第5話 その5
16時きっかり。水族館の受付付近に靖成の両親は現れた。
「水族館も楽しめたし、久しぶりに圭ちゃんの仕事ぶりも見られたし、祈祷代もそこそことれそうだし、いい1日だったわー」
母聡子はがめつい…いや、ほくほく顔である。
「靖成たちも満喫したか?」
父圭介も快活に笑っている。パーツは同じなのに靖成とは印象がだいぶ違うのが、息子として羨ましくもあり、多少キモい。
「うーん、まあ」
靖成は、曖昧に答えた。イルカショーは中止になり、実はカップルじゃなかった方々(意味深)は帰ったようで、館内は適度に客が減った。その中を、手を握られ(子供つなぎで)、引っ張られて(子供のように)、賀奈枝が魚を見ながらしてくる質問にいちいち答えているうちに(保護者然)、良いのか悪いのか靖成のドキドキ感も減り普通に水族館を満喫したのである。
「楽しかったです。ねえ篠目さん」
おお、賀奈枝も呼び方が同僚モードに戻っている。靖成は安心しつつも内心複雑だ。
「よーし、じゃあ帰ろうぜ!」
嬉しそうな声は、ユキである。いつも以上ににこにこしながら浮遊していて、靖成的には賀奈枝より可愛い。
魚と一緒にダイビングスーツのお姉さんが泳ぐショーも捨てがたいけど、ユキちゃんがイルカとジャンプするショーなんていいんじゃないの、などと靖成は妄想する。まあお客さんには式神は見えないんだけど。
というわけで、行きと同じく一行は車で帰宅することになった。4人(プラス1式神)で駐車場へ向かう。
「あれ?」
靖成が、賀奈枝の手元を見る。やたらにでかい袋は、水族館のもの。見たら抱き枕ほどのイルカのぬいぐるみが入っている。
「橋口さん、これ買ったんですか」
「はい、つい」
つい、と軽く買うサイズではない。
「イルカ好きなんですか」
「いえ、あの。ユキちゃんに、と思って」
はあ?
式神にぬいぐるみ……えー、どうしてそういう発想に。
「似合うかな、と思って」
おお、いい着眼点ではある。しかしなぜ?靖成は微妙な表情になる。
「篠目さんの目線を追っていたら、イルカがジャンプしているみたいなイメージが沸いたので」
「ああ、成る程……」
ゆるっとしているようで、賀奈枝は案外いろいろ見ているのである。しかしでかいよね、それ。
「貸して下さい」
靖成は賀奈枝が返事をする前に袋を受け取る。ひょろいが上背だけはあるため、抱きまくらサイズのぬいぐるみを持つのも楽である。ありがとうございます、と賀奈枝は慌てて言いながら隣に並んだ。
さすがに日曜日の夕方だ。閉館までは時間があるものの、駐車場へいく通路はそこそこ混んでいる。うん、カップルだらけです。
「圭ちゃん、なにか見える?」
「うん、どす黒いオーラ6割、ピンクなオーラ4割かな」
「来たときより黒が多くなったぞ」
「あらあら大変~」
カップルの仲良し度(修羅場度ともいう)オーラ判別をするおじさん陰陽師・父圭介とイケメン式神ユキ、そこに合いの手を入れる母聡子の会話は、息子である靖成には見慣れたものだが、賀奈枝の目にはかなり新鮮にうつるらしい。
「アットホームですねえ」
「ですかねえ。内容はアレですけど」
ふと、うしろに気配を感じた。
ちょっとよろしくないオーラを避けるように、靖成は賀奈枝の肩を引き寄せる。直後に勢いよく靖成たちの横を通りすぎたのは、歩きづらそうなヒールを履いた女性と、体格のよい男性。
「ユキちゃん、あれは?」
靖成は斜め上に顔を向けた。
「ありゃあただの痴話喧嘩だ。ホテルでも行って仲直りすんだろ」
そうですか…もう少しオブラートに包んだ表現でも構いませんけれども。靖成はユキにたいして渋い顔をしたのだが、圭介がそれを見て靖成に声をかける。
「あー、ごめんな。やっぱりお父さんたちだけで帰るから。うん、ユキちゃんもこっちで」
振り向いた靖成の視界に入ったのは、ちょっとにやつく父親と、かなりにやついてる母聡子。
「なに?車どうすんの」
よくわからない、と靖成は眉間にシワを寄せる。安定の悪人顔である。
「車はやっくんが乗っていいわよ。色々便利よ、いろいろ」
「はあ?」
ますますもって、わけがわからない。ユキはうんうんと頷いている。
「靖成、なんだかんだいって圭介とはやっぱり親子だよなあ」
「ユキちゃん?なに、なんのこと?」
そこで、靖成は自分の両手がふさがっていることに気付く。片手に巨大ぬいぐるみ。それはいい。もう片手に抱いているのは賀奈枝の肩。
「お、おお…」
賀奈枝は頬を染めている。おう、可愛い。いやちがう。違わないけど、どこから遡ればいいのか靖成はすでにわからない。
カップルだらけの水族館で、付き合いはじめの彼女の肩を抱く自分。無意識。うん、少し記憶を巻き戻したら赤面しましたけど。
「え?でも人混みでぶつかりそうになったら、避けてあげるのは普通じゃないの?」
「それな」
ユキが肩をすくめる。なぜ式神のくせに仕草がアメリカンなんだ。
「靖成って変なとこでそういうの染み付いてんだよなあ」
「ほんと、佐々木さんの仕込みがいいのは良いんだけどねえー」
「ここぞというときに出さないと、有り難みがなくなるぞ」
皆ひどいな色々と、と靖成は思うが、隣の賀奈枝にとっては、ここぞという時だったらしく、うつむきがちな表情が可愛い。うん。
「じゃあね、やっくん。私たち電車で帰るから。車は今度返してくれたら良いわよ」
「ここからなら、靖成のアパートも近いんじゃないのか」
「え?」
靖成も、意味がわかった。
付き合いはじめのカップル+デート、イコール(以下略)。
「えええと。いや、その」
アメリカンでオープンすぎるとはいえ、還暦過ぎの親との会話にしてはかなり恥ずかしい内容であり、このまま「じゃあ」というのもさらに恥ずかしい。
「ユキちゃん、助けて…」
「俺はさっちゃんとこにいくから気にすんな」
don't mindな答えが式神から返ってきた。いや、そこじゃない。
靖成は、ちらっと賀奈枝を見た。男らしくないのは重々承知だが、合意というものは大事である。イタイ勘違いをしてお縄になって新聞のしたのほうに「35歳独身サラリーマン陰陽師が」なんて書かれたら佐々木さんに怒られてしまう。それは避けたい。
「えーと」
無駄に悩む靖成に、賀奈枝はあっさりにっこり言った。
「あ、明日は月曜日なので、今日はこのまま帰りますね」
合コンで持ち帰られない見本のようなシンプルで華麗な返しである。なーんだ、と落胆する篠目家両親を追い立て、靖成は安堵と落胆、半々の心情で賀奈枝を促して駐車場へ向かった。
もちろん、賀奈枝を紳士的に自宅まで送るためである。




