらすぐわかるやろ」
正嗣はあっさり言う。少し日にちは経過しているが、近隣の防犯カメラを片っ端から調べたらわかる事例だ。しかし警察を連想したのか、牧村は体をかたくする。
「牧村さん」
怯えたままの牧村に、正嗣は教育者然とした優しい笑みを向けた。
「藁人形は、効きません。そんなオモチャを店に忘れただけで罰せられることはないので、安心していい」
牧村はほっとして顔をあげる。桃はそれを見て肩を竦めた。
「まーちゃんて、こういうとこずるいわよね」
「まあな、神主も教師も、口八丁の仕事だしなあ……」
桃と風悟は普段の癖がある正嗣も見ているので、正直な感想を漏らす。
「ん?風悟くん何か言った?」
「いえ、内田さんのことじゃないです」
「風悟、正月のバイト代削られたければ別に構わんぞ」
正嗣は、風悟が肩に当てた氷嚢を軽く小突く。ひえ、と風悟は黙り、正嗣は話を続けた。
「内田。もうそろそろ公私を切り離せ。お前は自分の考えに呪われてる」
正太郎がうなずくのを、正嗣も見る。
「さっきの、内田に横恋慕してたヤツな。あいつはもう、人間としても恋愛対象としてもアウトやろ」
うんうん、と何故か桃が激しく同意している。
「牧村さんは女性やけど、お客さんや。内田から恋愛対象としては見られていない」
しゅんとしながら、牧村も同意する。
「岩本も一緒や。内田は、友達として、人間として岩本を好きなんやろ。恋愛に報いることができんことに男女か同性かは関係無くて、そもそも罪悪感を抱く必要はないんや」
うん、と言ったのは、正太郎だ。
「俺が内田を好きなのは、仕方ない。でもな、内田の気持ちを無視して、無理に恋人になりたいとは思わん。友達として付き合う範疇を越えて、内田が俺の人生のために自分を犠牲にする必要はない」
「犠牲って……」
「そうや。複雑にしてんのは内田自身やな。だから変なヤツや、変な邪気を呼ぶんや。そろそろ楽になったらええ」
正嗣は、柱に貼られた護符を剥がした。
貼ったときには女の神様の隣に蛇が1匹描かれていたはずだが、今はいない。
「別に、結婚しながらオーナー続けてもええやろ。俺に悪いから彼女作らんのは、おかしい」
正太郎は内田に、苦笑しながら自分の気持ちを伝える。正嗣はシャツの胸ポケットから蛇が2匹絡まるように描かれた護符を取り出し、柱から剥がした護符に重ねた。よし、と再び正嗣が分けて掲げた護符には、蛇が元通り1匹ずつ加えられている。
「岩本は、自分の意思で今こうしてるんや。内田は自分で悔いのないよう、きちっと生きたらええ」
店内の時計が鳴る。もう電車はない時間なので、正嗣がタクシー会社へ電話し、皆も自然と帰り支度をはじめる。
内田は、氷嚢の氷を入れ換えてくれた。
「縁、てのは不思議なもんや。たまたま惹かれた相手が人間の異性でも片恋で終わる場合は多い」
正嗣がゆっくり、通る声で話す。牧村は静かに頷いている。
「同性でも、両思いで、恋が叶うときもある」
正太郎は、無言だ。
「男女でも、そうやな…この世とあの世とか、身分違いとか、人間とお化け…幽霊とか、どう頑張っても結ばれん間柄もあるよな。例えやけど……」
正嗣は、風悟と、桃を見た。
風悟は、父がよく自分たちのことを「難儀だ」と言っているのを思い返した。
正嗣のスマホが鳴った。配車が到着したらしいが、不穏なBGMに教え子2人は渋面をつくる。
「……先生、その着信音。昔のドラマの……」
「渡る世間は一筋縄じゃいかんからな。まあ、鬼よりうちのおかあちゃんの方がおっかないけどなあ」
ああ、と風悟は苦笑する。
息子に怪我をさせたと母は父に怒るのか。それとも息子が不甲斐ないと呆れるか。正嗣は笑った。
「帰るか」
牧村を見送り、佐々木家3人も徒歩で帰宅した。母はというと、晩酌の途中で抜け出した夫をひたすら待っていたらしい。居間で酒を酌み交わす両親をちらと見て、風悟は自室に戻った。
「なんやかんや、仲良いもんなあ…」
「そうよ。まーちゃんが先に惚れたってことになってるけど、逆だもの」
「え?!初耳…なんで桃はそんなん知ってるん」
「見てたから」
あー、と風悟は納得する。
「そうやな……桃は、式神だった……」
「本家の一人娘が、分家の男に惚れて家を捨てるって騒いだの。まーちゃんが婿入りしたからこの家が残ったわけだけど、当時は本家の財産目当てで誑かしたって散々な言われようだったわ」
風悟は両親の顔を思い浮かべる。父はそんなことはおくびにも出さず、対外的にはかかあ天下にも見える。やはり、人の気持ちというのは外側からではわからないものだ。
「やっぱり、親父にはかなわんなあ……」
ベッドに大の字になりながら呟いた風悟に、桃はいまさら、と笑った。
もう少し続きます




