番外編・佐々木さんちのツンデレ式神が跡取り陰陽師に惚れてるってよ(5)
「うーん。綺麗な顔立ちなんやけどな」
たくましい腕を組んだ胸元では、バストというより胸筋が存在感を主張している。関節を鳴らすように首を傾げたのは、赤いワンピースが似合う美女。肩より下まで真っ直ぐ伸びた茶色い髪はやや猫っ毛だ。
バーのスタッフである、直美…もとい、岩本正太郎氏である。
「風悟くん、思った以上に骨っぽく育ったな。昔はもっと、かわいいーて感じやったのに」
「…すみません」
内田の言葉に思わず風悟は謝ったが、頼んだわけでなく突然化粧をしてきたのは正太郎である。当然、風悟の服装はニットにGパンというラフなもので、プロ仕様の化粧とは明らかにちぐはぐだ。
「ま、ええやろ。なんや、スマホ壊れて金欲しいんやて?こんな時期になあ」
そう笑いながら、内田は封筒を風悟に渡した。
「前払いや。佐々木先生の信用が担保やから、しっかり働いてな」
中身は、昼間のバイトなら1ヶ月働かないと稼げないくらいの紙幣が入っている。風悟はありがたく封筒をおしいただいた。
「感謝します。もう、スマホないと彼女と連絡取れなくて…」
「今の子たちは、なんでもスマホに入れてるからな」
「機械に頼らないと会えない関係なんて、なんて脆いのかしら」
最後の台詞は、桃である。前回は店の近くへ来るのを拒んでいたが、今日はぴたりと風悟に寄り添って、おかしそうに風悟の顔を眺めている。
「口紅つけたの、初めて見たー」
「そりゃそうやろ」
「ん?何か言った?風悟くん」
「いえ何でもないです」
桃の声は佐々木家の人間以外には聞こえないので、つい相づちを打ってしまったあとのフォローは既に条件反射みたいなものだ。風悟は特に、小さい頃は霊感少年のように言われたが、実際、桃以外の雑多なものからも好かれやすい。
「ところで、先生はクリスマスには来られるって?」
正太郎が、風悟の顔にほどこしたメイクを拭き取りながら聞いてきた。
「あ、はい。おそらく…」
それまでに正太郎の悋気がおさまっていたら、だろう。正嗣は藁人形を祈祷したはずだが、不可解な出来事はまだ続いている、と内田が依頼を継続してきたのだ。
確かに桃ではなくとも、実際に正太郎の近くにいると、なにか空気がざわついているのが風悟にもわかる。しかし。
「ねえ、正太郎さんて女装が好きなの?」
桃は前回よりはるかに機嫌が良く、興味津々で正太郎を見ている。風悟は少し考えたが、二人の関係は憶測ではかるより直接聞いたほうが良いだろう、と口を開いた。
「えーと。正太郎さんてその…」
「ゲイか、ってことか?」
風悟の質問を一段階進めた内容を、正太郎自らあっけらかんと言った。不意なことに言葉を詰まらせた風悟を、正太郎は笑顔で見つめる。
「だから男子校選んだわけやないけど」
風悟は黙った。どう質問を続けたらいいか、わからないのだ。戸惑った視線が服装に移ったのを、見られた本人はわかるのだろう、桃の質問への答えが図らずも正太郎の口から聞けた。
「こういう格好をがっつり最初にしたのは、文化祭で女装カフェやることになってからやな。まあそれから、紆余曲折が」
内田は正太郎の隣で苦笑している。
結局、化粧を落とし素顔に戻った風悟は、内田に渡されたギャルソンの服に着替えた。ちょうど開店の時刻になり、常連客がちらほら入ってくる。
「なに、新しい子?」
「可愛い!」
男女取り混ぜた賑やかな客たちに囲まれた風悟は、持ち前の社交性と若い体力を生かして忙しなく働いた。
あっという間に閉店になり、カウンターにはパスタが置かれる。給料は前払いだが、まかないはおまけらしい。
「気持ち、な。いろいろと」
ありがとう、と内田は言った。店の手伝いと祈祷、両方だろうが、風悟からしたら報酬のある仕事だ。
「…お礼を言われることでは」
「いや、まあ。うん」
歯切れの悪い口調だが、正太郎の手前、言えないこともあるのかもしれない。出されたパスタを、まだ食べ盛りの風悟は有り難く頂き、店をあとにする。
風悟を見送ったあと、内田が看板の電気を消したのがわかった。
店のある地下から階段を上りきると、月明かりが眩しい。
「変な気配はあったけど、平穏に終わったなあ。内田さんの言う不可解なことって具体的には何なんやろ」
初日は様子見のつもりではあったが、詳細がさっぱり見えず、対処しようがない。
「解決するかしらね」
桃が、風悟の隣に現れ腕を組む。月が作る人の影は、風悟のものだけだ。
「なんや」
「疲れてそうだから癒してあげようと思って」
「ご丁寧に、どうも」
大股で風悟は歩いていく。繁華街を抜け、雑居ビルが並ぶ路地に出た。地域の掲示板には、神社での映画上映会のポスターが貼られている。
「普段から色々助けてあげてるんだから、もっと感謝してくれてもいいのよ?」
「感謝はしてるが、俺は、具体的には何もできん」
