番外編・佐々木さんちのツンデレ式神が跡取り陰陽師に惚れてるってよ(7)
カラン、とドアに取り付けられたベルがレトロな音を鳴らす。私服姿の正太郎だ。内田はごく自然に話を中断し、笑顔を友人に向ける。と、正太郎の背後に桃が渋い顔をしているのが見えて、風悟は思わず目を丸くした。
「ん?俺の顔なんかついてる?」
「いえなんでもないです」
くどいようだが、式神の桃は佐々木家以外の人間には見えない。正太郎の問いに、風悟はさらっと取り繕い、すすっと近寄ってきた桃と話す。
「来てあげたわよ」
「ん。ありがとな」
「まーちゃんに、行くように言われたからね」
「そんでも嬉しい」
風悟の言葉に、ポーカーフェイスを保てずに、にや、と桃が笑う。しかしすぐに眉をひそめた。
「なんや微妙な顔して」
「だって……また変な気配がするから気持ち悪いのよ」
「変な?」
そこで、内田が風悟に声をかけた。道路の掃除を頼まれ、慌てて階段をのぼると、道ゆく女がちらりと見ていった。この界隈に勤める人なのか、水商売風の、いくらか派手な服装である。
「内田さん、同業者にもモテそうやなあ……」
風悟も女性に人気はあるが、内田の包容力は人としての大きさだ。見知った仲で父の教え子というのを差し引いても、数日接しただけで裏表のない人柄の良さは感じ取れた。
「親父とはまた、違うタイプやな」
父、正嗣も温和だが、分家の苦労なのか、ちらりと含みを覗かせることがある。だからこそ本家に婿入りして上手く立ち回れるのだが。
「風悟くん、そろそろ開けるから」
スーツ姿の内田が看板の電気をつけると、常連客が早速来店した。制服のエプロンを身に付けた風悟は、すっかり仕事に慣れて店内を忙しなく動き回る。桃は所在無げにカウンター脇の椅子にひっそり座っているが、勿論他の人間には見えない。
「あ」
ドアが開き、昨日見たばかりの顔がのぞいた。
「良かった、退院したんですね」
内田の声に、こくりと頷いた牧村は、骨折していたという足をやや引きずりながら入店してきた。改めて見ると大人しそうな雰囲気で、眉唾ものの呪いを仕掛けるなど想像できないくらい普通の人だ。
「……桃、あの人から何か感じるか?」
風悟はこっそり桃に聞いてみたが、桃は首をふる。
「何も。でも、澱んでいるような気配は……なにかしら?」
人混み特有の雑念がたまっているだけなら、よくあることだ。怪我人が出てからでは遅いが、事前に対処しようにも、それこそお札のような気休め程度のことしかできない。
「空いてますか?」
カウンターに肘をつきながら桃と話していた風悟は、にこやかに近付いてきた牧村に慌てて場所を譲る。椅子に座った牧村へ、内田がグラスを差し出した。
「退院祝いです」
営業スマイルだとしても、対面で内田の笑顔を独り占めしたら気持ちはぐらつくだろう。案の定、牧村は酒を飲む前に顔を赤くした。
「風悟もホストになったらかなり稼げそうと思ったけど、やっぱり大人の魅力には敵わないわね……」
「褒めてんのか、けなしてんのか」
「あら、褒められてると思ってるの?」
ひそひそと、喧騒に紛れるように会話をする風悟と桃の鼻腔を、甘い香りがくすぐる。ピーチフィズ、と、ビールばかりでカクテルをあまり飲まない風悟に内田が名前を教えてくれた。桃は、自分の名前を冠した酒に興味を持ったのか、牧村の隣でグラスを覗きこんでいる。
「美味しいです」
礼を言う牧村の笑顔がより優しい雰囲気に変わったのは、隣にいる桃の、小さな悪鬼なら自然と浄化できる力のせいだろうか、それとも柱に貼られた縁結びの護符の効果か。
時間が経つとともに客は増え、クリスマスの装飾に彩られた店内は賑やかになっていく。
元はビルの大家が経営していた店舗を居抜きで借り受けたからか、以前の店からそのまま通っているという常連客の中には、すでに会社勤めを引退した初老の男性もいた。
「ああ!佐々木さんとこの坊主か!お母さんは元気か?」
神社の息子というだけで、自分が知らない大人に声を掛けられるのは、それこそ風悟にはよくあることだ。
ずっと地元に暮らす古老から、豪快に笑いながら腕を勢いよく叩かれる。痛い、と風悟は苦笑いをしたが、同じようにキツめのボディタッチをされながらも悠々と酌をする正太郎には感心してしまう。客商売は体力勝負だが、化粧の似合う顔立ちとは真逆の体格の良さは、実はこういう場でも活かされているのかもしれない。
