番外編・佐々木さんちのツンデレ式神が跡取り陰陽師に惚れてるってよ(2)
番外編(2)です。
桃は、式神なのに自分の意思を持っている。
術者が作った形を借りて具現化し、使役が終わったら依り代に戻るか消滅する…わけではない。桃はずっと、形を保ち、さらには主である陰陽師に恋をしているのだ。
厳密に言えば、現在の主の息子に、であるが。
「要は、佐々木家の男の顔が好みっちゅうわけやな。知らんけど」
正嗣は今日も早朝から社務所でお札の整理をしている。そして、近年とみに需要が増えた御朱印帳セット用に新たな棚を導入したばかりなので、その置場所を思案していた。
桃は、カラフルな御朱印帳を手に取る。
「神社ガールね」
「そういうとこだけ横文字なんやな」
「固有名詞は尊重すべきよ」
ちなみに御朱印帳は3種類用意しているが、人気なのは桃に似せた女の神様が表紙のもので、正嗣が筆で描いた絵がもとになっている。購入者層は男性が多い、と思いきや女性人気がやや勝っていた。
「なんやこれ持って神社巡っとったら、片思いが実ったーいう投稿があったらしくてな」
「絵馬にでも書いてあったの?」
「インスタや。俺の絵は映えるらしい」
「ふうん」
「モデルがええんやろな」
「……おだてても、何も出ないわよ」
「事実やろ。桃は可愛い」
柔和な顔でほめ殺しをする正嗣を、桃はじっと見た。そして、白い両腕をあげてファイティングポーズをとる。
「消える羽目になっても、知らんで」
あくまでも笑顔のまま、数学教師でもある宮司は物騒なセリフを口にした。
「それが使役している式神に向かって言う言葉かしら?」
「俺がお前の本体を焼いたら一発でアウトやろ」
「焼く気なんてないくせに」
「そうやな。おかあちゃんに怒られたらかなわんからな。婿入りまでして一緒になったのに、嫌われとうない」
おかあちゃん、というのは、正嗣の妻、すなわち風悟の母である。
「ラブラブね」
「一途と言わんか。情緒がないのう」
桃はため息をつく。
「で?今日は私は風悟と仕事をすればいいのね?」
「そうや。俺は今日学校行かなあかんからな。風悟は大学が休みやし、バイトもまあどうにかなるやろ」
「まだ冬休みじゃなかったんだっけ」
「試験休みだっただけや。まあ冬休み言うても、うちの年末年始は忙しいからな」
そこで正嗣はにやっと笑い、手のひらを上に向けて親指と人差し指で丸をつくる。
「稼ぎ時や」
一般参拝者の、祈祷代や賽銭のことである。婿だから明け透けなく言えるのか、普段の柔和な顔より守銭奴のような表情のほうが正嗣の本性なのだろうと、既に20年もの付き合いになる桃にはわかっていた。
「風悟の性格は母親似よね」
「わからんで。佐々木の家のもんは豪胆で一本気、言い方変えたら不器用っちゅうことやからな。風悟は、じいちゃんよりははるかに口が上手いやろ。まあそれだからお前もやきもきするんやろが」
桃は唇を尖らせる。
「それよりどうや、御朱印帳の新作案。お前のひらひらした着物を生かしてな、人魚姫っぽくしてみた」
正嗣が差し出した和紙には、さらさらと筆で女の神様が描かれており、それを見た桃は、うーんと唸る。
「アリエルってことならまあ許してあげるわ」
「髪型だけならエルサやろ」
「このほうが動きやすいのよ」
「風悟のいまの彼女は、髪おろしてるなあ」
ん、と桃は一瞬黙る。
「難儀やの」
再び、守銭奴から温厚な数学教師に戻った現在の主の顔を、桃はいまいましく睨み付けた。
午前中のうちに風悟が社務所に寄ると、アルバイトの女の子が3割増しの笑顔で挨拶をしてきた。人当たりのいい風悟は、既に暗記した女の子の名前をごく自然にちゃん付けでよび、それでも必要以上には触れないように紙を受けとる。
長袖のボーダー柄のカットソー・Gパンという軽装に、黒いダウンジャケットを羽織ると、風悟は社務所の出入口で綺麗に折られた紙を開いた。