風悟は立ち止まると静かに桃の腕をとり、自分の体から離した。
「もし、人やったら」
幼い頃はよく女の子に間違われていた風悟の目鼻立ちは母親似だが、柔らかな笑みは父親に似ている。
「人魚姫みたいに、人になれるんやったらなあ」
「…なれたら?」
「使役されるためだけに縛りつけられるんやなく、女の子として幸せにしてやりたいよな」
「でも」
桃が言う。
「アンデルセンの人魚姫は、泡になって消えてしまうのよ?」
「…そうやったっけ」
風悟は目を丸くして桃を見た。
「そうよ。風悟が子供の頃、初めて上映会で見たとき、泣いてたのを覚えてるわ。かわいそうって」
「あー…そのあとアリエルのほう見てるから、ごっちゃになっとんな」
上映会では、小学生のうちに同じ映画にあたらないよう配慮しながら、6~7年に一度は旧作を上映している。風悟が物心ついてから人魚姫を見るのは、これで3度目だ。
ふよふよと浮かびながら、桃は再び家のほうを向いた。風悟も半歩遅れて、ゆっくり歩きだす。
「まあ、もし消えても、な」
桃のひらひらとした着物は、水に揺れる魚のひれのようだ。
「人として生まれ変われるんなら、次は一緒になれるかもしれんな」
風悟はぽつりと呟いたが、返事が聞こえない。
「桃?」
前に回りこんで、風悟は桃の顔を覗きこんだ。しかし桃は顔をそらす。
「桃ちゃん?」
半ば力業で、風悟は桃の顔を両手で掴んで自分のほうに向けた。引き寄せられてやや頬がつぶれているが、口元を緩めてにやにやと赤面しているのがわかる。
「…嬉しいなら、はっきりそう言ったらどうや」
「風悟が私にベタ惚れなのは今さらじゃない」
「初恋やからな。まあひよこの刷り込みかもしれんが。最初に見たおかん以外の女がお前なんてなあ」
「まーちゃんがびっくりしてたわね。本家の跡継ぎは生まれた時から式神が見えるのは本当だったのかって」
「親父はなあ」
風悟は、無造作に頭をかく。
「本家が嫌いなんや。だから…」
「なによ」
数秒黙って、いや、と風悟は黙る。冬の空気は冷たく、風悟はコートの襟を合わせるが、桃は寒暖差を感じない。
「明日もバイトやけど、午前中はスマホ修理に行くからな」
「忙しいわね」
「誰のせいや。全く、神社のインスタ借りてちょっと書いたから、見とってくれてたらええんやけど…」
正嗣が神社の情報や御朱印を載せてるのだが、そこに「息子のスマホが壊れた」と書いてもらったのだ。客寄せのために、白衣袴の格好をした風悟の写真と「初詣はこちらの神社へ」という宣伝文句も込みである。
「なんか、コスプレっぽーい。茶髪で白衣、なんかへーん」
桃が写真を思い出したのか、嫌そうな顔をする。
「髪が茶色いのと癖毛は、しゃあない。生まれつきや」
「神社の跡継ぎなのに」
「それは関係ないやろ」
とりとめなく話しているうちに、家に着いた。桃が風悟をちらと見てから消えると、正嗣が奥から顔を出したので、ひとまず何も起こらなかった旨を伝えて自室へ向かう。
彼女からは特に連絡がなかったらしく、落胆したまま風悟はベッドに倒れこみ、慣れないバイトの疲れもありあっさり眠りに落ちた。
「で、ライン復活したんやろ。彼女は?」
夕方、スマホショップから直接バイトに行った風悟は、苦笑しながら内田に返事をする。
「まあ、普通です。インスタは見てたようで、『スマホ直ってよかったね』と」
「すねてんのか?」
「なら良いですけど」
「あかんやろ。きちんとフォローせな」
これは正太郎だ。
「…正太郎さん、なんていいますか。普段着だと普通にイケメンですね…」
均整のとれた体つきがわかるシャツに、Gパン。髪は無造作に流してあるが、骨格がしっかりしているのもあり、どう見ても男性だ。
「骨は削られんからな」
さらっと答えて、正太郎は開店準備のために店の外へでた。階段上の道路を掃除するためなので、バイトの身である風悟は慌ててあとを追う。
「あれ?」
風悟の視線のさきに正太郎の大きな背中が見えるが、彼は誰かを見つめている。正太郎が笑顔を向けているのは、若い女性だ。
「よかったな。退院したんか」
こくりと頷いた彼女に、正太郎はさらに言う。
「気にすんなや。祈祷してくれた人はわかっとるみたいやけど、内田は知らんからまた気にしないで店に来たらええ」
「でも…」
「そもそも、藁人形なんてそんな効かんらしいで。けどな、変に思い詰めると、また周りが見えなくなって不用意に飛び出したりでまた怪我するからな。そしたら俺が庇った意味もなくなる」
女性は黙っている。
「俺と内田はただの友達や。な、クリスマスにでも来たらええ」
正太郎の中性的な笑顔を数秒見つめたあと、女性はお辞儀をして小さく言った。ありがとうございます、と。
番外編、まだ続きます。
風悟は、顔のパーツは母似ですが、全体のフォルムは父似です。




