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うつしみひとよ  作者: ロジーヌ
【番外編】桃編
34/86

番外編・佐々木さんちのツンデレ式神が跡取り陰陽師に惚れてるってよ(3)

 1件目の仕事は山で、大昔に不法投棄された器物による霊障。2件目はネオン街である。夜は自己主張が強くなる看板の類いは、昼間は明かりを落としてあるが、かえって毒々しい色合いが際立って見えた。


「これは、親父じゃなく俺がきたのは正解やったかもなあ」

 正嗣は神職をしているが、高校教師でもある。地域の寄合でも店を利用したりは多少あるが、昨今の風潮によりうかつに繁華街にて目撃されると「佐々木先生って、見た目によらずキャバクラとか風俗好きらしいよ」と微妙な噂をたてられかねない。


 ふう、と風悟は一呼吸おいた。

「俺もおっちゃんたちの付き合い以外は来たことないけどな…桃、入るぞ」

 桃は、幾度かこの手の店を覗いたことがある。訪問先の店舗は半地下のため階段を降りると、準備中の札がかかったドアは閉まっているが、人の気配は複数感じられた。

「相変わらず空気が濃いわね」

 桃は、階段の上で待機している。

「なんやその表現」

「情念とか、そういうのかしら。風悟みたいなお子さまにはわからないかもしれないけど」

「お子さま言うなや。おれかて」

 そこで風悟は不自然に言葉を切った。桃の髪がまたうねったからだ。しかも、いまはおろしているため、毛先が四方へ触手をのぱしている。

「…メドゥーサみたいになっとんで」

「誰のせいよ。どうせ彼女との惚気話をするつもりだったんでしょ?」

「話の流れや。はよう蛇頭をおさめんと可愛い顔が台無しやで」

 桃が口をつぐむと同時に、髪は勢いをなくして垂れ下がった。

「人魚姫っていうより、海坊主みたいや。わかめ被って海からぬっと出てくるやつ、なんかおらんかったっけ」

「女子にたいして随分と失礼ね」

「いや、わかりやすうて、ええわ」

 よっ、と風悟は重いドアを手前に開ける。来ることを伝えていたため、鍵は開けてくれていたらしい。しかし中は真っ暗だ。


「すんませーん、佐々木ですけれども」

 風悟の快活でよく通る声が、店内の奥で反響した。しかし、誰も出て来ない。

「あれ?さっき気配したよな?桃?」

 首を中に入れて見回した風悟の視界に、人は確認できない。桃はというと、離れた地上から風悟を見下ろしたままだが、表情は固い。

「桃?」

 再度風悟は呼んだが、桃は強張った表情で首をふる。すると、桃と人影が重なった。人には見えないが干渉はしてしまうため桃が避けると、大柄な男性はそのまま階段を降りてきた。

「あれ?佐々木先生の息子さん?大きくなったねえー」

 豪快に口を開けて笑う男性は、同性から見ても男前だ。彼が依頼人だろう。そして、風悟の記憶が正しければ、正嗣の教え子でもある。

 風悟は、依頼書に書かれた名前を確認した。

「名前は違う人ですが…依頼人は内田さんでしたか」

「そや。ビルの大家が自分の名前で頼んだんやな。まあ、入ってくれ」

 笑顔で、内田は鍵を取り出す。

「あれ?開いてたか。おかしいな、買い物にいく時にちゃんと閉めたんだが…」

 金庫は閉まってるから大丈夫だろ、と笑いながら内田が店内に入り電気を点ける。やはり、誰もいない。

 桃、と内田に聞こえないよう、風悟は階段の上に声をかけた。普段は気が強い式神は、自身の体を抱くように両腕を胸の前できゅっと縮め、浮遊している。

「風悟、私ここで待ってる……」

 珍しく気弱な物言いの桃を残し、風悟は一人、内田について店内にはいった。

「……えらいべっぴんの写真が並んでますね…」

 入り口に、何枚か写真が飾られている。かしこまった紹介写真と、客と従業員のスナップ写真だ。しかしそこに写る華やかなワンピース姿の体格は、写真でみてもごつい。


「同級生の、岩本や。そいつも佐々木先生の教え子やで」

 岩本の隣に写っている内田は、スーツ姿でさらに男前だ。客のみならず、従業員からももてるに違いないが、風悟はそれを言うのをためらった。

「驚いたか?俺、男子校やったからな。そのごつい美人、本名は岩本正太郎っていうんやけど、店では直美って呼んだってや」

 風悟は、依頼書と看板を再び見る。

「オカマバー……」

「そそ。正太郎なあ、美人やろ」

 そうして内田はカウンターから、もさっとしたものを取り出した。

「藁人形や。なんや微妙にきくんやろか、常連客が事故に遭ってしまってな。そんで佐々木先生にお祓い頼もう思うたんやけど」

「これはまた……古風な」

 ちっ、と桃の舌打ちが聞こえた。

「……で、他の被害は?正太郎さんとか」

 気を取り直して風悟が聞くと、あー、違うんや、と内田が苦笑した。

「藁人形の持ち主は、正太郎や。俺を好いてる女の子を嫌ってるんやな。まあ嫉妬や、正太郎は俺に惚れとるから」

 その表情はなんとも複雑で、風悟はそれ以上のことは内田に聞けなかった。



 内田から一通り聞いた話を、風悟は帰宅した父親に伝えた。

 冬は日の暮れるのが早く、16時になるとかなり薄暗い。内田には、良かったら呑んでいけと言われたが、イレギュラーな予定は入れられない、と風悟は丁重に断り店をあとにしたのだ。


