番外編・佐々木さんちのツンデレ式神が跡取り陰陽師に惚れてるってよ(6)
牧村という女性を見送ったあと、開店前の短い時間で正太郎がかいつまんで説明してくれたことを、風悟はバイトの休憩時間に反芻していた。
内田に惚れている常連の女性客、牧村が事故にあったのは、事実だ。藁人形の呪いでも自作自演でもない。
そもそも藁人形は、牧村が正太郎への嫉妬から用意したもので、隙をみて店内にしのばせておいたのだ。
牧村は、悪いことをしている意識に苛まれてか、ぼうっと一人歩いていたところ、気づいたら車の前に飛び出していたという。幸い避けた際の骨折で済んだが、精神的ショックなのか記憶も曖昧でしばし入院することになった。
藁人形を先に見つけたのは正太郎で、内田が牧村を責めないよう、正太郎が自分のものだと言ったのである。
帰宅後、居間で茶を飲む正嗣に風悟は概要を話したが、やはり正嗣は全て知っていた。
「せめて縁結びの御朱印ならなあ。うちの儲けにもなるんやし」
最後のはわざとおどけて言っているのがわかるが、正嗣は藁人形から女の気配を感じたらしく、密かに正太郎に聞き、すぐに真相を知ったらしい。
「だからな、本来なら藁人形の件は解決してるはずなんや。けど、まだ何かおかしい、クリスマス前に何かあったらあかんから来てくれ、と内田から言われてなあ…それで風悟を行かしたんやけど。あとは当日か…」
「クリスマスは明後日よね。パーティーにまーちゃんは来るの?」
「ああ。俺は客として呼ばれてるし、風悟がデートやからな」
ぴしっ、と母屋に木材がきしむ音が鳴る。
「桃、柱はやめてくれ。おかあちゃんに怒られる」
正嗣が切なそうな顔をした。
「そういえば、おかんは」
「帳簿付けや。月末と年末は忙しい」
のんびりした親子の会話に桃は溜め息をつく。
「それより、内田さんところはどうしたらいいのかしら?」
「ああ」
正嗣は立ち上がり隣室へいくと、なにやら紙を数枚持ってきた。
「お守りや。とりあえず明日はこれを持っていけ」
護符には、ひらひらとした衣装の、女の神様の姿が筆で書かれている。琵琶のような楽器をもち、蛇を従え笑う様子は、弁天様のようだ。
「これ、御朱印帳の新作デザインやんか。持ってたら片思いが実るかもしれんいうやつ」
「そや。縁結びのお守りな。店内の壁に貼っとけ」
どれ、と正嗣は立ち上がる。いつもの、柔和な表情はこころなしか眠そうだ。
「結んでどうするんや」
風悟は護符をぺらぺらと弄ぶが、正嗣はそこに人差し指を向ける。
護符が弾かれたように跳ね、風悟の手から落ちた。
「正しく結ぶには、一度ほどかなあかんからな」
クリスマス・イブの前日。風悟が境内を歩いていると、氏子の中村にあった。
「おう。風悟くん邪魔してるで」
上機嫌な中村は、段ボールを抱えている。
「明日の上映会の準備ですか」
「そや。やっぱりお菓子があったほうがええからな」
「毎年毎年…持ち出しですよね?」
子供たちに当日配るお菓子は、中村が自腹を切って用意しているのだ。ひとり100円程度の駄菓子とはいえ、毎年となるとそれなりの負担ではないかと、風悟は中学生のときに気付いた。
「自己満足やし、たいしたことない。それに、こういうのはどこかで還元されるんや。氏神さまっちゅうんはそういうもんやろ」
風悟は、帰路につく中村の背中に、黙って頭を下げる。すると、桃が隣に現れた。
「別に風悟が神様なわけじゃないでしょ?」
「まあな。けど、代理っていうか…」
代理、と桃は鼻で笑う。
「年中行事のときは風悟目当ての客が多いから、確かに神様代わりではあるわよねー」
「なん、それ…」
「風悟が社務所で営業スマイル振り撒いてるときは、お守りの売上が跳ね上がるのよ」
「気持ちよく帰ってもらえたら万々歳やんか」
「どうだか」
桃は、つい、と宙に浮かんだ。いつもは少し時間を置いたら機嫌が直るはずが、その気配はない。
「桃、今日もこれから内田さんとこのバイトやから、あとからでもいいから来いよ、な」
「恋人みたいに指図しないで頂戴」
「なんや、妬いとんのか、いまさら…」
風悟の言葉を遮るように、突風が抜けた。かまいたちのように鋭い風刃は、風悟の体をかすめたが、弾かれたように進路を変える。
「…とにかく、あとでな」
風悟は溜め息を吐いて敷地から外に出た。街はクリスマスの装飾に彩られて賑やかだ。少し早めに店へ着いた風悟は、父から渡された護符をカウンターに一人座っていた内田に見せる。
「ええと、父が。縁起物だから、とこれを」
「お、さすが先生、相変わらず上手やな。貼らせてもらうわ」
内田は護符を柱に貼りながら、懐かしそうに話し出した。
「高校のときな。女装カフェやるときに看板描き手伝ってくれてな。もともとフランクな先生で、普段から雑談したり、なんか話聞いてくれたりしたなあ。祈祷やる話も、たまたま聞いて。あれ、なんの話の流れやったかな…」
まあいいや、と内田はまたカウンターの椅子に座り、グラスを手にとる。
「で、女装店員するうちの一人が正太郎やってんけど、あの外見やからすごい似合うて」
今の年齢でもかなりの美人なのだ。少年らしさをまだ残した年齢なら、今より線も細かっただろう。風悟には、周囲の反応も含めて当時の様子が容易に想像できた。
「誰かが、からかいだしたんや。正太郎は苦笑いしてたけど、困ってたから俺は注意して、そこから正太郎と仲良くなって。気があって、家いって遊んだり、とにかく一緒にいたんよな」
若い内田は、今よりもっと純粋な正義感を持ち合わせていたのかもしれない。
「で、あるときコクられたんやけど」
風悟は、静かに頷いた。人として感じた魅力を、恋愛感情に結びつけるのはよくある。ただ、相手に同じ感情が生まれないことも、悲しいくらいよくあることだ。
「俺は動揺してもうて、なんかな、ちょっとギクシャクしたりでな」
苦笑しながら、内田はグラスを口に運ぼうとし、中身が無いことのに気づいて手をおろす。
「卒業してから親にカミングアウトして自活したのを人づてに聞いて、なんか力になりたいと思って店を…いや、会社勤めが性に合わないからダシに使ったようなもんなんやが」
訥々と話す内田は、すでに空になっているグラスをもてあそぶ。アルコールの匂いは、開店までに抜けるだろうかと風悟は内田の手元を見ながら思った。
「内田さん。正太郎さんの生活は、別にあなたが気を揉むことでは…」
「わかってるけどな」
内田は拳を握る。
「正太郎が、ほんまに俺に言い寄るコに悪さしようとしたとしても、俺はあいつを責められん。俺にできることは、正太郎が自分を隠さず過ごせる場所を作ってやることだけやから…」
「ほんまに、て…」
やはり、内田はわかっているのだ。
まだ続きます。