A4の和紙には、母親の達筆な字で数行書いてある。本日の仕事は2件らしい。
「桃、おるかー?」
快活な、風悟の声が神社のだだっ広い敷地に響く。
「いるわよ。おばあちゃんじゃないんだから、そんな大きな声で呼ばないで頂戴」
ふわりと、どこからともなく現れた桃は、着物の裾を整えながら、優雅に風悟の目の前に降り立った。
「中身はかなりご高齢やんか」
「ぶつわよ。こう見えて強いんだからね。知ってると思うけど」
「親父には勝てんくせに、なあ」
風悟は優しく笑って、桃の頭を撫でた。男らしい骨ばった手が、桃の髪を自然に漉く。
「ほないくか」
にこやかに、風悟は大鳥居がある方へ向きを変えたが、桃は動かない。
「行かんのか?」
振り向いた風悟をちらりと見ながら、桃は自分の髪を所在なげに手でもてあそぶ。
「行ってあげても、いいけど」
そこで言葉を切った桃に、風悟は改めて手を伸ばした。普段は三つ編みできつく結わかれた髪は、夜の海のようにゆるく波打って風になびいているが、風悟は髪の流れに添って手のひらを滑らせる。
「可愛いやん。なんや人魚姫みたいなやなあ」
子どものように破顔した風悟を、桃は上目遣いで軽く睨む。
「やっぱり親子ね」
「どないしたん。イメチェンか?」
「気分転換よ」
「俺、女の子は髪おろしてるほうが好きなんや。しっとったか」
「……知らなかったけど」
これは本当だ。いくら小さい頃からずっと近くにいようと、異性に対しての好みなどわかりようがない。そもそも風悟は社交的すぎるため、女性へ声をかけるのは息をするのと同じくらい自然なことで、どんな髪型でも当たり障りなく褒めているのを常々見ている。
「それにしても、相変わらず愛想振り撒いてるわね」
「新しい巫女バイトの子か?あれは雇い主としての印象操作や。やっくんのほうが人気やで。飾らない優しさがいいとかで」
「篠目の、あの地味なやつのどこがいいのかしら」
「地味だからええのかもなあ。あーそうや、彼女さんも、美人でなあ。ゆるふわっとした大人の女性や。結婚考えてるみたいでそのうち連れてくるやろうから、見たらええわ」
ゆるふわっとした表現より、大人、という言葉に思わず桃は不機嫌な顔になる。
「なんや」
「別に」
桃の可愛らしい足元で、参道の砂利が小刻みに動く。
「大人ってのが、気になるか」
図星をさされ桃は黙るが、風悟はからかうようでもなく独り言のように言った。
「桃はええなあ。いつまでも可愛いままや」
計算してるふうでもなく無邪気に言う風悟の言葉に、思わず桃の口元がゆるんだ。
「いつでも、惚れてくれても構わないんだけど?」
「俺がもう300年早く生まれてたらなあ」
「女性の年齢は濁しておくのがマナーよ」
「惚れたところで、どないすんねん」
「そこを考えるのが、使役しているあんたたちの仕事でしょ!」
「むちゃくちゃやわー」
そんな会話をしていると、不意に風悟の頬を何かが掠めた。反射的に掴み、手を開くと、とかげのようなものが苦しそうに蠢いている。
「さすが師走やなあ。坊さんも忙しゅうなるなら陰陽師も忙しいはずやわ。こんなちっこいのもすりぬけてきよる」
ん、と風悟はとかげを掌に抱いたまま、軽く握りこぶしを作った。ふた呼吸ほどおいて再び手指を解放すると、とかげの姿はあとかたもなく、代わりにふわっ、と煤のようなものが舞った。
「使い魔かしら」
「わからんな。雑魚やし、迷い混んだか」
「でも…祈祷のために呼び入れるもの以外、あまり変なものは入らないはずよ?まーちゃんがちゃんと結界張ってるでしょう」
「親父はなあ、たまにわざとゆるめるんや。やめとき言うとんのやけど」
「ゆるめる?」
桃が訝しげな表情になるが、その頭を風悟は優しく撫でた。
「桃は知らんでええことや。ほな、いくで」