「そういや、そうやったな。岩本がオカマバーで働いてるってのは聞いてたわ」

 内田と岩本は、正嗣の13、4年前の教え子で、卒業後は大学進学のために地元を離れたらしい。数年後に戻ってきた際、脱サラした内田が岩本を働かせるために店を開いたとのことだった。

「確か、開店のときに客集めと同窓会兼ねて貸し切りパーティーしますんでーとか内田から連絡きたわ。俺は仕事で行かれんかったけどな。そや」

 正嗣は社務所に置かれた棚の一番下の引き出しから、ごそっと紙束を出した。教え子からの手紙や連絡先をまとめて保管しているらしい。

「ここなら無くならんからな」

 あったあった、と抜き出したのは、写真が印刷されたハガキだ。正嗣はあぐらのまま風悟と桃のほうを向き、畳に置いた。風悟は少しだけ父親の方へにじりより、それを見る。


 いくらか若いが、確かに今日見た内田の顔が変わらない笑顔で写っている。隣にいるのは、岩本だろう。カクテルドレスから出た肩はたくましいが、化粧が映える顔立ちだ。

「こうして見るとやっぱり美人やなあ、岩本は」

 しみじみ言う正嗣の脳裏には、制服姿の彼が思い起こされているのだろうか。どのような学生時代を過ごしたのか他人は知るよしもないが、少なくともこの写真の彼は楽しそうだ。

「どんな形であれ仲良うやっとんやなあ、と思ってたけど、まさか嫉妬で藁人形使うなんてなあ」


 正嗣は、風悟が預かってきた藁人形をひっくりかえした。まるでぬいぐるみでも持つような気軽さだ。

「まーちゃん。藁人形さ、いまどきどうやって作ってんの?」

「ネットで買えるんやないか。知らんけど」

「親父、これきくんか?」

「きかんやろ。きいたら困る」

 正嗣は、ちょっとだけため(・・)を作ってからにやりと笑った。

「そんな素人の呪いがほいほい効いたら、俺らの商売あがったりやわ」

 術者は、呪いを祓うだけではなくかけることもできるのだ。

「佐々木家も権力者と裏で繋がって、なんやいろいろやってたやろ。俺は婿やからそんな沢山は聞いたことないがな」

「そう言うても、親父も分家から来たんやろ?」

「本家は、本家や。親戚に知られたらあかんことも、ようさんあるわ。結婚してから保管庫のを数冊読んだだけで頭パンクしそうなった」

 さて、と正嗣は藁人形を持ったまま立ち上がった。

「今日はおおきにな、二人とも。これは俺が焚きあげて、内田に連絡しとくわ。桃、今度ゆっくりデートさしたるからな」

「本当?」

 ぱっと顔をあげた桃を正嗣は笑ってみつめる。

「髪型変えたんやな。風悟の好みやろ、乙女心っちゅうやつよな」

 じゃあな、と正嗣は温厚な笑顔のまま、母屋に帰っていった。社務所に残された風悟は、あぐらをかいたまま自分の髪を無造作に掻く。


「あー……なんや親父がいらんこと言うたんか」

 風悟の口調を聞き、とたんに桃は不機嫌になる。

「いらんことってなによ。だいたい、好みに合わせたんだからもう少し喜んだらどう」

 思わず反撃した桃だが、風悟は心外だという顔だ。

「頼んだわけやないし」

「なにそれ?」

 風悟は一度天を仰いでから苦笑した。

「だから、可愛い言うたやんか」

「それだけ?」

「いやもう、俺の桃はなんでも可愛いんやから、どんな格好しててもいちいち気にせんもん」

 赤くなって口ごもる桃に、風悟は顔を近づけ、おろしたままの艶やかな黒髪を撫でる。

「そもそもな、どういう仕組みなん。人みたいに格好や髪も変えられるけど他の人には見えんしなあ」

「私もわからないわよ。それに、格好はずっとこれよ。最初に召還した術者の好みじゃないの?」

「ならやっぱり、佐々木の先祖の好みなんかなあ。惜しいよなあ、人間やったらなあ」

「それ……一番ずるいやつでしょ」

「そやなあ」

 スマホが鳴った。母からの、夕飯ができた旨の連絡だ。敷地が広いため佐々木家の伝達は専らスマホである。

「レディー・ガガね」

「覚えたな。そうや、有名な曲や」

 風悟は、今から行く、と母親へ簡単に返事をして立ち上がった。


 母屋での家族団欒の食事に、桃は参加しない。いずれにしろ人間の食事は不要だからだ。風悟は桃の頭を再度撫で、社務所をあとにした。

 桃は意識を飛ばす。敷地内の宝物館内にあるはずの依り代は、シンクロはしても桃自身でさえ詳しい在処はわからない。うかつなことをされないよう、厳重に仕舞ってあると正嗣が言っていたことがあるのを桃は思い出した。

「まーちゃんたら、焼くなんて縁起でもないこと言うんだから」

 ふと、桃は藁人形のことを考えた。人形は焼いたら灰になり消滅するだろう。しかし正太郎の想いは消えない。

「あの店に澱んでいた空気は、正太郎さんのものかしら?それにしてはちょっと濃すぎなのよねえ」

 正嗣がどう収めるつもりかはわからないが、怨恨などとは異なり、色恋沙汰は一筋縄ではいかないのは桃も重々承知だ。


 しばし桃が考えていると、ふいっと目の前を小さな悪鬼が横切った。

 ほとんど力を持たないそれを桃は軽く両手のひらで包み、そっと開く。すると、そこから現れたのは可憐な桃の花である。

「来世では、悪さをしないようにね」

 花はそのまま風に乗り、やがて消えた。



番外編、まだ続きます

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