第5話 その7(第5話終わり)
かろうじてハンドルはそのまま安全運転をキープしているが、そこに聡子が声をかけてきた。
「ねえねえ、やっくんはクリスマスプレゼントなにが欲しいの。サプライズって言われたけどさすがに35歳の独身息子の好みなんて、お母さんわからないから」
後部座席では、父圭介と母聡子が笑顔でスマホをちまちまいじっている。LINEの相手は賀奈枝らしい。
「賀奈枝ちゃんには、サンタのコスプレグッズとかな、あれ着てもらうのはどうだ。できたらお父さん用にも写メが欲しい」
おお、それはまたナイスチョイス…とか思ってしまって靖成は哀しくなる。やっぱり親子だ。
「まあクリスマス前にまた会うだろ。そんときまでに部屋きれいにしとけよ」
そういうとユキはイルカをぎゅっと抱き締めた。信号待ちで停車したときに横目でそれを見て、うーん、ユキちゃんそれ似合う、などと靖成が思っていると、聡子もすかさず「ユキちゃんそのポーズいいわねえ」などと言っている。
そして、靖成はいよいよ理解した。
「良かったな、賀奈枝ちゃん今度アパートくるんだってさ。いい雰囲気になったら二人きりにさせてやろうなー」
ユキはイルカに話しかけながら、靖成に向かってびしっと親指を立てる。
「布団は、干しておく。シーツは洗っておく」
「いやあのさ、お母さんたちの前でなに言ってるのユキちゃんてば」
なんだかもう、恥ずかしがる年でもないのが、寧ろ恥ずかしすぎるなどと靖成は思うが、オープンな両親は意に介さない。
「お母さん、掃除しとこうか?」
「お父さん、差し入れしとくぞ」
いえいえ。何の差し入れでしょうか、お父さん。
靖成は、賀奈枝の言葉を思いだした。好きです、と確かに言われた。
「はあ……」
靖成はハンドルにもたれ、深く息をはいた。信号はすでに青に変わり、隣の車線ではヘッドランプの灯りがゆるやかに流れている。不意に、クラクションを鳴らされた。なかなか発車しない靖成の車に、後ろの運転手がしびれを切らしたらしい。
「わっ、すみません」
慌てて、しかしゆっくりと靖成はアクセルを踏む。
視界のすみに、ユキが楽しそうに車窓から外を眺めているのが見てとれた。
ユキは、もうずっと昔から陰陽師である靖成の家に仕える式神だ。
一度消滅して、また何代かあとの当主により復活させられている。そんなユキがひたすら靖成の婚カツを後押しする理由は明確だ。
「靖成と賀奈枝ちゃんが結婚して子供ができたら、その子がさ、俺が昔仕えていた当主の生まれ変わりなんだよな」
「佐々木さんちにある書物にも、そう書いてあるわねえ」
「ユキちゃん、ずっと会いたいって言ってるもんなあ」
圭介たちと和やかに会話をしながら、へへ、とユキは少年のようにはにかむ。
「…ユキちゃんはさ」
「ん?」
靖成はゆっくりとハンドルをきった。カーブを曲がるときは、運転していても体が外側に振れる。
流されそうになる不安定な体勢を、意識的に立て直した。
「どうした?靖成」
ユキちゃんは、会いたい人に会えたらどうなるの?
「安心しろ。いざというときには、俺は出ていく」
満足して、消えちゃったりしないよね?
「見ていた方がいいならずっといるぞ。店では見慣れてるし」
ずっといる…
いや…
見慣れてるって、なに?
「賀奈枝ちゃんに事前に言っておいたほうがいいかなあ、色々」
色々。いろいろ…(なにを)
「まあまだ、何も起こってないんだからごちゃごちゃ考えても仕方ないかー」
助手席から、後部座席の聡子たちを見ながらユキは明るく言う。
「うん、まあ。そうかもしれないけどさあ…」
なんだろう。このいたたまれなさ(いや、いつものことだけど)。
再び信号で停車し、靖成は助手席でぬいぐるみを抱いたままのユキを見る。
姿形がずっと変わらない式神と、いつまで一緒にいられるんだろうか。ふと考えた靖成の脳裏には、賀奈枝の顔もしっかり浮かんでいる。
「なあ靖成、サンタコス衣装ポチっといたぞ。アパート着にしといたから宜しくな」
ああ……脳裏の賀奈枝がサンタ姿に変換された(以下自粛)。
「お父さん、ちょっと今考え事をしてたんだけど。そもそも情緒ってものをさ…」
「3丁目のキャバクラ、クリスマスフェアらしいから今度行くか」
「うん。てかね、お母さんそれでいいの?」
思わず即答してしまった靖成だが、一応母にも気をつかう。
「いいんじゃないの?」
いいのか。
「ごちゃごちゃ考えんなよ、靖成」
「ご先祖様の時代は何があるかわからない人生だったんだから、好きなように生きたらいいだろ」
平安時代から続く陰陽師家系を振り返る、長期スパンな人生観になってしまった。
「まあ、いいかなあ…」
靖成は溜め息をつきながら、ハンドルをまっすぐに握り直してゆっくりとアクセルを踏んだ。
第5話 おわり