ゆるゆると時間は過ぎ、客たちは機嫌よく歌いだしたり、会話が弾むのか歓声が各テーブルからちらほら聞こえる。
「そう言えば」
店内を見渡し、風悟はふと呟いた。
「その……オカマバーというわりには、そういう方は正太郎さんしかいないんですね」
正太郎のために開いた店ということだが、風悟の手が余らない位の忙しさなら、常勤で雇わないのかという素朴な疑問だ。内田は意味ありげな溜め息をついた。
「一時期、もう一人いたんやけど……まあ」
「トラブルですか?」
「そんなもんかなあ。まあこじんまりやるのが性に合うてるし、繁忙期以外は足りてるからな」
それより、と内田はカウンターの奥から紙袋を出した。
「明日は来られないんやろ。クリスマスプレゼントや、彼女と飲んで、な」
中身はシャンパンだ。
「……ありがとうございます。いや、実はまだ細かい予定決めてなくて」
「そうなんか?まあ、とりあえず持って帰ってな」
閉店に近づき、客は順に帰っていく。事故のあと久しぶりに来店したからか、牧村も楽しんでいたようで、最後の客数人とともに内田は店外の道路まで見送りに出た。
「結局、祈祷が必要な『なにか』の、はっきりとした原因はわからないわね?」
桃は、むう、と頬を膨らませる。風悟も首をかしげるが、明日はいよいよクリスマスだ。
パーティーで、また、という挨拶を交わしている内田たちを風悟と桃は背後から見ていたが、牧村の笑顔の後ろのほうに、見覚えのある姿をとらえた。
「昼間の……」
薄暗い街灯下でもわかるくらいの、派手な格好をした水商売風の女だ。やはりこのあたりで働いている同業者か、と風悟が思ったとき、女が駆け寄ってきた。同時に強い風が吹く。
「風悟!!」
桃が叫んだ。風は内田と話す牧村を背中から押し、それを正面から咄嗟に支えようとした内田と、数歩後ろにいた風悟をも吹き飛ばそうとした。
風悟の背後は、階段だ。
「……うわっ!!」
体が宙に浮いた。それでも内田をなんとか押し返し、風悟は反動でいよいよ中空に飛ばされる。風悟を絡めとるように渦を巻く不穏な空気に、桃は苛立った。
「風悟になにすんのよ!!」
桃の怒声とともに、店のドアが独りでに開いて隙間から白く長いものが勢いよく這い出してきた。一抱えもあるような太さの蛇だ。
「親父の……」
正嗣から託された護符には、女の神と白蛇が描かれていた。この事態を想定して式神を仕込んでいたのかと、風悟がその気配の先に視線を向けて身をよじる。蛇の弾力のある身体で受け止められた風悟は、なにもない空中でハンモックに沈んだような体勢になった。だが、蛇は動きを止めず滑らかに階段を這い上がり、振り落とされた風悟は、階段に肩を背中側からしたたかに打ち付ける格好となる。そのまま、映画やドラマで見るアクションシーンのように、体を横たえたまま階段を転がり落ちていった。
「えっ……俺を助けてくれるんじゃないわけ……?」
「風悟くん!」
落下を免れた内田が、青ざめた顔で風悟を見る。最下段まで落ちた瞬間に蛙がつぶれたような声を出したあと、風悟はしばし呻いていたが、頭は打っていない。
「風悟くん?!……内田?」
店の奥から正太郎が出てきて、そのまま階段をかけあがる。
「……俺は放置っスか……」
項垂れる風悟だったが、常連客の男性が降りてきて声をかけた。
「頭は、大丈夫そうやな。安心せえ、向こうも、先生が来たからもう収まる」
「え?」
風悟は痛む体を押さえながら頭上を見た。不穏にうねる空気と絡み合う長い物体は普通の人には見えないが、そこに立つ人影も含め、風悟には見慣れた光景だった。
「よう、風悟。お前、顔はお母ちゃん似やけど、体の頑丈さは俺に似てるの」
呑気に、普段着のまま短冊状の護符を翻して印を結んでいるのは、正嗣だ。店の奥から出てきた白蛇と正嗣の手元の護符から現れた白蛇は、絡み合うようにして邪気の源である水商売の女を締め付ける。しばしののち、女が脱力して地面に膝をつくと、今度は腕ほどの太さに縮み、雨水が地面を流れるようにするすると内田や牧村の足元を這っていった。
ひとに見えないはずの式神だが、気配を感じたのか内田が強張った表情で飛び退く。
「相変わらず、蛇が苦手なんか」
正嗣の笑い声は祈祷の場にそぐわないが、かつての教え子たちの緊張をほどいたのか、一気に空気がやわらぐ。
そして蛇は再び二匹に分かれたあと、正嗣の眼前で消えた。
まだ続きます




